第54話 死者の帰還

「まだ、死者から届いた手紙の話をしてないでしょう?」

 まりあが言うと、シズは険しい顔で口を挟んだ。


「あれは死者からの手紙なんかじゃありません。……、そう、たまたまです。たまたま、アンジェラという同じ名の別の人からの手紙が届いたのです」


 そんな言い分でごまかせるはずがない。

 苦しい言い訳だというのは本人もわかっているはずだ。シズの額に、冷や汗がにじむ。


「たまたま? そうなのか?」

 聞き返したシャルルの言葉を、アンリが遮る。

「いいえ、違います。もし本当にたまたま同じ名前だったというのなら、手紙を破り捨てる必要はなかった。彼女は明らかに、証拠を隠滅しています」


 シズは困り顔で、なんとか言い訳をひねり出そうとしている。

「ええと、ええと……。喧嘩中の友達なんです。つい、カッとなっちゃって」

「では、事実確認をするので、そのご友人の住所を教えてもらえますか?」

「ええと……、ええと……」

「住所を答えられないということは、そんな友人はいない、と判断せざるをえませんね」


 明らかに、ごまかしきれなくなっている。

 カツン、とシャルルが木槌を叩いた。

「つまり被告人は嘘をついているということか?」

 ぷっ、とアンリが小さく噴き出した。

「今?」

「なぜ笑う」

「最初に気づくでしょ、普通」

「……ごほん」

 思いっきり渋面を作ると、シャルルは小さく咳払いをして、もう一度木槌を叩いた。


「裁判の席だ。被告人は虚偽なく本当のことを述べるように」

 小さな、しかし確固たる声でシズが応じる。

「申し訳ありませんが、本当のことはお答えできません」

「……やはり、拷問にかけるより他にはなさそうだ」

 まりあは、その言葉を慌てて遮る。

「待って、確かに彼女は嘘をついたけど、それは墓守としての覚悟があるから。決して墓場泥棒なんかじゃないよ」


 できるだけもったいぶって、ゆっくりと述べる。

 この話に納得してもらうには、動かぬ証拠が必要で、それはまだここにはない。


「墓守としての覚悟だと? どういう意味だ」

「まず、思い出してほしいのは、墓の主であるアンジェラさんのご家庭は、居心地のいい場所ではなかった、ということ」

 ゆっくり、時間をかけて、推理を展開する。

 リリスが早く戻ってきてくれれば、話が早いのに。


「そしてさらに、夫であるデイブさんは彼女の遺体を見ていないということ」

「ダメですまりあさん! その先は言わないで!」

 シズが必死な声で遮った。

「拷問でも死刑でも構いません。だから、どうか放っておいて!」

「そういうわけにはいかないよ!」


 ここは曲げられない。

 本人が望んでいなくても。余計なお世話だったとしても。

「あなたは悪くないんだから! 死刑になる必要なんてない!」


 ばんっ、と裁判所の扉が開いた。


「その通りだ!」

 入ってきたのは車椅子に乗ったリリスと、それを押しているバーバラ。


 それからもう一人、見知らぬ女性が立っている。


 傍聴席で男が立ち上がった。被害者の夫、デイブだ。

「アンジェラ……!? 生きていたのか!」

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