キルザップ3 減量の姫君

 キルザップとは痩せたい人間二人が山中に放たれ、一週間以内に相手を殺すというショー形式のダイエットプランである。決着がつかなければ両方処刑される。精神的、肉体的に追い詰められ、挑戦者は文字通り必死になって痩せるのだ。


 チケットが獲れた。

 私が好きなアイドルアニメのライブである。出演するのはその声優達だ。無論その声優も推している。これを取るために、母、妹、父、いとこ、叔母、元カレ、可能な限り協力してもらった。昨年末のイベントでは失敗し、涙を、いや血を飲む思いで年を越した。今度は勝ち取ったのだ。

 開催は四ヶ月後、期待で毎夜眠れない。当日のセットリストを何度も妄想し、それだけで一喜一憂した。公式SNSの投稿はくまなく拡散した。ライブ鑑賞のための服を買い、推しのアイデンティティである色や意匠を自分で施した。それでも不安になり、結局三着用意した。しかし問題がある。王子様(推しの呼称)にみっともない姿は見せられない。そのため服は理想的なサイズで選んでいたのだ。理想であって現実ではない。着ようとすれば服がそれを拒む始末だ。手を打たなければならない。端的に言って痩せる必要がある。


 試練が始まった。一日の摂取カロリーを計算して食事を制限する。囚人とも思える献立になるがその通り。私は囚われの身である。理想の体型を手にしなければ王子様は迎えに来てはくれない。愛の力は絶大で私はすぐにその生活に順応した。最初の三日だけは。

 三日を過ぎると制御不能となった。食べたくなれば腹が立ち、その解消のために結局お菓子に手が伸びる。悪循環である。そもそも何故お菓子を常備しているのだ。コントロールできないのはそれだけではなかった。SNSでの悪態に拍車がかかった。第一、王子様に顔向けすべきでない輩が多すぎる。特に同じ担当の(推しを同じくする)者にはリプライを送るたびに爪を立ててしまいネイルが剥げてしまった。写真を上げるなら綺麗に撮れ。グッズを映すのに生活感まで取り込むな。姿を出すなら身だしなみは整えろ。王子様に対する無礼どころか、このクラスタの品格を下げてしまう。自分のことを棚に上げ、普段気にならないものにまでリプライを送りつける。よくないことであるのはわかっている。自分の不甲斐なさを他人に転嫁してもいるだろう。私は界隈で要注意人物とのレッテルを貼られてしまった。


 ライブまでの期間が半分を過ぎたが状況は悪化の一方だった。お菓子を捨てよ、スマホを捨てよ。そんな時SNSで流れてきた広告に目が止まった。キルザップ。痩せるか死ぬか。挑戦中はスマホとはおさらばだ。指が申込みボタンに吸い寄せられる。私は口に含んでいた焼き菓子を濃厚ミルクラテで流し込んだ。


 挑戦の日がやってきた。ステージに立つことはわかっていたので悪あがきだとしても三日だけ食事制限をした。着る服も選んでいたが舞台に上がる時点で支給のジャージに着替えているのだった。開始セレモニーの間、自分のカメラ映りが気になったが対戦相手とはここで顔合わせである。どんな人だろうか。体型は正直に言って大差ない。ただそれ以外は酷いと言えた。髪に潤いは感じられず、何ヶ月も前に染めた跡があった。メイクはしたうちに入らない。よくもそんな状態で人前に出られたものだ。私なら戦う前に自決する。顔を覗き見ようとすると相手がこちらを睨みつけてきた。視界が急に暗く狭くなった。たった今気が付いた。私はこれから殺し合いをするのだ。この相手と。私と違い向こうはすでに殺意がある。やばい。しまった。どうしよう。通販でサプリを頼むくらいのつもりで申し込んでしまった自分を私は恨んだ。


