第6話 社畜、友達を作る

 42.


 朝起きて、ランニングに行き、シャワーを浴びてから家族の分の朝食を作ってみんなで食べ、身支度を整え家を出る。

 新しい人生における、俺の毎朝のルーティーンだ。

 今日で入学から1週間が経ち、各授業の担当教師の顔やクラスメイトの顔なども頭に入ってきた。

 それが名前と一致するかと言われると怪しいところだが、まぁ今後の課題だろう。

 家を出て、道の端で携帯電話を取り出したところで、ちょうど隣の家のドアが開いた。

「いってきまーす!」

 ドアを閉めた悠陽が、俺の姿を認めてこちらにやって来る。

「祐介、おはよ! 行こっか?」

「おはよう。 あぁ」

 携帯電話をポケットにしまってゆっくりと歩き出せば、悠陽も隣に並んで歩き出した。

「一時間目なんだっけ?」

「数学だろ。 寝るなよ?」

「それはどうかなぁ?」

「いやどうかなぁじゃないっつの」

 他愛のない話をしながら駅へ向かい、電車に乗る。

 この時間帯は通勤、通学ラッシュで混み合うため、悠陽をドアの脇のスペースへ押し込んで自分の体で壁を作った。

 背中からの物理的圧力に耐えること5駅。 学校の最寄り駅で下車して、さらに2人で歩く。

 本当になんてことない、当たり前の日常風景なんだけど、俺が過去に失ってしまって絶対に取り戻せないと思っていた物でもある。

 不意に襲ってきた寂寥感に、俺は誤魔化すように口を開いた。

「もうクラスメイトの顔は覚えたのか?」

「なに急に? お父さんみたいなこと言って」

 ぎくりと一瞬身をこわばらせるが、バレているわけがないと思い直して続ける。

「いや、その、俺まだ顔と名前一致してないからさぁ」

「うーん、まぁ1週間だもんねぇ。 私も全員はまだかなぁ」

 最初の自己紹介でやらかしたこともあり、当初俺は少々クラスで浮いていた。

 幸いにも記念すべき友人第一号(だと自分では思っている)遠坂さんのおかげもあり、ここ数日はようやく他のクラスメイトとも話せるようになってきていて、嬉しい限りだ。

 なんと少し前の席には、春休み一緒にカラオケに行った鈴木くんもいたようで、そちらも男子の友人第一号だと勝手に思っている。

 ここで衝撃的な事実を発表しよう。 もしかしたら知らない人もいるかもしれないが、友達になった時って、お互い友達だって確認しないらしいんだ。

 みんなどうやって相手のことを友達だと認識しているんだろう。 誰か認識する方法を本にでもしてくれないかな?


 43.


(ガラッ)

 教室の扉を開けて、中へ入る。

 1か月後に席替えがあるらしいけど、今のところ全員の席は入学当初のままだ。

 俺はカバンを机の横にひっかけて、後ろの席へと声を掛けた。

「おはよう、遠坂さん」

「おはよ~」

 とりあえず挨拶は交わしたものの、彼女の席の周囲には見知らぬ女子生徒が2人集まっている。 うっすら見覚えはあるので同じクラスの女子だとは思うけど、名前は全く思い出せない。

