第2話 青年に助けられた魔獣
あくる日、女は白いワンピースを纏い、同じ色の白い傘をさしながらとある森を訪れていた。
その森は、晴れているはずなのに雨が降り、空が見えないくらいの木に覆われているはずのに、温かな光が差し込むなんとも不可思議な場所であった。
この不可思議な場所の名前は
「ふーむ。。。大分龍脈の流れも整ってきたかの?」
先日書いた手紙を部下達に届けさせようにも、雨鬼の杜はある一件以降、力のない生物が近づくと、その魔力の濃さ故に発狂してしまう、常人には近づけない場所となっていた。
自分の配下の中には、雨鬼の杜の力に耐えられる人間も何人かいるのだが、丁度今回の件で出払っていたため、女自ら直接出向くしかなかったのだ。
まぁそもそもの話、もし仮に運悪く杜の中に入ることが出来たとしても、並の人間が入ったら最後、抜け出す事は基本的に叶わないだろう……この杜を守護する霊獣に運良く出会えた者に関しては別の話だが。
女は森の中を敵わん、敵わんと半眼になりながら歩き続ける。
雨鬼の杜には伝説がある。
-曰く、一度杜に入ったら、杜を出る資格があるかどうかを選別する杜の王、即ち霊獣に認められない限り二度と出ることはできないと……
-曰く、資格あるもの前に霊獣は姿を現し、その者の向かうべき道を指し示し、加護を授けると……
-曰く、悪しき心を持つ者は出る事叶わず、陽の光を二度と見ることはないであろうと……
-曰く、杜に入り囚われた者は、世界から忘れられると……
「曰く、杜の王の、姿を記憶することは出来ない。世界の意思ゆえにと……………………か
霊獣だ、杜の王だ統一性がない上に堅苦しいことこの上ない!妾は肩がこってしまいそうじゃよ。
お主はどうじゃ?
女が虚空に話しかけると、突如として空間が輪郭を帯び不定形なモヤになった。モヤは周りにふわふわと漂う微精霊を意志で宥めながら、親しい家族との再会に親愛を込めて口を開く。
「姫……か。久しいな。あの話なら、既に私の元に届いているぞ。小さな精霊達によってな」
「まーた、会わぬうちに尊大な口調になってからに……話が早くて助かるわ。というか。お主当たり前のようにやっておるが、、それがどれだけ異常な事かを少しは理解して欲しいものじゃ…
ここでの暮らしは慣れたのか?」
通常、顕現出来るだけの力を得るまで精霊は視認することが出来ない。感じ取ることも出来ない。つまりは世界から認められていない存在なのだ。
世界が存在を認めなければ認識はそもそも発生しない。その存在を認識し、あまつさえ意思疎通をすることが出来るというのは、異常という他ないのだ。そのことをちゃんと理解しているのかしていないのかいまいち女には分からなかった。ただ、少し呆れた。
「……昔の暮らしに比べると野性味はあるな」
灯が小さく笑うのに対し、違いないと姫と呼ばれた女も同じように笑った。女にも灯の正確な姿は捉えられなかった。認識出来ないからである。
「何か分かりやすい形をとってくれると嬉しいのだが」
「……あぁ、そうか。姫にも認識出来ないようになったのか。すまないすまない。自分の身体の変化は自分では分かりづらいものでな」
喋りながら灯は身体に認識を与えていった。形を持たない陽炎のような物体が、次第に輪郭を帯びてくる……それはまるでネズミに耳を齧られ悲しみによって青くなってしまったタヌ…………
「待て、お主はそんな形ではないじゃろ!おかしいじゃろ!そんな、おっちょこちょいちーときゃらぽいやつは妾求めておらんぞ」
「……失敬。以前の姿になろうとしたら横から謎の珍獣のイメージが流れ込んできてしまったのだ。すまん」
灯は一瞬で体長6メートルは越えるであろう白銀の狼を形作った。
「一々認識の外にいる意味もないだろう?何故その形をとり続けないのじゃ?」
「自分でも分からなくなってきてしまうのだから驚きだな。あぁそういえば、アイツはつい最近、自分を認識出来なくなって消滅したぞ」
「……あぁ、逝ったのかアレは。お主のところに何度も来ていたなぁそういえば。。」
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「森の主を継いでくれ!」
〇〇と過ごしていた時から、定期的に私に、杜の主を継いでくれと!と頼みに来ていた者がいた。「者」だったかさえも今となっては多少怪しい。犬の姿で来ることもあればドゴンの姿できたこともあり、カエルの姿できた時もあった……と思う。
灯は当時、基本的に〇〇か自分について回っていたので、必然的によく会っていた……名前は思い出せないが。
さて、おかしな話だ。世界の認識から消滅してしまったにも関わらず、何故、灯や自分はある程度記憶を保っていられるのか……
「ズレてるからじゃな」
「ズレてるからだろうな」
それまで口を噤んでいた灯が、女に合わせておどけたように言った。
「ほう、お主も同じことを考えていたのか」
「途中途中で声に出ていたものを繋ぎ合わせて推測したまでだ……確かに不思議な事象ではあるがな。心当たりは少なくとも、、あるな」
「奇遇じゃの、妾もじゃ……」
灯と女はお互いの目を静かに合わせる。
「「……………………………………」」
「……お主にとっての主……か」
「……姫が唯一選んだ人間……だな」
厳かに頷き合い、暫くお互いに沈黙していたがそれはどちらかが発した笑い声をきっかけに破られた。笑い声は次第に大きくなり森の中に響き渡った。
「ハハハハハ!どこまでも妾を飽きさせてくれないのぉ、我が旦那様は」
「グワッハハハハハ!本当に仕えたかいがある主だな!〇〇様は」
「まさか世界の理を飛び越してくるとわのぉ」
女の言葉に灯は大きく頷いた。
「本当に死んだ今でも、まだ何かあるのではないかと末恐ろしく思ってしまうな」
恐らく世界の理からズレているのは〇〇の周りに長くいた者達……さらに限定すると、勇者の影響を色濃く受けた者だけだろう。勇者と長くを過ごした古参の魔物達も同じ様に影響を受けていることだろう。
「〇〇……やりすぎじゃ」
女は苦笑いを浮かべながら樹海に覆い隠されて見えない空を視た。
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世界観解説・現在公開可能な情報
勇者が死んだ後、何度かの衝突を経て疲弊しきった国々はこの事態を終結するために、世界会議を開催した。一部を除く世界中の国が参加した世界会議では、後世のために、二度とこのような間違いを起こさないようにと、多くの条約が定められた。その時に、《向こう千年に渡りこれ以上汚してはいけない領域》として世界自然保護区が制定された。
世界の要。この世界における星のエネルギーの収束点とその通り道。人体に例えると血管と臓器のようなもの
龍脈が巡っている場所はその恩恵により、農作物が育ちやすくなるなどの豊かな影響を受ける事ができる。
注意しなければならないのは、龍脈は星に生きとし生けるものにとっての恩恵なので人類にとっての都合の良いものではない。
また、大龍脈になると多くの生命体は、その恩恵の量に耐えられなくなり、さまざまな形で消滅する。
勇者が死んで早数年。さぁ、物語の続きを始めよう sora @sorahareru
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