第二十九話 過去の傷跡 伍


 ホノカの背中には、切り裂き男からヒノカを庇った時に負った傷跡が残っている。

 右肩から斜めにバッサリと。

 傷自体は塞がっているが、そこから常に、ホノカの霊力が漏れ続けているのだ。

 ホノカの診察をしてくれている医者からは、体内で霊力が膨れ上がった時に、この怪我を負ったのが、その原因なのではないかと言っていた。


 霊力持ちの体内には、身体中に霊力を巡らせる血管のようなもの――霊力線が張られているらしい。

 霊力線は、普段はぼんやりとした状態で、触れる事も目に見える事もない。

 けれど、体内の霊力が膨れ上がった事で霊力濃度が高くなると、ごくごく稀にその『形』を現わす事があるのだそうだ。

 ホノカはそのタイミングで深い傷を負ったために、霊力線が損傷してしまったのだろう、と医者は言っていた。

 そして霊力線を治療する方法は、今の医学では見つかっていない。


 ただ、今まで起きた霊力爆発事故でほぼすべての当事者が亡くなっているので、それ自体をはっきりと断言する事は出来ない、とも言っていた。

 そしてその事故の現場にいたホノカとヒノカが生きているのは奇跡だとも。


 けれど。


「あのせいで、父の遺体も、切り裂き男の痕跡も、すべて消し飛ばしてしまった。……だから父は事故で亡くなったという話になりました」


 自分が起こしたあの霊力爆発事故のせいで、真実は隠される事となってしまったと、ホノカは悔しい気持ちを堪えながら話す。

 ホノカだって、ヒノカを守った事に後悔はない。傷跡が残った事も、霊力が漏れ続けている事も、何一つ気にしていない。

 けれど――何かが一歩ずれていたら、ヒノカが死んでいたかもしれない。

 そしてあの事故でミハヤの遺体や、犯人の痕跡を消し飛ばしてしまったために、切り裂き男が逮捕されるまでに六年もかかった。

 しかもその切り裂き男は偽物で、本物の切り裂き男の犯行で間内キヨコの命が奪われてしまった。


 そのすべてが、あの霊力爆発事故がなければ、に繋がっている。


 ホノカの周囲の人間は、誰もそう言わなかった。

 けれど誰も言わなくても、ホノカはずっとそう思い続けている。


 あの時、自分はどうしていたら良かったのだろう。

 どうすれば皆に傷跡を残さずいられたのだろう。

 ホノカは今も、それが分からずにいる。


「でもあの事故のおかげで、隊長達は無事だったんですよね」


 ホノカの視線が、無意識に下へ下へと向きかけていた時、ウツギはそんな事を言った。慰めてくれているのだろう。

 ホノカは苦く笑って彼の言葉に返す。


「運が良かったんですよ。お医者様からも、奇跡だと言われました」


「いや~、そうとも限らないんじゃないですかねぇ」


 え、と思ってホノカはウツギを見上げる。

 彼の瞳と目が合った。するとウツギは笑って、


「爆発がホノカ隊長の霊力で起きたものだったのなら、守ろうとしたんじゃないんですかね。ヒノカ隊長を。ほら、霊力って、感情に左右される事がありますし。赤の他人相手なら分かりませんけれど、そこにいたのがヒノカ隊長なら、俺はそうじゃないかって思いますよ」


 と言った。

 ホノカは思わず言葉に詰まった。

 ウツギの言葉があまりに予想外で、それこそ何を言ったら良いか分からなくなったからだ。

 守ろうとしたから、二人は無事だった。ウツギはそう言ったのだ。

 ホノカはそんな風に考えた事なんて一度もなかった。


(そうだあったら、どんなに)


 どんなに良かっただろうか。

 けれどホノカは知っている。それは都合の良い考えだと。


「あ、今、都合が良い話だって思いました?」


 すると、ウツギに先回りでそう言われてしまった。

 考えを見透かされたようで、ホノカは少しバツが悪い気持ちになる。


「ああ……いえ、その……」


「都合の悪い考えも、都合の良い考えも、どちらも並べてみないとね。本当の事は見えてこないんですよ」


 優しい笑顔を浮かべたまま、ウツギはそう続ける。


「どちらも、ですか」


「そうです。色んな方向から見る事で、真実ってのは浮かび上がるもんです。――――なんて、これ、ミハヤさんの受け売りなんですけどね」


「父さんの?」


「はい。俺はその言葉に救われました」


 だから、とウツギは一度区切って、


「俺の言葉なら微妙ですけど、ミハヤさんの言葉なら信じられるでしょう?」


 と言った。

 その笑顔にホノカは少し懐かしい何かを感じた。

 少しして、それが何なのかホノカは思い至った。

 どこか似ているのだ、彼は。


「ウツギさんは少しだけ、父に似ていますね」


「え!? 本当ですか!? やっぱり太刀ですかね!?」


 ホノカがそう言うと、ウツギが嬉しそうな顔になる。

 太刀はまぁ、あまり関係がないのだけど。

 中身がと言おうとしたが、


「いや~実はこの太刀がですね! ミハヤさんの太刀に憧れて、給料を貯めて貯めて、お願いしたんですよ~!」


 なんて話が始まったので、言うタイミングを逃してしまった。

 まぁ、いいか。その内、また機会があったら言えば良い。

 そんな事を考えながらホノカはウツギと話しつつ、桜花寮へと戻った。

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