 森に一人。目の前に日本刀。気付いたら挑戦は始まっていた。こんなもの、持つだけで怪我をしてしまいそうだ。私はまた過去の自分を責めた。何が痩せるか死ぬかだ。想像力が足りていなかった。今だって死ぬほど恥ずかしい肥満体というわけでもない。似たような非女君(姫君:ファンの呼称)など沢山いる。このままでもよかったのに。身の危険など感じることなくライブに行けたのに。私はうずくまって泣いた。

 泣いていても埒が明かない。ここに留まっているのにも危険を感じてきた。映像的にも保たないだろう。対戦相手とかち合わないよう私はエリアの外周を示す赤い目印を頼りに歩き始めた。


 五日経ったはずだ。あれからというもの移動すれば対戦相手と遭遇する危機感を覚え留まり、留まっていれば探し当てられる恐怖で動き始めるということを繰り返していた。木の実を食べることもあった。断じて言うが空腹からではない。戦う最低限のエネルギーが必要だったのだ。しかし食物のように見えたそれは皮が分厚くて酸っぱく苦く青臭い植物だった。死ぬか痩せるかの結末しかないのに何故三日も食事制限をしたのか。自分の浅はかな思考をまた恨んだ。


 一週間とはどういう意味だっただろうか。七日目に処刑か、それとも七日経って八日目か。戦うのも恐いが、強制的に命を取られるのも恐ろしい。時間が経つほど死へ近づいていることに気付きまた苦しくなってきたその途端、聞き慣れぬ物音がした。小動物の音に驚かされることがあったがこれは違う。四つ足でないことが直感でわかる。揺れる緑の中で異なる動きをする碧色。私も着ているジャージの色だ。動くそれはステージで見たものとは変わっていた。昨日食べたしなびた木の実のような状態だ。それが短剣を振りかざしながらこちらに接近している。ふらついていても殺意はまっすぐこちらに向いているのを感じ、私は凍てつき、一歩も動くことができなかった。いっそ一撃で決めてもらおう。目をつぶろうとしたその瞬間。ステージ上では見えなかった相手の耳元が目に入った。推しを象徴した色、意匠をしたピアスだ。同じ非女君ではないか。オープニングではカメラに、しかもアップで写されている可能性もある。この非女君が全世界ににブロードキャストされていたのだ。許すことはできない。


 その後のことは実感が伴っていない。身体が勝手に動き出し、それをカメラ越しに見ていたような感じだ。相手が振りかざすの短剣を避けながらもぎ取り。そのまま一回転し真横を通過するところの首をかき切った。吹き出す鮮血。まるでアニメみたいだった。推し声優の出演作をもれなく履修した成果だろうか。決めカットのようなそれは、飛び散る血しぶきと共に夕日の逆光で黒いシルエットとなった。


 気が付くと私は自室でスマホを見ていた。命を賭けたライブもいよいよ明日である。あれから一ヶ月、目まぐるしい展開で我に返る時間がなかった。私の決着シーンはいくつものカメラで撮られており様々な形で拡散された。既存のアニメ・映画の映像に繋げられたり、MADが作られたり、全く関係のない映像画像のオチに使われた。海外でもリアルアニメガールとして知られたようだった。私のSNSアカウントは瞬時に特定され、登録者が激増した。もはや顔を隠す必要はない。痩せたことだし、ライブのために用意した衣装を着た写真を上げてみると、その勢いは加速した。もはやインフルエンサーと言っていい状態だ。ありがたいことに推しの王子様や運営様とも相互フォローである。本当に愛している。そんな一ヶ月だった。毎分のように世界中からDMが届く。大体はファンからのメッセージだが、それに負けないくらいの誹謗中傷が来る。そう、かつての私からだ。送ってくる者の気持ちはよくわかる。しかし過去の私とは違う。彼らは一瞥すればその場でうずくまって泣き出す者だと知っているのだ。だから何と言われようとも気にならない。明日、そういった人間に会うこともあるかもしれない。もしも怖気ず敵意を失わないようであれば、その時は殺してしまえばいい。

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キルザップ 佐藤 亮 @ry_story

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