第53話 弁護人まりあの推理

「まず、私たちを襲った犬の正体から説明するよ」


 視線がまりあに集まる。ぎゅっと心臓が縮こまるのを感じた。

 今、シズの命はまりあの弁舌にかかっている。


「さっきシャルルが言った通り、犬を見たのは、私と看守のトミーの二人。いずれも赤毛。私はこの街に来てから日が浅くて、こっちの常識には疎いから、もう一度確認させて。赤毛の人間と子供には妖精が見える、ってことで間違いない?」


 シャルルは頷いた。

「そのように言われているな」

「その通説が本当なら、犬のことは全部説明がつくの。昨日、バーバラさんに妖精について聞いて来た。どんなのがいるの? って」


 シャルルは、黒い犬の妖精と聞いて「ブラック・ドッグ」を挙げたが、犬の妖精は他にもいろいろいるらしい。


 その中に、ドンピシャなものが一種類いた。


「おそらく、私たちの前に現れたのは、グリム・チャーチ。……って、バーバラさんが言ってた」

 はて、とシャルルが首を傾げた。

「おとぎ話の類には疎くてな。有名どころしか知らないのだ。なんだそれは?」

 それを引き継いだのはアンリだ。


「墓地を守る守護精霊ですね。古来より、墓地が新しく作られた時、最初に埋められた死者はその墓地の守護者になるとの言い伝えがあって、その役目を負わせるために、最初に埋葬された犬が転じた妖精……という。えっ、それが本当に出たって事?」

 まりあは頷くと、解説を再開した。


「そう。間違いない。グリム・チャーチは墓地を守る精霊。墓地の平和を守るため、墓守を連れ去って閉じ込めている私たちを敵とみなして、襲ってきた。その証拠に、あの犬は私がシズさんを助けるって約束したら、納得して姿を消した」


 正直、根拠はない。

 見えない人には机上の空論も甚だしい。

 でも、この話があるのとないのとでは心証が違うだろう。

 まりあは、檻の隣に座って、シズのことを気づかわしげに見ている犬に目をやって、一度深呼吸をした。


「少なくとも、ブラック・ドッグじゃない。不幸を運ぶような妖精じゃない。その子は今もここにいて、シズさんを守ろうとしてる」


 見えていない者たちが、きょろきょろと落ち着きなく視線をさまよわせる。まりあとトミー以外、誰もその姿を捉えることができない。

「それは本当か?」


 シャルルの問いに、まりあは指を指して答えた。皆の視線が、まりあの指の先へ向かう。しかし、視認することはできないようで、異物を飲み込んだような、こわばった空気が場に流れる。

「トミー」

 シャルルが傍聴席に座っているトミーを呼んだ。

「はいっす」

 トミーは立ち上がって答える。

「見えているか」

 トミーは迷いなく答える。

「見えてます。檻の横で、被告人を見上げています」

「これは推測なんだけど、シズさんと暮らしていて最近姿を消した犬、ってこの子なんだと思う」


 えっ、とシズは顔をあげた。

「で、でも、グリムは……、あの子は普通の子でしたよ?」

「見えていれば、普通の犬に見えるよ。私も他の人には見えないんだって言われなければ、おかしな犬だなんて思わない。最近姿を消したんじゃなくて、最近になって、あなたの目にも見えなくなっちゃった、って事」

「見えなくなった……? どうして……」

「きっと、あなたが大人になったから」

 はっ、とシズが顔をあげた。

「おじいさんが亡くなって、仕事を引き継いで一人頑張っていたあなたを、グリム・チャーチは大人と認めたんだと思う。だから、見えなくなった。妖精は赤毛の人間と、子供にしか見えないから」


 つまり、とまりあは胸を張って、なるべく堂々として見えるようにして宣言する。

「彼女は墓場泥棒でも、魔女でもない。墓地の守護精霊が彼女を墓守と認めて守ってるのがその証拠!」

 カン、とシャルルが木槌を叩いた。

「理屈はわかった。だが、視認できないものを証拠として預かることはできない」

 くそ、だめか。そんな気はしてたけど。

「弁護人。被告の無罪を主張する材料はそれだけか? それだけでは、やはり拷問に移らざるを得ない。被告人は明らかに隠し事をしている」

「待って! 待って待って! 違うの!」

「なにが違う、言ってみろ」

 ああ、もう! リリスはまだ帰って来ないんだろうか。

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