第二十八話 過去の傷跡 肆
「……ちょっと意地悪過ぎましたね」
ホノカは走り去って行くイサリの背中を見つめながら、ぽつりとそう呟いた。
あそこまでしっかりと言い負かすつもりはなかったのだ。
けれど、つい言葉が出てしまった。挑発に乗ってしまった。
今の自分の発言を思い出し、ホノカが少し反省をしていると、
「そうですねぇ。話の流れはともかく、ああいうタイプには、火に油を注ぐ言い方でしたねぇ」
とウツギが頷いた。ホノカは頭を抱える。
「ですよねぇ。しまったな……」
「……ホノカ隊長って、見かけによらずだいぶ負けず嫌いですよね」
「そうですか?」
「ええ。うちのアカシに負けず劣らずですよ」
ウツギはそう言って苦笑した。
ホノカは自分が日向隊の隊員達の中で、一番、喧嘩早いだろうなと思っている人物と比べられてしまい、さすがに「うっ」と言葉に詰まる。
そんな事はと否定したくて、これまでの自分の言動を思い出してみる。
否定し辛い。
その通りだ。
しかも、前にミロクからも、似たような事を言われていた。
「……実はヒノカより直情型だと言われた事がありまして」
「あー、直情型……ハハハ……」
「ウツギさんはどう思います?」
「まぁ、合ってるんじゃないですかね。ちなみに誰に言われたんです?」
「ミロクさん」
「ああ、なら、合ってるんじゃないですかね」
ウツギからは同じ言葉を、二回目は自信を持って言われてしまった。
やはり、どうやらそうらしい。
これは意識をして気を付けていかないといけない気がする。
何せ自分は日向隊の隊長だ。隊長が、隊員の誰よりも喧嘩早くてはいけない。
ううむ、とホノカが思っていると、
「それに隊長、轟木君に怒っていたでしょう?」
とウツギはそう続けた。
「……実は、それなりに」
ホノカはこくりと頷く。
と言っても、霊力無しだと罵られた事に対して怒ったわけではない。
ホノカが怒ったのは「親の七光り」という言葉に対してだ。
ホノカは父の事が大好きだし尊敬している。
帝国守護隊に入隊した理由だって、そもそも、父の仇を討つためだった。
御桜ミハヤの子供だというのは、入隊時、それなりに話題になった。
けれど、だからと言って、ミハヤの子供だからと簡単に上へ、上へと行けるほど、帝国守護隊は甘くない。
<銀壱星>の階級まで上がる事が出来たのは、自分達の努力だ。
それを轟から、自分以上に努力している双子の弟のそれまで否定されたような気になって、どうしても我慢ならなかったのだ。
ああいう言葉をぶつけられ事は、これまでに何度もあった。
その一つ一つに、いちいち反応をしていたらきりがない。
隊長職を任されたのだから、こういうところもちゃんと流せるようにならなければ。
ホノカがそう思っていると、
「あの、隊長。それで……先ほど彼が言ったのは?」
とウツギから聞かれた。
先ほどというと、とホノカは会話を思い出す。
たぶん『霊力無し』のところだろうか。
「ああ、ええ。霊力無しですよね?」
「はい」
「そうですねぇ……。特に隠しているわけでもないんですが。私、霊力がほとんど無いんですよ」
「えっ?」
ホノカがそう答えると、ウツギは驚いた顔になった。
それから彼は、ホノカが背負っている<蒸気装備>が入ったケースに目を向ける。
「でもホノカ隊長は、普段、蒸気装備は使っていますよね?」
ウツギは首を傾げる。
これは当然の反応だろう。だってホノカが扱っている長銃だって<蒸気装備>だ。
霊力がないのなら、どうやって<蒸気装備>用の霊力を補充しているのか。
ウツギの顔んはそんな疑問が浮かんでいる。
まぁ、これも当然の疑問なんだよな、とホノカは思う。
「これはヒノカに霊力を分けて貰っているんですよ」
「ヒノカ隊長に?」
「ええ。……元々はね、私も霊力持ちだったんですよ」
ホノカはそこでいったん言葉を区切った。
それから左手で、右肩をそっと掴む。
「ですが昔、この辺りに大怪我を負いましてね。その時に、体内の霊力が噴出してしまって。その傷から今もずっと、霊力が漏れ続けているんですよ」
「え!? 怪我は大丈夫なんですか!? 動かして大丈夫な奴ですか!?」
ホノカがそう話すと、ウツギは目を剥いてそう言った。
あれ、心配してくれている。
思っていた反応と違ったものだから、ホノカは目を丸くした。
この話をした時に、怪我について注目される事がほとんどなかったからだ。大体の人間は霊力の方を気にするのに。
そんなウツギの様子に少し驚きながら、
「ああ、すみません。言葉が足りませんでした。怪我はもう大丈夫です。跡は残っていますけれどね。ただ、そこから霊力だけが止まらないんですよ」
とホノカは笑って言った。
するとウツギは少し考えたあと、
「……もしかして、それは……霊力爆発事故ですか?」
と聞いてきた。
霊力爆発事故――それは六年前、御桜ミハヤが命を落としたと世間に発表された、あの事故の事だ。
「ご存じでしたか……という言い方はおかしいですね。はい、そうです。その時の爆発は私が原因です」
そう話しながら、ホノカは少し目を伏せた。
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