キルザップ2 その息子、進学につき

 キルザップとは痩せたい人間二人が山中に放たれ、一週間以内に相手を殺すというショー形式のダイエットプランである。決着がつかなければ両方処刑される。精神的、肉体的に追い詰められ、挑戦者は文字通り必死になって痩せるのだ。


 ストレスばかりだ。

 そのストレスが脂肪に還元される。食生活以外も乱れる。結婚して二十年。家族とも会話がなくなっていた。


 そんな折、大学受験を控える息子が進学をやめると言いだし口論になった。真面目に学校へ行き、社会に出ることに意義を見出せないと。決定打は私だという。窓ガラスに自分の姿が映る。ストレスが害したのは腹周りだけではなかった。頭髪も薄くなり、整えるのもいい加減になった。ノータイを理由に身なりも締まりが無い。眉間の皺が刻まれたように凝り固まっている。これが社会に生きることだと思うと希望を持てないという。

 裕福でないにしろ、それなりの生活をさせてきたはずだ。この見てくれはそのために払った代償である。それを理由にされてはたまらない。これまでになにか見返りを求めただろうか?進学も息子のためを思ってのこと。そのために命をかけて家族を守ってきた。また感情的になり大声を上げる。もう妻も味方になってはくれない。そんな時だった。テレビにキルザップの宣伝が流れた。

「証明してよ」


 挑戦の日がやってきた。妻はなにも本当に命をかけなくてもよいと言っていたが、信頼と体型を取り戻すためにこれは必要なことだった。

 ステージで私と対戦相手が紹介される。向こうは三十五歳の男。肌は白く見るからにブヨブヨしている。社会に対する異様な敵対心が眼光に現れていた。こじらせた引きこもりだろう。まるで息子の未来じゃないか。一回り年上でもこちらは営業でしごかれた身体だ。負ける気はしない。かくして挑戦は始まった。


 山奥で放たれる。この数キロ圏内に相手がいる。スタッフが捌けると緑が残るだけだった。周りが静かになると途方に暮れ腹がたってきた。点在する武器から斧を掴み、やみくもに草木を切りつけながら歩く。普段なら何かを口にしているが、給水所があるだけで食料はない。自分のために参加したはずだが、その前にこれはショーなのだ。見せ物なのだ。自由を奪われ笑い者にされているかと思うと妙な対抗意識が生まれた。私は手当たり次第、目に入った木の実を口に放り込んでいった。


 四日か五日経った。あれから食べては腹を下すということを繰り返し、体力が底をつきかけていた。近くの木に目立つ黄色の目印がある。舞台の中心地を示すものだ。このあたりを徘徊し相手を待っていた。またひとつ木の実をもぎ取ろうとしたその時、聞き慣れない物音がした。振り返るとやつれた対戦相手が刃物を振りかざしながらこちらに向かってきている。もともとの体力の無さに加えてこの挑戦である。足取りはおぼつかないが、それでも眼光だけはかろうじて残っていた。こちらもよろめきながらそれを振り払う。取っ組み合い。振り向きざまに斧を手放したので抵抗することしか出来なかった。相手と目が合う。怒りの中に恐怖が見え隠れしているのが分かる。口論したときの息子と同じ目だ。あの日どんな決意で話を切り出したのか考えもしなかった。いくら思い通りになってくれなかったとしても息子を殺そうなどとは思わない。私は息子の名前を口走った。強い意志があるのなら思ったようにやってくれていい。しかしこの程度の力では生きていくことも出来ないだろう。私は男に見切りをつけると、残りの力だけで刃物をねじり取り相手の胸元に突き刺した。


 突然に浴びせられるスポットライト、木陰から現れるカメラマン。私は再びステージに立たされた。


 日常が戻ってきた。ショック治療のように効いたのか、食べる量は減り、体格が学生の頃のように戻っていった。ショーの影響は思ったよりも大きく、体型以外にも変化があった。愚痴を言い合っていた同僚から距離を置かれるようになった。商談は成立でも不成立でも結論までの時間が早くなり、回転率が上がることで成績は上がった。畏怖の念だろうか。しかし家族間の会話は戻らないままだった。より一層冷えた気さえする。

 ともかく息子は進学した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る