第二十七話 過去の傷跡 参

 ホノカとウツギが振り返ると、そこには坊主頭の少年が立っていた。

 歳はホノカと同じくらいだろうか。帝国守護隊を示す白色の軍服を着ている。彼はホノカを指さし、わなわなと震えていた。

 ウツギが軽く首を傾げる。


「隊長、お知り合いですか?」


「うーん、どうだったでしょうか」


 ウツギに聞かれ、ホノカは少し考える。<怪異因子>討伐のために、帝国守護隊の地方支部に何度も異動しているが、坊主頭の知り合いはいなかった気がする。

 ただ、声は聞き覚えがあった。

 誰だったっけと思い出そうとしている間に、少年は怒りの形相を浮かべたまま、ホノカに向かって詰め寄って来た。


「お前ッ、よくも僕に恥をかかせてくれたなッ!」


「恥?」


 はて、とホノカは首を傾げる。

 突っかかってきたのを言い返したり、流したりはしたが、誰かに恥をかかせた覚えがあっただろうか。

 だが、その物言いは――――。


「あ」


 そこまで考えて、ホノカは少年が誰なのか思い出した。

 日向隊に異動になる前に所属していた隊で、同じ班になった軍人だ。

 名前を轟木イサリと言う。


「轟木君でしたか。髪型が違っていたので気が付きませんでした」


「轟木? もしかして轟木司令のところの?」


「ええ。ここへ来る前に同じ班でした」


 ホノカがそう説明していると、イサリは顔を赤くして目を吊り上げる。


「き、気が付かなかっただと!? 僕にか!? ええい、くそ! 僕の髪をこうした張本人共がよくも!」


「え? ホノカ隊長、彼の髪を剃ったんですか?」


「いえいえ。ヒノカがほんのちょっとだけ、毛先を焦がしただけですよ。最後に会った時は、ちゃんと髪はありました」


 そう、髪があったはずだ。それがなかったせいで、ぱっと見た時に誰だか分からなかった。まぁ、悪い方の印象が強すぎて、興味がなかったから、というのもあるが。

 それはそれとして、少なくともホノカ達は、イサリの髪をどうこうなんてしていない。

 何がどうして自分達のせいになっているのかと思っていると、イサリはダンッと片足を踏み鳴らし、


「父上が僕の問題行動が目に余ると怒って、鍛え直すついでだと剃られたんだ! お前達が僕の事を父上に告げ口したせいだぞ!」


 などと言った。

 それを聞いてウツギが半眼になる。


「いや、それ自分のせいだって自分で言ってるでしょ……。隊長達、本当に彼と組んでいたんですか?」


「はい、組んでいましたよ。ただ仕事をしてくれないので、ヒノカと二人で出動していましたけれど」


「それ、俺達より酷くないですか?」


「自覚されているようで何よりですが、そうですね」


 ウツギの言葉にホノカは苦笑する。

 そう、やる気がなかろうが、評判がどうであろうが、仕事をしてくれるだけ日向隊と月花隊の方が何倍もマシである。

 正直なところ、本当に彼は問題行動が多かった。

 隊長の指示を聞かない、作戦に従わない。勤務時間に賭博や異性とのデートをする、疲れたからと喫茶店に入ってサボる、などなど。

 とにかくうんざりするくらいだった。


 しかし、イサリはそんな状態にも関わらず、その階級はホノカ達より二つ下の<銀参星>だというのだから驚きである。

 これでよくその階級まで上がれたものだ。本当は、ちゃんと仕事をしているのだろうか。

 なんて事を思ったので、同じ班になった時にホノカは彼について調べてみた。

 すると出て来たのは、轟司令の立場をちらつかせ、他人の手柄を横取りしていたから――という事実だった。最悪である。

 ちなみに本人も<怪異因子>討伐のための腕はあったらしいが……残念ながらホノカは見た事がない。


 まぁ、そんな理由で、ホノカもヒノカも、イサリに対してあまり良い感情を抱いていない。

 諸々の理由はあれど一番は、同じ班で作戦に参加するのに足を引っ張られ続けたから、というのが大きい。

 やる気がない相手にやる気を出させるのも、更生させるのもホノカ達の役目ではない。

 同じ班に所属しているからと言って、そこまでする義理はない。

 なので基本的にホノカとヒノカは、声をかけたり、作戦を説明したりするが、その上でイサリが仕事を放棄すれば放置していた。


「それで、轟木君は何をなさっているのですか? 轟木司令のところで鍛え直すというお話なら、配属先は北の方でしょう」


「本部へ届け物に来ただけだ! まったく、汽車で三時間だぞ!? 遠くて嫌になる!」


「そうでしたか。それはお疲れ様です。長時間の移動は辛いですから、大変でしたでしょう」


「は…………」


 ホノカが何の気なしに労うと、イサリの表情が固まった。そのまま、彼は目をぱちぱちと瞬いている。

 それからイサリはザッと数歩後ずさった。


「な、何を企んでいる!? 僕を労って、どうするつもりだ!? ちょっと優しくしたって、僕は騙されないからなッ!」


 そしてそんな事を怒鳴っている。


「ただの会話なんですがね……」


「何か変な方にこじらせてるなぁ……」


 イサリの反応にホノカは肩をすくめ、ウツギは乾いた笑いを浮かべて呟く。

 そんな声など聞こえていない様子で、イサリは目を吊り上げたまま、


「お前達はいつもそうだ! 親の七光りのくせに、御桜ミハヤの子供だからとチヤホヤされて!」


「チヤホヤはされていませんがね。むしろ煙たがられていますよ。私達と同じ班だったあなたは、よくご存じでしょう?」


「うるさい! 何が煙たがられているだ! でなきゃ、お前達みたいな……お前みたいな奴が<銀壱星>になれるものか! 隊長なんて任されるものか! 御桜ホノカ、この、霊力無し、、、、がッ!」


「……え?」


 叫んだイサリの言葉に、ウツギが怪訝そうな顔になった。

 向けられた視線を受けながら、ホノカは静かに「そうですね」と答え、


「その霊力無し、、、、に、訓練でも実戦でも一度も勝てていないのが、あなたですけれど」


 淡々とそう返した。するとイサリはぐっと言葉に詰まり、


「――――くそっ!」


 と一言吐き捨てて、走って行った。

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