第56話 リリスの回想

 まりあは、リリスの車椅子を押して墓地を訪れていた。

 時々、リリスがふらっと出かけるのは知っていた。けれど、一緒に来るのは初めてだ。


「ごめんね、つき合わせちゃって。仕事が終わった後には、ここに来ることにしているんだ」


 シズが日々守っている墓地。よく手入れされた墓石や十字架が立ち並ぶ、穏やかな眺め。

 その中をゆっくりと進んでいると、「ここで止めて」とリリスが合図をした。


「誰のお墓?」

 聞いてもいいやつだろうか? と思ったが、なんとなく、聞いておいて欲しいから、リリスはまりあをここへ連れてきたような気がする。


「昔、担当した裁判で、助けきれずに死なせた被告人だ」

 よく磨かれた墓石には、まだ読むことができない文字で、墓の主の名前らしきものが彫り込まれている。

「その当時、僕は裁判官をしていた」

「裁判官? 転職したの?」

「うん。我ながら、公正な裁判官だったと思う。この目の話、したっけ?」

 リリスは自分の眼球を指さした。キョロ、と蛇の瞳孔が揺れる。


「あんまり詳しくは聞いてない」

「この目が気味悪がられて、僕の一族は結構ひどい迫害を受けていた。それが嫌で、僕は裁判官を志したんだ。正しいことは正しい、間違ってることは間違ってると、白黒はっきり、迷信や俗信に振り回されずに判決を下していけば、世の中はよくなると……。この目のことがあっても差別されずに済むようになると思ってた……。まあ、若かったんだよ」

 リリスの目は、深い悔恨に満ちた視線を、目の前の墓石に注いでいる。


「ある時、とある事件を担当した。本当に、なんでもない事件。ただ、子供が盗みを働いたってだけ。でも、いろいろ悪いことが重なって、話はもつれて魔女裁判にまで発展したんだ」

「もつれた?」

「盗みを働いた少年は貧民街の子で。捕まえた大人たちは、少年に集団リンチを働いて。それを止めるために、少年の姉が言ったんだ。「私は魔女だ。それ以上やるならお前ら全員呪い殺すぞ」って」

「そんなのって……」

「虚言に決まってる。でも、魔女裁判は開かれてしまった。そして……」


 リリスはそこで、言葉に詰まった。

 少し深呼吸をすると、嚙みしめるように話を再開する。

「僕は二人をなんとしても助けたかった。少年が盗んだのは薬だ。姉は病気で、弱り切っていた」


 誰もいない墓地に、寂しい風が吹く。からっ風が十字架の間を吹き抜けていく。

「彼女が魔女なんかじゃないと、誰も納得しなかった。僕がどれだけ言葉を尽くしても、彼女の無実を証明する証拠はなかった。僕は……歯がゆくてやりきれなくて、やってはならないことをした。証拠を捏造したんだ」


 懺悔するように、深くうなだれてリリスは語る。

「彼女が拘留されている、というアリバイがある間に、別の場所に魔法陣を描いた。鶏の血で、でたらめな図形を引いた。で、こう主張した。魔女は他にいる。彼女じゃないって。彼女は、魔女に魔法で操られて心にもないことを言わされているって。当時は、そうするしかないと思ってた」

「……どうなったの?」

 なんとなく、嫌な予感がした。


「でたらめに描いた図形で、本当に悪魔が呼べてしまったんだ。魔女裁判当日、荊の檻の中にいる彼女の前に、悪魔は現れた。そしてこう囁いた。このままではお前は死ぬぞ。救いが欲しくはないか? と」

 その先は、もう想像がついてしまう。

 だって、リリスは最初にこう言った。この墓は、助けきれずに死なせた被告人の墓だと。


「裁判所の荊の檻はね、悪魔が顕現すると、自動的に処刑を始めるという特性があるんだ。僕が判決を下すまでもなく、彼女は灰になってしまった」

 両手の手枷をかざして、悔し気にリリスは言う。

「あの日、荊をかき分けて彼女を助けようとしたけど、無理だった。その時に巻き付いたものが、まだ取れない。多分、一生取れないだろう」

 そんないわれのものだったのか。その手枷は。


「これは僕の、後悔の話。あの件の後、僕は弁護人になったんだ。彼女に必要だったのは、隣に立ってあなたは悪くないって言える弁護人だと思ったから」

「なんでそんな話、してくれたの?」

「これからもお世話になる助手に、ちょっと腹の中を見せてしまいたかったんだよ。頑張っても、あがいても、助けられない人はいる。それでも、僕と一緒に弁護人、してくれる?」


 まりあは即座にうなずいた。

「もちろんだよ。もうやめろだなんて言わないでね」

 頑張ろう。まりあは天を仰ぐ。

 今回みたいに、救いは不要、と突っぱねられることもあるだろう。

 リリスが今語ったように、うまくできないこともあるだろう。

 でも、それは、諦める理由にはならない。





☆   ☆   ☆

 こんにちは。作者です。 

 ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

 この作品は、ここでいったん休載とさせていただきます。再開は未定ですが、書き足りない話もありますので、いつかまた続きを書きたいなー、とは思っております。

 嬉しいことにたくさんの応援やコメント、レビューがいただけて、とても力になりました。

 読んでくださってありがとうございました!続きが書けたら戻ってきます!

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