色褪せた青を迎えに
ナナシリア
色褪せた青を迎えに
蝉の声が酷くうるさい。
もはや色褪せてしまったあの夏の記憶、あの夏の約束。俺は、夏が来るたびにそれを思い出していらいらしている。
俺は忘れたいと思っているはずなのに、どうしてか忘れられない。
もう何回、そんな不快な夏を過ごしてきただろうか。
確かこの夏は、あの夏からちょうど十年の夏。あのときは十六歳だったが今では二十六歳になり、立派な社畜になってしまった。
そしてこの夏は、忌むべきことに、あのとき交わした約束の夏でもある。
あの夏、俺と誰かが確かに交わした約束。まだ十年しか経っていないのに、あの約束について俺が覚えている単語は、十年後の夏というものだけだった。
十年後の夏、と言っても日付もわからない、場所もわからないとなれば、約束の果たし様がない。
そのはずなのに俺は。
やっと今、手を伸ばす。あの約束に。
「綺麗な海だ」
なにもわからないのに俺は、つまらない日常から抜け出して、どこかもわからない海までやってきていた。
どこからか湧き出る衝動が、届けなくちゃ意味ない、思ってるだけじゃ出来ない――そんな風に訴えかけてきて、ここまで来てしまった。
だが当然、この場所がたまたまあの約束の場所だった、ということは確率的にあり得ない。
俺は、これで無断欠勤かあと思いながら、波が穏やかに打ち寄せる海を眺めるほかにやることがなかった。平日の昼間だからか、海にほかに人はいなかった。
しかし、海を眺めていると無断欠勤なんてどうでもよくなってきていらいらも消えて、これはこれでよかったのかもしれないと思えるようになる。
一人でしばらくそうしていると、波の音に交じってかすかに砂の上を歩く音が聞こえてきた。
俺は一瞬、俺と約束を交わした相手がやってきたのかもしれないと思ったが、その確率の低さを考慮して、その考えをすぐに否定する。
俺がその考えを否定したのととほぼ同時に、ついさっきまではゆっくりと歩いてきていた足音が、急に駆け出して近くなってきた。
俺はそれが気になって、後ろを振り向くしかなかった。
目の前に立っている女性は、白いワンピースを着ていた。外見からしておそらく俺とほぼ同年代の女性だった。
その女性を見た瞬間、十年以上前の出来事が、ついさっきまで続いていたかのように鮮明に思い出された。
十年前の今日、今と同じような服装の彼女とこの海に来て海を見て、彼女が引っ越すことになった話を夕暮れが差し込む砂浜で聞いた。
その日の別れ際、道路へ出るすぐ手前で笑顔で二人ハイタッチをして、別れようとしたところで――
そうだ、二人揃って車に轢かれたんだった。思い出した。
俺が覚えている記憶では、高一の夏に一人で車に轢かれたことになっていた。
結局、医者には後遺症はないと言われたが、今の今まで彼女について思い出せなかったということは、少なくとも彼女についての記憶は失っていたのだろう。
そうだ、あの後の俺は、なにかが足りないような気がしていて、それなのにいつかきっと思い出す、と問題を先送りにしていたのだった。
俺は十年越しの彼女をまじまじと見つめた。
「約束、覚えててくれたんだね」
その言葉を聞いて、これまで約束を覚えていなかったことを後ろめたく思う気持ち、再会を喜ぶ気持ち、複雑な感情で胸は熱くなった。
色褪せた青を迎えに ナナシリア @nanasi20090127
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