パッシブボイス

@misaki21

第1話 パッシブボイス

 家が他に比べて裕福で、親が大きな企業の社長だったり姉がそこの重役だったりすると「お嬢様」なんて呼ばれることがあるけど、私はこれがあまり好きではなかった。

 中学生くらいの頃、いや、小学生時代からだったか、家を出入りする大人にそう呼ばれて、ついでに学校でもそう呼ばれて、挙句には教師連中まで同じようだったが、好きではないが違和感もなかった。

 他の子の家が自宅よりも小さくて出入りする人も少ないと知ったのは中学生になってからで、それまでは家には車寄せや噴水があるものだと何の疑いもなく信じていたし、入ったことのない部屋が沢山あることにも違和感はなかった。

 中学生、二年の夏頃に、友達の一人が「お金持ちの」という枕詞をつけてお嬢様という言葉を発したのは単なる雑談だったと思う。合わせて「お金持ちのお嬢様」、これにはさすがに抵抗があった。

 気になって辞書を引いた私は随分と幼かったけど、お嬢様というのはまずお金持ちの家の娘だし、お金持ちの家の娘の何割かはお嬢様と呼ばれているらしいので、日本語としておかしい、そう感じた。貧しいお嬢様なんてのがいるとしたら、ついでにカボチャの馬車やらガラスの靴も出てくるんだろうけど、当時はそれが嫌味、妬みだとは気付かなかった。

 高校生になって卒業までの三年間、私はお嬢様で通っていた。もしくは、お嬢。

 さすがに高校生にもなればそれが嫌味なのだと分るが、だからどうという話でもない。実際私の家はみんなより裕福だし、メイドさんなんかも出入りするのでお嬢様という表現に間違いはない。幾つか習い事もしていたし、制服以外の服もそんなイメージのものが多かった。みんなが云う習い事が学習塾なのに対して私はピアノ、ヴァイオリンと茶道で、塾の代わりに家庭教師がいたけど、ここはみんなとそう変わらないと思っても、やっぱりお嬢様は違う、そんな風に云われた。

 呼ばれ方に不満はあっても家や家族には不満はなかった。他より裕福なのは両親と姉がそれだけ努力しているからだと理解していたし、努力は報われて然りだとも思っていたから、不満どころか尊敬している、今も。そんな家族に対して自分が何もせずにお嬢様と呼ばれていると気付いたのは、それから随分と後の大学生になってからだった。

 大学生になって最初の休日、私は服を買いにいった。

 メイドさんが用意してくれる服にも不満はなかった。どれも可愛らしくてシンプルだった。それでももっと地味な、そう無意識にショウウインドウを眺めた。モノトーンで、フリルなんか付いていない、ひたすらに地味なブラウスとジーンズと、ヒールやパンプスではなくスニーカ。それらを身につけると別人になったような気分だったけど、帰宅すると「お嬢様」と迎えられた。

 メイドさんや執事さんが普通はいないと知ったのは高校生活の終盤だったと思う。大学生にもなれば自分が社会的にどういう位置なのかは分る。周囲と比べて違うと思う部分がつまり、私をお嬢様にしているのだろうと。アルバイトはしなかった。両親が他と違うにしても頑張って仕事をして、そこから小遣いなりを工面してくれていることを尊重したい、そんな気分だったと思う。同じ理屈で、私は身分を偽ったり偽名を使ったりしなかった。

 大学生になってしばらくして、サークル勧誘などが一段落した頃、見知らぬ男性が私をお嬢様、そう呼んだ。その言葉に二つの意味があることを理解していた私は、どちらの意味なのかを吟味していた。

 ゴン、と物凄い音がして、私をお嬢様と呼んだ男性がひっくり返り、あれこれ考えていた私は驚いた。

「アンタは大学にもなって、マナーっちゅうもんを知らんのか? 今のお嬢様、はイヤミやろ。横で聞いてても分るわ。こん人がお嬢様やったらウチはお姫様や。そないなアンタはお殿様か? 名前聞いて敬称つけてご挨拶、日本人のつもりやったら、こんくらい出来るようになっとけや」

