シーン14 [我那覇]

 一年が経った。

 アオシマくんの努力にも関わらず、様々な手を尽くしても先生は見つからなかった。探偵を使っても、過去の足取りを追っても、それが現在に繋がることはなかった。この捜索の道中、アオシマくんとわたしは協力して困難を乗り越えたり、些細な仲違いとその修復など、互いの絆が深まる経験を経たが、それらは読者諸君の興味の埒外であろうことから省略させていただく。

 もしやと思い、様々な自治体に過去十八年分の死者を問い合わせたがそれも空振りだった。印税からも捜索費用を工面したが、その予算も尽きてしまった。印税の大半は先生に残さなければならないので、使える予算は限られている。わたしにもっと文才があれば、他の作品を書いて費用を捻出できただろうが、わたしは何も書くことができなかった。語りたいことがないのだ。

 仕方なく、わたしはさらに過激な手段を選ぶことにした。まず出版社に連絡し、手筈を整える。先方も驚いていたが、内容を話すと協力してくれるとのことだった。打ち合わせを繰り返し、内容を詰めていく。そして今、最後の作業としてアオシマくんにメールを書いている。

「別の出版社で先生の捜索記録を本にすることにしました。その本にはわたしの愚かな計画のすべてと『ファントム・オーダー』の本当の作者の名前が書かれています。本を読んだ方から先生の消息について連絡があればと切に願っています。

 多くの人に読んでもらうため、どう書いたらもっとも面白くなるかとずっと考えていました。書き進めて気づきましたが、わたしの独白だけでは人からの共感を得るのは難しいことがわかりました。この本の課題は二つあります。一つは盗作の事実を多くの方に周知し、Y先生の情報を編集部に寄せてもらうこと。もう一つの課題は、多くの読者を獲得するため、この物語に興味と共感を持ってもらうこと。後者の課題のクリアがとても難しいと思いました。そこで知恵を絞りましたが、アオシマくんがいつか言っていた、盗作というわたしの告白自体がうそかも知れないという視点での物語はとても面白いものに思えました。『ファントム・オーダー』という作品名も象徴的ですね。経済用語では仮注文という意味の言葉ですが、文字通り読むと『亡霊の注文』となります。亡霊からの命令は存在しなかったことになる。それが転じて特殊部隊では秘密任務を表す隠語になっている。『ファントム・オーダー』を巡り、存在するかどうかもわからない人物を探す物語。依頼主である作家も、亡霊に取り憑かれたようにさえ見える。興味を惹く題材だと思います。

 そんなわけで視点を二つに分けて、作家と編集者の二つの視点から物語を描いていきました。編集者のモデルはもちろんアオシマくんです。執筆は軽快に進み、明日発売の雑誌に載ることとなりました。作品タイトルは『亡霊の注文』となります。ある意味で今回の本もアオシマくんとの共作となったわけで、アオシマくんには感謝しかありません。本当にありがとうございました。そして巻き込んでしまったことを深くお詫びいたします」

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