勇者が死んで早数年。さぁ、物語の続きを始めよう

sora

第1話 正義の象徴を討ち取ろうとした魔王

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 来るものを拒むかのような断崖絶壁。大陸の端にあると言われる、生きとし生けるものたちにとっての禁足地。その頂上には年中色鮮やかな花が咲き誇る自然の庭園があると言われている……



 誰もがその絶景を望みながらも、あまりの魔力嵐の強さから近づくことすらできず登頂を諦める断崖絶壁の上では、白いワンピースに麦わら帽子を被った1人の女がパラソルの影に隠れながら、優雅にお茶を飲んでいた。

 その光景が余りにも絵になるものだ。ということは言うまでもない。

 お茶を飲むティーカップは二つ用意されていて、今この場にいないもう一人の誰かを愛おしそうに待っているかのように見えた……


 女の肌は透き通るように白く、体の線はすらっと細く女の肉付きの良さを如実に表していた。背中にかかるくらいまで伸びた髪は紫陽花を連想させる紫と光の無い夜を溶かしこんだような黒の二色で彩られている。世界を達観し、睥睨するかのような瞳は血のような赤で、人を狂わす魔性の魅力がその女には確かにあった。











 ……この手紙を旧知たちに書いているということは、お主が死んでもう五年も立つということじゃな。早いものじゃ………


 はっきり言って、お主が死んでからの世界はどうにもつまらんし、色が豊かでは無い。正直退屈じゃ。

 そんなことを言うと、お主は困った顔でこちらを見て来るのじゃろうがな。感情表現が苦手な奴め。そうやってお主がはっきりと意思表示をせんから、お主は周りからも狙われていたのじゃぞ。

 ……お主は気付かなかったのかも知れぬが、どれだけの女子おなごがお主に恋をしたと思っておるのじゃ!お主はどれだけの人を惑わせば気が済むのじゃ!?妾の立場があったものではないではないか!

 ……まぁ、結局最後には妾を一番に選んだのだからよしとしておくとしようかの………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………お主との子はやはり産まれなかったわ。呪いに気づくのが遅すぎたのじゃ。お主は死ぬ前に泣いて喜んだな。あの顔は今思い出しても格別だったぞ……お主の笑った顔は何故あんなにも愛しく、妾を惹き付けてやまなかったのか。今となってはもう聞くことも見ることもできん。実際お主がいたとしても聞くことはできなかっただろうがの…………最後に残してくれたものを護れなくて、済まなかったの。


 出来ることならあの日に戻りたい。もう1度お主に逢いたいぞ。その手は妾を胸に掻き抱くためにあったのではないのか?剣は大事な者を守る為に振るうのではなかったのか?

 私よりも先に死なないのでは無なかったのか?…………………………………

 ……………………嘘つきめ……

 妾を一人残しおって……この大嘘つきめ!守るのではなかったのか?

 ……お主は他人のことばかりで、自分のことは二の次にして、それだからこんなことになるのじゃ。

 元のお主であったなら死ぬことなどなかっただろう?違うか?



 ……………妾を口説き落としておいて、妾より先に死ぬとは本当にお主は罪深い男じゃな。



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「……ミヤビ様、そろそろ寒くなってきます。どうぞ中へ」


 女が手紙を書き終えたの見計らって執事服を身につけた老齢の男性がそっと声をかける。


 女は一つ頷き、書いた手紙を真っ黒な封筒に入れると指先に魔法陣を浮かべ、それぞれの手紙に認証式を組み込んでいく。


「……何度見ても素晴らしい!という他ありませんな。流石でございます」


「妾の認証式とて完璧ではない。妾の認証式は春歌亭はるうたていのように量産ができぬ。真似事の域を出ぬものだ」


「ミヤビ様。認証式を複製すること自体不可能に近いことなのでございます。それにミヤビ様のものは数を作れない代わりに、春歌亭の認証式よりもずっと強力なものになっております。十分すぎるかと……」


「……世辞が上手いなお前は」


「当然の事実を申し上げているまでにございます」


 二人の間に流れる雰囲気はどこまでも暖かく穏やかなもので二人がいかにお互いのことを信頼しているのかが垣間見えた。


「すぐに行く。食事の支度と湯浴みの準備を済ませておいてくれ」


「…かしこまりました。明日は聖霊国との会談がありますので、後ほどお目通し頂きたい資料を合わせてお持ちいたします」


「あぁ、頼んだぞ」





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 ……もう少しで皆が集まるからの、後少し待っていておくれ。積もる話はそこでする。今はこれまでじゃ。愛しておるぞいつまでも。





 下を向き俯いていた女はふいに風が優しく頬を撫でるのを感じて無邪気な子供のように笑った……



「バカめ!!」




 女は執事長に封筒を渡すと、断崖絶壁の上に立つ大きな屋敷の奥へと消えていった。





「…………………………………………………………………」



「……やはり、いらしておりましたか」


 老執事は何も無い方向に深く頭を下げる。


「……」






 ……長いティータイムを終えた女がいなくなった緑豊かな丘に、20歳を超えたくらいの男が一人、佇んでいた。気がついた時にはそこにいたのだ。彼は残されたティーカップのお茶に一口だけ唇をつけて、、………………男は笑ったのだろうか?次の瞬間、また優しく風がふき、瞬きの内に。もうそこには誰もいなかった……

 残されたティーカップのお茶は、ほんの少しだけ減っていた。



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 世界観解説・現在公開可能な情報


 春歌亭はるうたてい

 この世界におけるぶっ壊れ組織。認証式と呼ばれる、送られた荷物を本人以外に絶対に開けられなくする魔法を発明した。ちなみに、春歌亭以外の人間には解除不可能。今まで突破されたことも、完全解析されたこともなし。

 この世界における最古の組織の一つであり、下手な国よりも歴史が古いため一組織の持てる権力は有に超えている。

 現社長は第371代

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