 ひっくり返った男性は罵声を浴びつつ退散して、残ったのは京都訛りの関西弁の、色っぽい女性だった。見た限り年はそう違わないので学生だろうが、頭をバリバリかきむしったり煙草を咥えて大きな欠伸をしたりで、お世辞にも品が良いとは云えなかった。

「アンタもやー、ちょこっとくらい言い返せやー」

 退屈そうにそう云われて、それが自分に向けられた言葉だと気付くのにしばらくかかった。

「あー、アンタは失礼やったな、名前知らんから堪忍してや」

 男性に続いて女性も消えて、もうしばらくして我に返った私は向けられた言葉を反芻しつつ車に歩いた。駐車場には迎えの車が待機している。中学生になってからずっとで、それを運転するのも同じ男性。執事という肩書きの、両親より年上の無口な男性が待っていた。

「お嬢様? 顔色が悪く見えますが?」

 聞き慣れた声と科白だが、私は思わず見入った。この「お嬢様」はどいういう意味だろうか、と。考えるまでもないが思わず考えてしまった。そしてこう続けた。

「ねえ、月詠さん? お嬢様って、やめない?」

 他に幾らか足したい言葉はあったが、長い付き合いの月詠さんにはそれで足りる、半ば確信していた。

「では、真実(まなみ)さま、でいかがでしょうか?」

 月詠六郎(つきよみ・ろくろう)、執事という肩書きであれこれ世話をしてくれる無口な紳士の提案に私は頷き、車の後ろではなく助手席に座った。

 両親と姉以外にマナミと呼ばれるのは初めてだが、違和感はなかった。自分の名前なのだから当然だけど、そこで気付いた。私は「お嬢様」という名前ではない、と。真実、しんじつ、と書いてマナミと読むこれも、両親が付けてくれた大事なもので引け目を感じることはないのだと、あの関西弁の女性が教えてくれた。

「天海真実(あまみ・まなみ)です、先日はどうも」

「アマミマナミ? 何や回文みたいで舌噛みそうやん、ええけど。マナミちゃんな? ウチはアオイ、露草葵や。好きに呼んでええわ。専攻違うかったな?」

 葵から、ちゃん、が消えるまでに三日とかからなかったが、ともかく、遅ればせで天海真実の人生が始まったような気がした。大袈裟に聞こえるだろうけど、正直そんな気分だった。

 少し驚いたのは、月詠さんに宣言して以降、家のみんなが私を真実、もしくは真実さまと呼ぶようになったこと。きっと月詠さんの仕業だろうけど、こっちも新鮮だった。みんなに少し近付いた、そんな気がした。

「真実さま、何か良いことでもありましたか?」

 迎えの車のハンドルを握った月詠さんが尋ねたが、別に、そう濁した。だがどうやら笑顔だったようで、くすり、と笑われた。思い出と呼べそうな記憶の全て、隣か後ろに常にいる月詠さんは、呼び方が変わっても何一つ変わらずだった。きっと葵と対面しても同じだろうし、葵のほうも似たようなものだろう。

 呼び方一つで変わることもあれば、どれだけ時間をかけても変わらないものもある。こんな単純なことに、大学生になるまで気付かなかった。きっと、と思う。悪い意味で私をお嬢様と呼んだ人にもそれなりの事情というのか、感情があったのだろう。同じ人間だ、それがちょっとした悪意になることだって、たまにはある。

 それでも変わらないと自信を持って云える、ここが大事なんだろうな、ふとそう思った。


「パッシブボイス」(作詞:飛鳥弥生)


 1ヶ月を3日に感じる人がいて

 1週間を3ヶ月に感じる人がいる

 2人に発するタイムラグ


 イライラと疲れることが多いけど

 難しく思わずに納得すること

 自分の今日はそこにある


 いちいち反応してたらキリないし

 肝心なのは受け身のタイミング

 ゆるく 楽しく ハッピーに

 自分の明日はそこにある


 大海原の片隅で

 ひっそり始まるティータイム

 肝心なのは受け身のタイミング


 ねずみとクジラのティータイム

 お互い受け身のパッシブボイス

 何が出るかはお楽しみ


『パッシブボイス』――おわり

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