第11話 ホワイトホース水割り
「マスター、ホワイトホースの水割り、氷無し薄め」
自他共に認める酒豪のシユウが今日は珍しく二日酔いでやってきた。マスターは「かしこまりました」とホワイトホースの12年を手に取ると「レギュラーボトルの方で」と注文が多い。普段はジンとウォッカをショットで楽しむ彼女が随分な状態にマスターもクスりと笑うと尋ねた。
「シユウさん、本日は参ってますね」
「仕事で華僑の連中に付き合ってこうだ」
「返杯に付き合い続けたんですか? 肝臓壊れますよ」
お客様にここまでマスターがフランクに話すのは彼女ともう一人の超常連美優くらいなものだろう。酒を出せと言われれば出すのがバーテンダーではあるが、こんな客に本来はお酒を出さない。それでもワガママをきくのは彼女がこの店にとってある種特別な客とマスターも認めているからである。常連により店がよくもなり、悪くもなると言うが、シユウは前者のの方。
「ホワイトホースは世界ではじめてスクリューキャップを導入したお酒らしいね」
「えぇ、1908年に英国王室ご用達に任命されたウィスキーですから最先端も取り入れる誇りがあったんでしょうね。今では日本でも人気の安価で美味しいウィスキーとして知名度も高いです」
そんな格式あり、居酒屋でハイボールの定番であるホワイトホースを10ml、そしてマスターが選んだ水割り用の水を50ml。本来は軽くステアする程度だが、シェイカーを取り出した。そして軽く数回シェイク。お店の常連はあまりシェイカーを用いたカクテルを頼まないが、マスターのシェイカー技術は逸品でそこから出されるカクテルは絶品である。
「特別なホワイトホース水割り、薄めです」
「水割りもカクテルだものな。いただきます」
舌に馴染むという表現があるとすればまさにこのマスターが作った水割りだろうとシユウは思う。二日酔いのハズの自分を夢中にさせてくれるこのお酒。
「こういうお酒を出されると自分の黒歴史を思い出してしまうな」
「シユウさんは強いお酒が好きでしたからね」
ウィスキーはストレート、オンザロックで飲む物だという強い信念を持っていた時代があった。自国の酒だって白酒のような物を好み、紹興酒はあまり飲んでこなかった。この日本でも焼酎や泡盛はやっても日本酒は流行り好きの女児が飲む物だと敬遠していた時期があったくらいだ。
「そんな私の世界を根底から覆したのはマスターだよ。酒は美味い物だというあまりにも単純な答えに到達できなかった頭の固い私を惚れさせたんだ」
「ふふっ、そんな頭の固いシユウさんは今となっては当店になくてはならない常連客ですからね」
お互いお酒が好きで、そして幅広い知識を有している。こんな客がこない日はゆっくりと友人のように語り合う日もある。今日に限ってはやまかしいもう一人の常連もやってこない。きっとVチューバーとやらの仕事が忙しいのだろう。キャラクターを演じきっている時は甘い声でリスナーを煽るが、当の中の人はいつ見ても泣いている弱虫。彼女がいないのもなんだか新鮮だな、
「マスターも何か飲むといい。奢るよ」
「そうですか? ではお言葉に甘えて」
本日のこの静かな空気に気分を良くしていたルォシーの前でマスターはリカーラックから丸い形状のボトルを取り出す。そのボトルを見てシユウは反応。
「んん?」
そしてブランデーグラスを取り出すとそれを注ぎ入れる。途端に広がる気品ある香、マスターはグラスをのボウルを掴むように持つとその琥珀色を楽しむように一口。そしてゆっくりと上品に口内でそれを楽しむ。
「マスター、それは何を呑んでいるんだ?」
「見ての通り、レミーマルタンのXOですが?」
「それはさすがにズルいんじゃないかい?」
「何か飲むと言いと仰られたので」
お酒は値段ではない……が、この店でもトップクラスに安価な酒を煽っている自分に対してマスターは中々高価なブランデーを舐めているとなると話は別だ。
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