 さすがにそこへ踏み込んでいく勇気は出せず、俺は前に向き直って席に着いた。

「東堂くんだっけ? ……じゃん?」

「でっしょー? ……中だってー」

「あそこに……っけ? ……じゃない?」

 後ろの席からこそこそと内緒話が漏れ聞こえてくる。

 とはいえあまりにも距離が近いため、自分の話をしているということくらいはわかってしまうけど。

 ちらりと悠陽に目を向けると、あっちはあっちで新しい友達と仲良くやっているらしい。

 非常に居心地の悪い時間に耐えながら教室の時計を見ると、まだ始業開始まで15分近く残っていた。

 軽く絶望しながら、カバンから教科書やノートを取り出していく。

 今日の授業に使う物をあらかた机に入れ終わったところで、前の方から声を掛けられた。

「おーい!」

 そちらへ目を向ければ、なんと鈴木くんが机と机の間に上半身を倒しながら、小さく俺に手を振っているではないか。

 砂漠でオアシスを見つけたような心地で感動しながらそちらへ近づくと、彼はニカッと快活な笑みを見せた。

「よっ、おはよ!」

「おはよう、鈴木くん」

「太一、だれ?」

 鈴木くんの前の席に後ろ向きで座っていた男子生徒が、俺を見て首を傾げる。

 こちらは完全に見覚えがないので、きっと別のクラスの生徒だろう。

 ちなみに、太一というのは鈴木くんのことだ。 鈴木 太一(すずき たいち)。

「あー、東堂だよ東堂。 覚えてない?」

「は? 東堂? ……ってあの東堂!?」

「あははは! そうそう、そうなるよな!」

 初対面の男子生徒は、どうやら初対面ではなかったらしい。

 正直俺は全く知らない相手なんだけど、向こうは俺のことを知っているようだ。

「マジかー……高校デビュー? めっちゃ頑張ったじゃん」

「そ、そうかな?」

 自分ではあまり『頑張った』という認識はなかったので、少し戸惑ってしまう。

 新しいことに挑戦するのは、どれも思いのほか楽しかったから。

 ……あぁ、いや。 でも師匠の空手だけは『努力』かもしれないな。

「へぇー、ふぅーん、これが東堂ねぇ」

 わざわざ立ち上がって俺を観察し始めた男子生徒に、少し教室内の視線が集まる。

「そんなことより東堂さ、今日遊び行かね?」

「えっ」

 鈴木くんから掛けられたあまりにも予想外の言葉に、一瞬思考が停止した。

 まさか俺が、中学高校6年間どころか大学生、社会人になってからも友達のできなかった俺が、遊びに誘われたのか?

「ちょ、東堂!?」

「え、は? 泣いてる? なんで?」

 鈴木くんと男子生徒に言われて、自分の頬に手を添える。 確かにそこは涙で熱く濡れていた。 結構な号泣だ。

「あ、いや、ご、ごめん!」

 慌てて俯いて、ハンカチで顔を拭う。

 やばい、自分の感情が自分でコントロールできていない。

「ちょ、ちょっと目にゴミが入っちゃって」

 どうにか言い訳しながらハンカチを当てていると、ようやく涙は収まってきた。

「そ、そっか。 ……あの、なんかしんどかったら言えよ?」

 鈴木くんがいいやつすぎて、また涙があふれる。 嬉しいけどちょっと今は勘弁してほしい。 ていうか絶対になにか誤解されてるし。


 44.


 しばらくして、ようやく涙は引っ込んでくれた。

「ごめんごめん、花粉症かな?」

「……うん、そっか」

 なにか致命的な誤解を生んだ気もするけど、とりあえず仕方ないだろう。

「それで、どうだ? よかったらさ」

「え? あぁ」

 そういえば、今日の放課後遊びに行こうっていう話だったっけ。

 衝撃が大きすぎて内容が吹っ飛ぶところだった。

 今日は月曜日。 師匠のところへ通うのは毎週火曜、木曜、土曜日で、公園に顔を出すのは水曜と金曜なので、スケジュールは空いている。

「うん、大丈夫だよ」

 そもそもせっかく人生で初めて友達から遊びに誘われたのだ。

 むしろこちらから頭を下げて参加させてほしいと思う。

「よっしゃ! やったぜ!」

「そんな喜ぶか?」

「馬鹿お前、わかってねぇなぁ」

 自分と遊ぶことをここまで喜んでもらえたことに、またしても涙が出そうだ。

 こっそり上を向いて師匠の顔を思い出し、涙をこらえる。

「おーい、オッケーだってよ!」

「マジで? やるじゃん!」

 後ろから聞こえた声に振り向くと、そこにいたのは遠坂さんだった。

「これでいいだろ?」

「うんうん、よきにはからえー」

「ははー!」

 鈴木くんと遠坂さんが何事か嬉しそうに話しているが、意味がわからない。

 もしかすると流れ的に、鈴木くんが俺を誘ったのって、遠坂さんの指示だったりするのだろうか。

「茜、由香里、東堂くん来るってー!」

 俺にパチリとウインクを飛ばしてから、遠坂さんが自席の2人の元へ戻っていく。

 呆然としながら鈴木くんへ目をやると、彼は両手を合わせて俺を拝んでいた。

「すまん、東堂! 女子3だから男子あと1人必要で! あいつら、お前が来るなら行くって言うからさぁ」

 えぇと、ようするに俺は、どうやら餌にされたらしい。

 いや、嬉しいよ? 友だちに誘われたこと自体は事実だから、嬉しいけど……なぜか少しだけ、感動が薄れた気がした。


 45.


