第二十三話 白椿館で得た情報 上

 ホノカとヒノカが桜花寮へ戻って来たのは、昼の時間もすっかり過ぎた頃だった。

 そんな時間なので、外で軽く昼食を済ませた二人が中へ入ると、


「もー! 何なんですの、あなた! 邪魔ばっかり!」


「うるせぇなぁ。別に邪魔してねーだろうが! 邪魔ってんなら、そっちだろうが!」


 何やら、なかなかの剣幕で口論が行われていた。

 この声はユリカとアカシだろうか。よくも飽きずに喧嘩が出来るものだ。

 ホノカとヒノカは顔を見合わせて肩をすくめると、声のする方へ歩いて行った。

 場所は会議室のようだ。ドアが開け放たれている。


「何ですって!? わたくしの一体何が邪魔だと仰いますの!」


「いちいち声がでけぇーんだよ! 話を聞く気あんのかお前はよ!」


「そちらこそ、もっと上品に話してくださいませんこと!?」


「ちょっと、ヒートアップし過ぎですよ!」


「そろそろ落ち着いけって!」


 そこでは予想通り、ユリカとアカシが喧嘩をしていた。

 それをウツギとトウノ、イチコとスギノが宥めているようだった。


(この二人、あまり相性が良くないんですかねぇ)


 ここへ来てから、ホノカは何dもこの二人が喧嘩をしているのを目にしている。

 結構な頻度で険悪な雰囲気になるものだから、性格自体があまり合わないのだろうか。


(まぁ、どちらかと言うと……)


 お互いの言葉選びが、お互いにとって最悪なのだとも思うけれど。

 そんな事をホノカが考えていると、まずはヒノカが彼らに声をかけた。


「ただいま~。これ、何の騒ぎだい?」


「あっ隊長!」


 ヒノカは明るい声で、軽く手を挙げ呼び掛ける。するとウツギ達が振り返って、パッと表情を明るくした。


「おかえりなさい、助けてください……!」


「いつも以上に止まらないんですよ、これ」


 困り顔のトウノとウツギがそう訴えてくる。

 その後で、彼らから僅かに遅れてユリカとアカシがこちらを向いた。二人はハッとした顔になり、勢い良く近づいて来る。


「聞いて下さいな、隊長! この男、わたくし達が調査をしている所に割り込んできたんですのよ!」


「いや、割り込んでねぇだろ。まどろっこしい聞き方してたから、代わりに聞いてやったんじゃねぇか!」


「まどろっこしい!? あれは丁寧って言うんですのよ! 前々から思っていたけれど、あなたは強引過ぎるんです! 雑な上に強引って最悪ですわよ!」


「ちょっとくらい強引に行かねーと、のらりくらりと躱されて終わりだろーが! あと雑なのは関係ねーだろ、今回はよ!」


 ぐるる、と唸り声まで聞こえそうな形相で、二人はにらみ合っている。

 感情に任せて怒鳴り合っているため、何をいっているかいまいち要領を得ない。

 それにしても、この剣幕のアカシに怒鳴られても、ユリカはまったく引かないあたり、とても精神が強いのだろう。

 それは見事な事だとホノカは思いながら、聞き返す。


「ええと、出来ればもう少し具体的にお話をしていただけると……」


「ああ、隊長。私達が代わりに説明するわ」


 双子が困っているとイチコとスギノが代わりに応えてくれた。

 彼女の名前は五十嵐イチコ。月花隊に所属する隊員で、ふんわりとした長い薄茶の髪が綺麗な女性だ。歳は二十四。月花隊の中では一番上で、隊のお姉さん、といった立ち位置だ。

