第55話 事件の真相

「まりあちゃーん、お疲れ様。お届け物よ」

 バーバラはリリスの車椅子を押して、まりあの隣に連れてきた。

 リリスの証拠探しに付き合ってくれていたようだ。


「一人でよく時間を持たせてくれたね。間に合ってよかったよ」

「そっちこそ、よく連れてこられたね」

「うん、僕も説得には時間がかかるかと思ってたけど、事情を話したら快く了承してくれた。いやあ、よかったよかった」


 檻の中で固まっていたシズは、アンジェラに向かって叫んだ。

「どうして来ちゃったんですか! せっかく隠してたのに!」

「放っておけるわけないでしょう?」


 よろよろと、デイブがアンジェラの前に進み出てきた。

「ア、アンジェラ……? 本物なのか?」

 その頬を、アンジェラは平手で思い切り張り飛ばす。

「この馬鹿亭主! 人様に迷惑かけてんじゃないよ!」

 ジワリ、と涙をにじませて、デイブはぽつりと呟いた。

「本物だ……」


 アンジェラは堂々とまっすぐ歩いて、シャルルの前に立つ。

「私は、墓の主アンジェラ。この子は魔女ではありません。ご覧のとおり、私の死体は盗まれてなどいません。彼女は無実です」

 突然のことに驚いていたシャルルは、その言葉に我に返り、乱入してきたリリスの方へ目をやる。


「どういうことか説明してもらおうか」

「せっかくだ。今日はまりあに話してもらおう」

 まりあはこくりとうなずくと、話を始める。

「遺体が盗まれたんじゃなくて、最初から空っぽの棺を埋めてたんだよ。アンジェラさんが死んだことにするために」

「なぜそんなことをする必要がある」

「彼女の家庭は荒れていた。安全な場所へ逃げ出すために、一芝居打ったの。他の十七の棺も、同様に墓の主をよそへ逃がすための偽物の棺だよ。先代もシズさんも、きっと歴代の墓守もみんなが、困っている人を助けるために、空の棺を埋めて偽物のお墓を立てていたの」


 補足するように、リリスが口を挟む。

「離婚は、教義上忌むべきだとされているからね。夫婦関係を終わらせる方法は限られている。彼女が身の安全を確保する方法は、他にはなかったんだ」

 その場にいる皆の視線がアンジェラに集まる。


 シズが、アンジェラを責めるように言った。

「どうして戻ってきてしまったんですか。せっかく、安全な場所まで逃げたのに……!」

 当然だ、という顔でアンジェラは応じる。

「うちの夫婦喧嘩のために、あなたに死んでほしくなかったの。彼が私を探しに来て、びっくりしたよ。私のために恩人が死のうとしているのに、のうのうと第二の人生なんか初めてられないさ」


 へなへなと、デイブがその場に崩れ落ちた。

「……っ、確かに俺は、いい亭主じゃなかったけどよ。そこまでするほど俺が嫌いか?」

 馬鹿だね、と笑うと、アンジェラはデイブの傍らにしゃがむ。

「私だけなら殴り返せば済む話だけど、そうも言ってられなくなっちまった」

 そう言って、軽く腹に手を置く。

 そのしぐさを見て、デイブは目を丸くした。

「まさか」

「このままじゃ、アンタが我が子を殺しかねないと思って、覚悟を決めることにしたんだよ」


 しばし硬直した後、デイブはだーっ、と涙を流し始める。

「悪かった! 俺が悪かった! 反省したからもう一度一緒に暮らそう! 今度こそ、お前と子供のために頑張って働くから!」

 あきれ笑いを浮かべながら、アンジェラはため息をつく。

「馬鹿だねえ……。あんたがその程度で反省できる人間なら、私だってここまでしなくていいんだよ」

 断られたデイブは、地面に頭を擦り付けんばかりの勢いで、土下座で懇願し始める。

「頼む! お願いだ! 後生だから! 絶対もう殴らないから!」

 緩んだ空気が場に流れる。ここから先は、ただの痴話喧嘩だろう。


 カツン、とシャルルが木槌を叩く。


「墓場泥棒など初めからいなかった。よって、被告人の無罪を認める」


 はらり、と荊の檻が崩れて、シズは解放された。

 解放されたシズに、グリム・チャーチが尻尾を振って駆け寄っていく。しかし、彼女の目はすぐそこにいる黒犬を捉えることはない。


「わんちゃんも喜んでるみたいだよ」

「グリムは……、うちの犬はどこですか?」

 まりあはグリム・チャーチのいる場所を指さした。


「グリム?」

 その場でしゃがむと、シズは犬を撫でようとしているように、虚空に手を乗せる。けれど、その手はなににも触れずにスカッと通り過ぎてしまう。


「私が大人になったから、見えなくなったの?」

 わん、と黒犬が答えた。

「真面目にお仕事、やりすぎちゃったかなぁ。ちょっとくらいサボればよかった。そうしたら、まだグリムと一緒にいられたのに」

 グリム・チャーチはぺろぺろとシズの顔を舐めようとする。しかし、シズにはその感触はわからず、なんの反応も返さない。

「グリム。ずっと守ってくれてたんだね。ありがとう」

 わふ、とグリム・チャーチは頷いた。


 シズは立ち上がると、今度はまりあの方へやって来る。そして、ペコリと頭を下げた。

「ごめんなさい。せっかく、助けようとしてくれてたのに。なにも、答えられなくて」

 今更になって、ガタガタとシズの手が震えている。

「本当は、すごく、怖かった、です。助けてくれてありがとう、ございました」

 まりあは心からほっとして、にっこり笑った。

「私も、あなたを助けられて嬉しいよ」

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