第12話 シェイカーとステア

「おぉ、吟が水割りを作ってるぞ!」


 年齢不詳、甘いお酒やミルク系カクテルしか頼まない常連ルプスさんがそう言ってテンションを上げる。マスターに言われた通り、丁寧に計量、そしてしっかりとゆっくりとステア。


「常連のお客様限定ですけが、ルプスさんも呑まれますか? ジョニーウォーカのブラックか、響のみとなりますけど」


 練習だからと言ってそこまで安いお酒を使わないところがマスターのプライドでもあった。


「お代わり。さっきと少し味が違うぞ。しっかり分量を見てな」

「はい」


 吟を気に入っているシユウさんはよく頼んでくれるので、練習相手にはことかけない。そしてお金を払っている以上当然お酒にうるさいシユウさんは一言二言感想を述べる。水割りは意外と難しい。本来状況や環境に応じて分量、作り方を変えその店、マスター独自のそれを提供するものだが、吟はとにかく確実に同じ物を提供できるスキルをつける練習。


「しかし、若い娘が私の為だけにこうして酒を作ってくれるのはたまらないな」

 

 とシユウさんは本音まで飛び出すので機嫌がいい。そんな様子を見ていると、ルプスさんが「私にも響の水割りを1杯だー」と言うのでマスターは「ありがとうございます。吟さん、宜しくお願いします」「はーい! ありがとうございますルプスさん」


 と吟が言うのでルプスさんもテンションが上がる。

 そんないつものバーバッカスにおいて常連の一人がやってくる。


「お晩です」

「いらっしゃいませ池田さん」

「バラライカ頂けるかな?」

「かしこまりました」


 このお客さんが来店する時、1杯だけカクテルを所望する。それがスレッジハンマーだったりホワイト・レディだったり、いずれもシェイカーで作るお酒、マスターは材料をシェイカーに入れると手際よくシェイク、その姿に吟はカッコいいと見とれてしまう。


「おい、吟、私の水割りまわしすぎだぞー」


 トンとマスターが「バラライカです」と出したカクテルを数分で飲んで池田さんは「ご馳走様」とお金を支払ってでていく、一つのお酒の楽しみ方の究極系でもある。お互い顔見知りなので会釈程度はする間柄、池田さんが何者なのかマスターも知らないし別に知る必要もない。


「それでシャカシャカするのカッコいいですよね?」

「マスター、吟さんにシェイカー振らせるのはいつ頃のご予定か?」


 ふむ、池田さんのグラスを片付けながら、ミックスナッツをルプスさんに出すマスター。ミックスナッツと言いながらアーモンドしかないのはルプスさんがアーモンドばかり食べるから、代わりいシユウさんにはアーモンド以外の入ったミックスナッツを、


「ますはしっかりステアを覚えてからですね。ステアはお酒本来の味を楽しめる夢がつまっていますから」

「そうなんですか?」


 と吟がいつも通り質問するとマスターは先ほどまで水割りに使っていた響とジョニーウォーカーのブラックを前にしてジョニーウォーカーを選ぶと、同じ容量でまずは水割りを作り、次は大き目のシェイカーに水とジョニーウォーカーのブラックを入れてシェイク。なめらかでそれでいて美しいマスターのシェイキング。斜め上、正面、斜め下と細やかで速い


「このように最初はシェーカーの表面に霜が降りたような状態を目安にされるといいですよ。ではシェーカーを使った水割りとステアした水割り、違いを感じてみてください」


 三人分マスターが用意してくれるので、それぞれ口にする。ルプスさんは「私はシェーカーの水割りがすきだぞー!」「私は圧倒的にステアしたものだな」とシユウさんが答え、常連客でも好みの差が出る。吟はそんなに変わるものなんだろうかと、ステアした水割りを口にして「わっ! おいしい!」。そしてシェーカーを使った水割り「んんっ! こっちはなんか優しくて美味しいです!」。明確に違う、ステアした水割りはジョニーウォーカーというお酒を引き立たせてるのに対して、シェーカーで作った方は水割りというカクテルを飲みやすくまろやかになっている。なんで? 同じ材料なのに? と思う吟にマスターはふふふと微笑む。


「シェーカーを使う際は混ざりにくい材料を混ぜる際に使う事が基本多いです。そしてかつて冷蔵庫などがない時代は冷たいドリンクを手早く飲む際等にカクテルシェーカーは重宝されたそうです。そして飲んで頂いてお分かりかと思いますが、ステアと違って多く空気を含み、味の繊細さは一歩劣ります。が、ステアには出せない領域の味わいが産まれます。それがシェーカーの特徴で、逆にステアは混ざりやすい物を混ぜるのに強く、そしてお客様のお好みにあった調整が非常に行いやすいですね。当然、シェーカーで大変繊細な味に仕上げられるバーテンダーの方も世の中には広くいらっしゃいますので、私の今までの経験と見解ですね」


 マスターより、上手にカクテルが作れる人なんているんだろうかと吟は中々大それた事を考える。だけど、どちらにも利点、苦手な点があり、バーテンダーだからと言ってシェーカーばかりを振っているわけじゃないんだなと、そして今自分が作らせてもらっている水割りそれにマスターの愛情を感じ、「私、水割り作らせてもらっていいですか?」と言うので、水割りばかり何杯も呑んだシユウさんが、無理してでも飲もうと注文しかけたところでマスターが「では、私がジョニ黒で頂きましょう。お願いしますね吟さん」と、お酒の神様からの注文に吟は胸を高鳴らせて、準備をする。


「はい! かしこまりました」

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今宵もバッカスのいるバーで アヌビス兄さん @sesyato

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