 放課後、鈴木くんに連れられて、俺は校門へやって来ていた。

「いやー、東堂、来てくれてマジありがとな!」

 両肩にカバンの紐を通してリュックのように背負った鈴木くんが、満面の笑みで言う。

「ううん、こちらこそ誘ってくれてありがとう」

「ちなみに、女子は遠坂と西野と渡会だから、期待しとけよ!」

「あぁ、うん」

 期待と言われても、相手の顔すらわからないのでしようがない。

 おそらく朝、遠坂さんの席にいた3人なのだろうとは思うけど。

「おーい、太一!」

 校舎の中からこちらへ向けて、男子生徒が駆けて来る。

 朝、鈴木くんと一緒にいた男子だ。 髪型が朝と変わっている気がするけど、まさかわざわざ整えて来たんだろうか。

「おう!」

「あれ、女子は? まだ?」

「掃除当番だってさ」

 仲のよさそうな2人の会話に、どう入って行ったらいいものかわからない。

 よく考えたら今日のメンバーって、下手したら俺以外全員顔見知りなのでは?

 でなければ事前に打ち合わせがあるわけがないと思う。

 え、そうなると俺、せっかく誘われたのにずっとぼっち?

「あ、あの!」

 危機感が俺を動かし、口を開かせた。

 急に声を掛けられた2人が、驚いた顔でこちらを見ている。

「ごめん、あの……鈴木くん、紹介してもらっていい?」

 そっと男子生徒の方を手で示しながら言うと、鈴木くんの口がぱかりと開いた。

「えっ……あぁ! わりぃ、完全に忘れてた!」

「はぁ? お前、言っとくっつってたじゃん!」

「わりぃわりぃ!」

 笑いながら頭を掻く鈴木くんに、男子生徒も苦笑いしながらツッコミ入れる。

 かなり2人の仲が良いのだけはなんとなくわかるやり取りだ。

「こいつ、長谷部ね! 長谷部 祐樹(はせべ ゆうき)! 中学同じだけど、覚えてないか?」

 言われて長谷部くんの顔を改めて観察してみる。

 彫りの深い角ばった顔に、やや多めのニキビ跡。 髪は黒く、全体的にワックスで持ち上げられていた。 一重のたれ目が、じっとこちらを見返している。

「……ごめん」

 どうしても思い出すことができず、俺は素直に長谷部くんに頭を下げた。

「あぁ、いーっていーって。 俺も正直最初に東堂見た時、誰だかわかんなかったもんよ」

 そう言って笑った彼の頬には大きなえくぼができていて、かなり愛嬌がある。

 どうやら悪い人ではなさそうなので、俺はこっそりと安堵の息を吐いた。


 46.


 それから男3人でしばらく雑談していると、15分ほどして遠坂さんを先頭に校内から女子3人が現れた。

「やー、遅くなっちった! 待った?」

「待ったっつの! 廊下で待ってりゃよかったわ」

 駆け寄りながら片手で謝る遠坂さんに、鈴木くんがツッコむ。

「えー? 待った? って言われたらフツー、今来たとこだよ、でしょー? ポイント低ーい」

「それは少女漫画の読みすぎっしょ!」

 大げさに笑いながら、長谷部くんもツッコミを入れた。

「瑞希ちゃん、先に行かないでよー」

 後ろから歩いて来た2人は、やはり朝後ろの席でたむろしていた女子たちだ。

 うろ覚えの記憶によれば、たしかショートカットの方が西野 茜(にしの あかね)さん、ロングヘアの方が渡会 由香里(わたらい ゆかり)さんのはず。

 西野さんはまだしも、渡会さんは出席番号が遠いため、正直ほとんど見覚えがない。

 名刺が。 名刺が欲しい!

