第二十六話 過去の傷跡 弐

 ホノカとウツギが買い出しを終えた頃、帝都の空は茜色に染まり始めていた。

 本通りを歩きながら、ホノカは本日の戦利品を、ほくほくとした気持ちで見ていた。


「お肉が安くて嬉しい」


「でしょう? あの店ね、他と比べて少し早い時間に、安くなるんですよ」


「なるほど、それは穴場ですねぇ。ウツギさん、良く知ってますね」


「ハハ、帝都で独り暮らしを始めた時に学んだコツです」


 ホノカに褒められて、ウツギは満更でもなさそうに言った。

 彼の言葉を聞いて、ホノカはそう言えばと思い出す。


「確か、ウツギさんは帝都出身ではありませんでしたよね。異動前に資料で読みました」


「はい。俺は西の方ですね。来たばかりの頃は、訛りを出さないように話すのが大変でした」


「訛りですか?」


「ええ。ま、直さなくても良かったんですけどねぇ。ただの格好つけです」


 そう言ってウツギは笑った。

 なるほどなぁとホノカは思う。

 ホノカも地方で勤務した事があるが、地域によっては訛り――というか方言を使う相手と接する事もあった。

 その幾つかを頭の中で思い出しながら、


「聞いてみたい気もしますけどね」


 と言えば、ウツギは目を瞬いた後、


「ほしたら、ちょいちょい」


 なんて返してくれた。

 今のが彼の本来の口調なのだろう。

 聞いた事のある方言だな、とホノカが思っていると、


「隊長達のご出身はどちらですか?」


 とウツギから聞かれた。


「私達は帝都の郊外ですねぇ。ほら、桜山城址のある方の」


「ああ、桜がすごく綺麗な」


「はい。今ならたぶん、花見客でいっぱいでしょうねぇ」


 ホノカはそう言うと、自分の家がある方角へ顔を向けた。

 遠くの山がふわりとした桜色で彩られている。

 父がまだ生きていた頃。ホノカはヒノカと父の家族三人で、よくお花見をしていた。

 お弁当を作って、帝都の和菓子屋の桜餅を持って、桜の木の下にシートを敷いて。


 父が亡くなってからは、そんな事を楽しむ余裕はなかった。

 わき目も振らずに前へ前へと進む事に夢中になっていた。自分達で父の敵を討つのだと。だから上へ行かねばと、ただただ必死だった。

 その頃はホノカもヒノカも常にピリピリとしていた。そんな二人を、ミロクとシノブが半ば無理矢理、花見やら祭りやらに連れ出してくれたのだ。

 仏頂面な双子を、それこそ必死の形相で引きずりながら。

 思い出して、ふふ、とホノカが小さく笑う。


「どうしました?」


「いえ。ミロクさん達とお花見に行った時の事を思い出しました」


「へぇ、司令達とですか! 賑やかそうでいいですねぇ」


「はい。大暴れしました。私達が」


「はい?」


 ホノカがそう言うと、理解できなかった様子でウツギが聞き返す。

 まぁ花見に行って、ホノカ達が大暴れするなんて想像できないだろう。


「当時、私達、ちょっと荒れていまして」


「隊長達がですか」


「ええ。それで、行儀の悪い花見客と喧嘩になりまして。手が出かけた時に、ミロクさんとシノブさんが止めてくれたんです」


 話しながらホノカは目を細める。


「馬鹿を殴るな。非道を殴れ。お前らがやりたいのは、こんな馬鹿共相手に、暴力を振るう事じゃねぇだろうって」


「…………」


 殴りかけた手を掴まれて。怒鳴るでもなく、ただただ静かに諭された。

 その時初めて、ミロクやシノブの手の温かさに気が付いたのだ。

 そして周りが何一つ見えていなかった事も。

 二人が止めてくれていなければ、きっと今、ホノカ達はここにはいない。<銀壱星>なんて階級にも到達できず、ただの厄介者として、帝国守護隊の隅にいただろう。

 

「その場を上手く収めてくれたのもミロクさんとシノブさんでした。本当に、あの人達には昔から、頭が上がりません」


「ホノカ隊長は、二人の事をとても尊敬しているんですね」


「ええ。……まぁ、面と向かってはなかなか言えませんけどね。ああいう風になりたいと、あの時に思いました」


 優しい眼差しを向けるウツギに、ホノカはそう答える。

 するとウツギも「自分も」と言いながら、腰に下げた太刀を見た。


「ミハヤさんみたいになりたくて、蒸気装備は太刀を選んだんですよ」


「父みたいにですか?」


「はい。あの人は、俺の憧れです。……実はね、俺も昔、ちょーっと荒れていましてね。その時にミハヤさんに会って、助けて貰った事があるんです」


「父に……そうなんですか」


「はい、そうなんですよ。こう見えて俺ね、故郷では結構な問題児だったんですよ?」


 ウツギは「見えないでしょ?」なんて冗談めかして言った。

 彼の言う通り、確かに見えない。ウツギが昔荒れていたなんて、今の彼からは想像が出来なかった。

 気さくで、優しくて、真面目。ホノカが見ている嵐山ウツギとはそういう人間だ。

 人は見かけによらないものである――なんて、自分も含めてホノカは思った。


 それにしても不思議な気持ちだ。

 今までホノカは、ヒノカやミロク、シノブ意外と、こんな会話をした事はなかった。よく構ってくれる四万十とは雑談はするが、昔の話を――誰かにするには憚られるような話を、ヒノカ達意外とするのは初めてだった。

 ウツギが自分達の事を、年下だからと馬鹿にする事もなく、同じ目線で話してくれるからだろうか。ホノカがそんな事を考えていると、


「お、お前! 御桜ッ!!」


 なんて声が聞こえてきた。

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