 柔らかい笑顔と、どこか包容力を感じさせる振る舞いに、ホノカはシノブと似た雰囲気を感じていた。

 そんなイチコは困った顔で、


「私達は白椿館で引き続き調査をしていたの。その流れで、ユリカちゃんが間内キヨコさんのお客さんについて、聞いていたのだけど……」


「あちらも守秘義務があるそうで、なかなか教えては貰えなくてな。まぁ、商売柄仕方がないだろう。そこでユリカが金を積んで聞き出そうとして……」


 その言葉をスギノが補足した。

 お金と聞いてホノカは目を瞬いた。確かにそういう情報収集の手段はあるが――果たして隊の予算で落ちるだろうか。そうホノカが考えていると、


「それを見て、アカシ君が脅し混じりで聞き出そうとしたの……」


 と続いた。

 ああ~、と双子は揃って声を漏らした。

 お金を積んで、というのもあれだが、脅した方もなかなか問題のあるやり方だ。

 ホノカ達だって状況によっては似た手段を取る事がある。

 だけれど、あくまでただの一般人を脅すのは良くない。

 これは、さすがに後から軍宛てにクレームが入りそうだな、とホノカは思った。

 始末書を書くのは慣れているが、今、評判が地に落ちている日向隊・月花隊にそれが来ると、解体に一歩近づいてしまうので避けたい話ではある。


――――それにしても。


 月花隊が調査に言っていた白椿館に、どうしてアカシとスギノまでいるのだろうか。

 そう思ったのでホノカはスギノ達に聞く事にした。


「そもそもアカシさんとスギノさんはどうして白椿館に?」


「ああ。捜査線上に高畠の名前が出ただろう? その聞き込みをしていたら、奴の友人だと言う男に会ったんだ。そこで白椿館の名前が出てな。それで念のため向かってみたんだが……」


「なるほど、そういう事でしたか」


 スギノの話にホノカは頷く。

 確か、先ほど高畠も友人の付き添いで白椿館に行ったと話していた。もしかしたらその友人にスギノ達は会ったのかもしれない。

 これは後で詳しく聞いておこうと思いながら、ホノカは続きを促す。


「それで結果はどうでいsたか?」


「方向性の違いで喧嘩になって、お店に迷惑だったので、スギノ君が二人を外に連れ出している間に私が聞いたの」


 頬に手を当てて、イチコは小さく息を吐いた。

 イチコもスギノも少し疲れた顔をしている。どうも白椿館の方は大変だったようだ。


「そうでしたか、ありがとうございますイチコさん」


「うん。助かったよ。スギノさんもありがとね」


 双子がお礼を言うと、イチコとスギノは少し驚いた表情になった。

 しかしそんな会話をしている間でも、ユリカとアカシの喧嘩は収まらない。

 よくもまぁ、ここまで罵倒の言葉がポンポン出てくるものだと思うくらい、勢いは増していった。

 見かねてヒノカが、パンパン、と数回手を叩く。


「はいはい、ストップストップ! この件での喧嘩は不毛なのでやめましょう」


「ですが!」


「ですがも何もありません。お店側に何かあって止むを得ない状態なら仕方がないけれど、話を聞く限り完全にこちらの落ち度だ。明日にでも白椿館に謝りに行くから、二人は僕と一緒に来るように」


 有無を言わせずヒノカが言った。アカシとユリカはまだ納得できないという顔をしている。

 しかしヒノカは取り合わない。

 アカシとユリカは縋る様に、今度はホノカの方へ目を向けてきた。


「だけどよぉ……」


「だけどもありません。営業妨害は駄目ですよ」


 そしてホノカにもきっぱりとそう言われ、二人は肩を落とした。

 そんな二人を見て双子は苦笑する。


「ですが何とか調べようとしてくれたのは有難かったです。ありがとうございます」


「うん。そこはね。次からは気を付けてね」


 やり方は問題ではあったが、二人はただ仕事をしようとしてくれただけだ。

 その事に関しては褒めるべきだし、次回から気を付けてくれればよい。

 なので双子がそう言うと、アカシとユリカはポカンとした顔になる。少しして、だんだん顔が赤くなってきて、指で頬をかいた。それから何となく、お互いに顔を見合わせて――まぁ直ぐに慌てて反らしたのだった。

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