 取引先の相手の顔と名前を一致させるため、名刺を会社ごとにファイリングして、裏に担当者の顔などの特徴を記入していた過去を思い出した。

「どうもー、東堂くん! 私のこと、覚えてくれてる?」

 早速の試練に、背筋が自然とまっすぐになる。

 これで間違っていたら初手から台無しだ。 俺は緊張しながら口を開いた。

「もちろん。 西野さんだよね? えぇと、西野 茜さん?」

「……」

 目をぱちくりさせながら、無言で俺の顔を見返す彼女に、不安が募る。

 まずい、間違えたか?

「あっははは! 大真面目な顔でフルネームって! やっぱ東堂くん、おもしろ!」

 ッセーーーーーーーフ!

 心の中の主審が、盛大なコールを放った。

「じゃあさ、あたしはあたしは?」

 ここまで来れば勝ち確だ。 渡会さんからの問いに、幾分肩の力を抜いて答える。

「渡会さんだよね。 渡会 由香里さん」

「ぴんぽーん! おー、なんか嬉しいねこういうの」

 喜んでもらえてなによりだけど、俺はめちゃくちゃ怖かった。

「ね、ね、うちはうちは?」

 なぜか遠坂さんまで便乗してきたが、さすがにこれはイージー問題だ。

 俺は自信を持って答えた。

「遠坂 瑞希さんでしょ」

「当たり~! ご褒美に飴ちゃんあげちゃう」

「え、あ、ありがと」

 ぽん、と渡された飴玉に目を落とす。

 白い包装紙にイチゴの絵が描かれている、懐かしい飴玉だった。


 47.


 どこへ行くのかはすでに鈴木くんと女子たちの間で合意が取れているらしく、俺がなにかを聞かれるようなこともなく、5人は歩き出した。

 道中長谷部くんから聞いたところによると、彼も朝の時点では鈴木くんから遊びに誘われただけで、女子が一緒だとは知らなかったらしい。

 それを聞いて、俺が承諾した時に彼が喜んでいなかったことに、遅ればせながら合点がいった。

「ねぇねぇ、東堂くん。 ケー番教えてよ?」

 なんの前触れもなく投げかけられた言葉に、一瞬頭が真っ白になる。

 ケー番? ケー番ってなんだっけ? そうだ、ケータイ番号だ。

 近年ではスマホのアプリで連絡を取り合うことが多く、わざわざ携帯電話の番号だけを交換することなどビジネス上ですら減りつつある。

 かく言う俺のスマホのアドレス帳に登録されていた仕事関係以外の連絡先は、母さん1人のみだったけども。 なお悠陽のアドレスは、スマホに乗り換えた時に消失している。

「あ、うちもそういえばまだ交換してないよね? おしえてー」

「私も私も!」

「あ、俺もいい?」

「俺も!」

 かくして、あっという間に俺のアドレス帳には5人の連絡先が登録されたのだった。

 カチ、カチ、とボタンを押し込んで、ぼんやりとアドレス帳をスクロールする。

 すげぇ、2ページ目がある・・・などと妙な部分で感動した。

「あははは! 東堂くんのアドレス、マジウケるんだけど!」

「えー? どんなのどんなの? あはははは!」

 遠坂さんと西野さんが、俺のメールアドレスを見て爆笑している。

 なぜ笑われているのかわからず俺が困っていると、同じくアドレスを確認したらしい鈴木くんが声を掛けてきた。

「マジかよ東堂、これ初期設定じゃん!」

 え、それってなにか変なの?

 一番最初に携帯電話を購入してもらってから、アドレスを変更したこととか一度もないんだけど。

 なので俺のメールアドレスは、全く意味のないランダムな文字列の後にキャリアドメインが組み合わさった物だ。

「なんでこうなってんの? 迷惑メール対策?」

 笑いすぎて涙目の渡会さんに聞かれて、少し考える。

 しかし特に気の利いた返事も思いつかなかったので、そのまま答えることにした。

「いや、なんとなく……?」

「なにそれ、あはははは! 変なの!」

 めちゃくちゃ笑われたけど、特にバカにされている感じもしないし、悪意も感じないため、嫌な気分を感じることもない。

 爆笑する5人を穏やかな気分で眺めながら、こういうのが友達の空気感なのかな、などと、俺は一人似合わないことを考えていた。


 48.


