第10話 とりあえずドライマティーニ

「吟さん、左端のお客様にこちらを、マリブミルクのホットです」

「はい!」


 オオカミのイラストが入ったマグカップを持って吟は言われた通りそのお酒を持って行く、見た目は子供みたいな大きさの常連客のお客さん、春から秋まで冷たいマリブミルク、冬はホットのマリブミルクを飲んでいる。


「ルプスさん、マリブミルクお待たせしましたー!」

「おお-、吟。まだカクテルはやらせてもらえないのかー?」

「えへへ、掃除とグラス磨きとあとはお客様の接客がメインです!」


 暖かいマリブミルクを口につけて目を瞑るルプスさん、シナモンが香る事からホットのツイストなんだろう。満足したようにカップを置いてから。


「マスター、吟にもそろそろお酒の入れ方を教えてやればいいのだ!」

「ふむ、開店前に少し練習はしていますが、まだお客様に出せる程ではありませんね」

「マスターの水準だと一生吟は酒をだせないぞー」


 あははははと笑いあっている中、もう一人の常連客が珍しい恰好でやってくる。ボルサリーノハットに白いスーツ。マスターと吟、そして常連のルプスさんを見て笑顔が漏れる。


「いらっしゃいませシユウさん」

「いらっしゃいませー!」

「吟さんも元気そうそうだね。ルプス嬢も。マスターとりあえず喉がからっからだ。私のジンを」

「かしこまりました」


 横に広いボトル。ブードルスジン。それをシユウさんは自らショットグラスに入れようとするので「シユウ、私は元気だそ! そしてそのブードルスを入れるの待ったぁああ!」と高い声で叫ぶので「何故?」と問いかけるとルプスさんが「マスターが吟にお酒をまだ出させないからストレートくらい注がしてやりたくなった。いいか?」と聞くので「吟さんに入れてもらえればお酒もより美味しくなろうだろうね。是非お願いするよ」と言うので、吟はマスターを見ると「では入れてみましょうか?」とシユウさんの前で「失礼します」とショットグラスにお酒を注ぐ。


「ありがとう。吟さんのお酒を出す最初の客になったわけだ!」


 そしてきゅっと一口。あぁ、美味いとシユウさんがボトルを見つめてうっとりとする。みんな普段何をしている人なのかさっぱり分からない人達だけど、友達みたいに仲がいい。あと三人程吟もよく知る常連がいるがどの人もいい人で働いていて楽しい。とはいえ、お客様は色んな人がやってくる。シユウさんやルプスさんのような超常連じゃなくてもたまにお店に来てくれるお客さんだったり、一見さんも当然。

 そして本日は一見のお客さんがやってきた。上品そうな年配の男性。


「いらっしゃいませ! バーバッカスにようこそ。どうぞお好きなお席に」

「じゃあ、そちらの男装の麗人のお隣よろしいですか?」


 そう言ってシユウさんの隣に座る男性にシユウさんは会釈「お上手ですね」だなんて小洒落た言葉を返す。マスターが何を飲まれますか? と聞く前に……


「ドライマティーニ、二杯いただけますか? 私は……こちらの麗人と同じブードルスで、もう一つはボンペイのサファイアドライジンを」

「かしこまりました」


 吟は笑顔でお辞儀をしていたが、シユウさんとルプスさんが少しばかり嬉しそうな顔をしているので、年配の男性のチョイスは中々通だったのかもしれない。

 マスターがカクテルの準備をすると、いつも通り微笑のままカクテルを作り始めた。

 ミキシンググラスに氷、そして水を入れて混ぜる。しっかりと冷やしてから水を捨て氷が残った水で冷やされたミキシンググラスにジンとドライベルモットを入れてステア。その指の動きに吟は見とれる。冷やされたマティーニグラスにオリーブ、そしてステアしたマティーニを注ぎレモンピールをおまじないのように乗せて、


「お待たせしました。ドライマティーニでございます」


 もう一つのレシピの方もすぐに用意して差し出すと年配の男性は、


「いただきます」と言ってもう一つのマティーニグラスに乾杯をするような仕草で一口。そして二口、五分かからない間に飲み終えた。懐かしそうな目をしているその男性の余韻を見てシユウさんはジンを一口。空のマグカップを見つめながらもルプスさんはあえて注文をしない。そういう間のような物ができていた中、年配の男性が、


「妻が亡くなって丁度今日で20年目で、随分昔私が彼女にプロポーズしたのもこんなお洒落なバーでしてね。当時はドライマティーニをバーで呑むのが流行っていて今ではとりあえずビール! 何ていうでしょ? あれが私の時代ではドライマティーニだったんですよ」

「ドライマティーニは強いお酒ですから食後や最後に飲まれる方も多いですが、最初に一杯に勧めるバーテンダーも多いですよ」

「まぁ、マスターの作るカクテルは格別だからな」


 とシユウさんが一言。それに年配の男性は頷く。


「えぇ、こんな美味しいマティーニは久しぶりです。マスターありがとうございます」

「恐縮です」


 年配の男性はしばらくして、今は亡き奥様の為に用意したマティーニに「いただくね」と一声かけてそれをゆっくりと飲み干した。


「ご馳走様、また来てもいいかな?」

「是非いらしてください」


 年配の男性は吟や常連客達にも会釈をするので、慌てて吟は「ありがとうございました!」とお礼を、シユウさんも会釈、ルプスさんは手を挙げて、「次は共に盃を交わすぞー」と言って年配の男性を見送った。

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