 ファストフード店でくだらない話をしたり、全員で服を見て歩いたり、カラオケで順番に歌ったりと、友達との時間は非常に楽しいものだった。

 次はボウリングに行きたいね、と次回の約束まで交わし、家に帰り着いたのはすっかりあたりも暗くなってから。

 お腹を空かせたあかりが怒っている頃だろうと足早に帰宅すると、誰かが道の端で座り込んでいる。

 近づいてよく見ると、それはなんと悠陽だった。

「え。 悠陽? なにしてるんだ?」

「あ、祐介。 おかえりー」

 顔を上げた悠陽が、笑いながらひらひらと手を振る。

 制服のままひざを抱えて座り込む姿がとても寂し気に見えて、俺は妙に心がざわつくのを感じた。

「ただいま。 いやそうじゃなくて、本当になにしてるんだよ?」

「あはは。 鍵落としちゃったみたいで」

「はぁ……またか」

 その言葉に肩の力が抜け、俺は大きなため息を吐く。

 悠陽は、昔から意外と抜けているところがあるのだ。

 忘れ物や時間の勘違い、落とし物やうっかりミスなどなど。

 俺も可能な限りフォローしていた過去があるため、彼女の言葉には非常に納得できるものがあった。

「まだおばさん帰ってないんだろ? うちのインターフォン押せばいいじゃん。 あかりならいるだろ」

「や、やだよ、恥ずかしいもん」

「はぁ」

 もう一度、今度は小さくため息を吐く。

 なぜか悠陽はあかりに対してやたらとお姉さんぶるので、言い出せなかったのだろう。

「誤魔化してやるから、入ろうぜ? 夜に女子高生が1人道端に座ってるの、怖いって」

「わかったけど……なんか祐介、やっぱりおじさんくさい」

 やめて。 急にクリティカルヒットを出してくるのは、本当にやめて。


 49.


「おにい、遅い!」

 玄関の扉を開くと、あかりが仁王立ちで待ち構えていた。

「悪い悪い。 すぐメシ作るからな」

「ホントだよ! ……あれ? ゆうちゃん?」

「お、お邪魔しまーす」

 気まずげな顔で手を振る悠陽と俺の顔を、あかりが何度も見比べる。

 考えていることは大体想像できたので、先手を打っておこう。

「デートとかじゃないぞ。 マンガ貸すって話になったから寄っただけだよ」

「なーんだ」

 そう言うと、途端にあかりは興味を失ってリビングへ戻って行った。

「……祐介、ありがとね?」

「いいよ」

 小さく言葉を交わして、俺たちも靴を脱ぐ。

 さて、冷蔵庫にはなにが残ってたっけ?


 悠陽と3人の夕食を済ませて、テレビを見ていると、隣の家のガレージに車が入る音が聞こえてきた。

「あ、お母さん帰ってきたみたい。 私、帰るね?」

「あぁ」

 言いながら立ち上がって、玄関まで悠陽を見送る。

 あかりはちょうど風呂に入っているため、タイミングが悪かったな。

「それじゃ、祐介。 今日はホントにありがとね?」

「いいってば」

「夕ご飯も、ごちそうさま。 びっくりしちゃった。 祐介、料理なんていつの間に覚えたの?」

「まぁ、ちょこちょことな」

 微妙に言葉を濁しながら、目を逸らす。

 まさか15年後に覚えてから戻ってきたとは言えない。

 しかしそのおかげで悠陽から何度も「おいしい!」と言ってもらえたのは、なんだかとても報われた気持ちになった。

「あ、あとこれ。 一応アリバイ用にな」

 言いながら、悠陽に適当なマンガ本を渡す。

 貸したという事実さえあれば、あかりに対してのアリバイとしては十分だろう。

「ありがと! じゃ、おやすみ祐介。 また明日ね!」

「あぁ、おやすみ。 また明日な」

 玄関先で小さく手を振って、別れを告げる。

 ゆっくりと閉じた玄関ドアに手を伸ばしたまま、俺はしばらく鍵を閉めることができなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染しか勝たん! あろー。 @arrow_0824

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