第二十二話 白い太刀 下

 帝国守護隊本部になる、浅葱ミロク司令の部屋。

 そこへホノカとヒノカはやって来た。

 部屋にはミロク以外に、彼の補佐官であるシノブの姿もある。


「ミハヤの太刀か。念のため確認するが、間違いはないんだな」


 双子から高畠ソウジの話を聞いたミロクは、その内容に目を鋭くした。


「見た目は父さんに見せて貰った太刀と同じでした。複製品の可能性もなくはないですが……」


 ミロクの言葉に、ホノカは頷く。

 実際に触れて、蒸気装備としての機能を確かめたわけではないので確証はない。

 何せミハヤが隊長をを務めていた当時<怪異因子>から帝都を守るあの二つの隊は、帝都市民の憧れの的だった。

 だからその隊長が持っていた蒸気装備が、鑑賞用の模型として作られた――という可能性はあるにはある。実際に隊員達を模したぬいぐるみ、のようなものは作られていたらしい。

 けれど、もしそうだとしても、条件があまりに揃い過ぎている。


 双子が日向隊・月花隊の隊長として就任した日に起こった<切り裂き男>の用いた手口で行われた猟奇殺人。

 事件現場にいた黒猫が、高畠ソウジに対して反応している事。

 そして御桜ミハヤの蒸気装備と思わしき太刀を所有しており、なおかつ、その部屋のドアがわざとらしく、、、、、、開けられていた事。


 黒鋼丸が高畠邸で逃げ出したのは、ただの偶然だ。

 だから三番目のドアの件は、ただの閉め忘れという可能性も否めない。

 ホノカ達が黒猫を連れてきたのを見て、そうしたかもしれないが、それは考えすぎだろうとホノカも思う。

 けれども一番目と二番目は別だ。


「その太刀を手に入れられりゃ、一発なんだがな。さすがにはっきりとした容疑もなく、令状は出せねぇ」


 <鑑定>に使う蒸気装備の籠手に目をやりながら、ミロクは言う。

 この籠手で解析が出来れば、その太刀の分析が出来る。

 本物か偽物か。もし本物であったなら、当時の情報が分かるかもしれない。


 ミハヤはあの太刀をホノカ達が生まれる前から使っている。

 六年前に亡くなるまで、少なくとも十年以上は手入れし、使い続けている代物だ。

 それだけ長く同じ霊力に触れていれば、作られた<怪異因子>と違って、その痕跡は他人が消すのはとても難しくなる。


 ミハヤが最後に太刀を使ったのは六年前なので、分析で分かる痕跡は歯抜けにはなるだろう。

 けれどそれでも、あの太刀が本当にミハヤの物でであったなら、本物の切り裂き男を捕まえるきっかけになる。

 ホノカは少し考えて、


「……あの部屋に入って、太刀を見たのは事実です。なので、もう一度見たいと高畠社長に頼んでみるのはどうでしょうか?」


 と言った。下手に嘘を吐くより、真実を混ぜた方が通りやすいのではないか。

 そう言うホノカにミロクは「ふむ」と呟く。


「つまり真正面から行くって事か?」


「はい。幸い、高畠社長からは、何かあったらいつでもどうぞ、と言われているので。あちらの予定次第で、直ぐには無理かもしれませんが」


 ホノカはそう答える。

 まぁ正直なところ、妙に距離を詰めて来る高畠と会うのは、出来ればホノカも遠慮したい。何と言うか、あの馴れ馴れしさと距離感が嫌なのだ。

 だがそれはそれ、これはこれだ。仕事に私情はなるべく挟みたくない。

 ホノカの個人的な心情的には嫌ではあるが、太刀を見る方法としては、これが一番確実だろうと思う。


 そうして高畠邸のあの部屋の中に入る事が出来たら、あとは太刀に触れれば良いだけだ。

 ミハヤが使っていた蒸気装備は、他のものと違って一点ものだ。もしあれが本物の蒸気装備あれば、霊力をこめて見れば分かる。

 そしてミハヤの物であれば当然、帝国守護隊の装備として登録している物にもなる。紛失して六年経った今も、登録自体は解除されていない。

 この国の法律と照らし合わせても、帝国守護隊で返還するよう、令状を出す事は可能だ。


「ただ、もし本物の切り裂き男だったと仮定すると、ウツギさんか誰かに同行はしていただきたいですね。室内での近接戦闘は、あまり得意ではないので」


「あ~、まぁ、そこは大事だけど。っていうか、それよりも、うーん……」


 ホノカがそう言うと、ヒノカが難しい顔で左手を顎にあてた。

 それから少し考えた後、


「……ねぇホノカ。ちょっと気になったんだけどさ、高畠社長に何か変な事されなかったよね?」


「変な事ですか?」


「そう」


「……言葉にするのも少々嫌ですが、手に接吻をされたり、髪を触られたりしましたよ」


 ホノカが思い出してちょっと嫌そうに答えると、ヒノカはとても良い笑顔になった。そして腰に下げた太刀の柄に手を当てる。


「ごめんミロクさん。ちょっと高畠ソウジの首、取ってきていいかな」


「良いわけあるか、証拠を揃えてからにしろ!」


 物騒なことを言い出したヒノカに、ミロクが頭を抱えた。

 シノブがふふ、と苦笑する。


「ヒノカ君は昔から変わりませんね」


「本当だよ……。お前はホノカの事になるとすぐそれだ。四万十の奴が、お前がいるとホノカを食事に誘えないって嘆いていたぞ」


「ハハハ。僕の目が黒い内は、四万十隊長がホノカと食事するなんてありえないね! 意地でもその場に居座るよ、僕は!」


「このシスコン……」


 はっきりとそう言ったヒノカに、ミロクは肩をすくめた。

 ちなみに四万十と言うのは、双子と同じ階級で、別の隊を指揮する隊長の事だ。

 基本的に煙たがられる双子の事を、珍しくよく気にかけてくれる陽気で気さくな軍人である。ヒノカもこんな事は言っているが、四万十には気を許している事をホノカは知っている。ヒノカが軽口を叩ける相手は貴重なのだ。


 さて、それはさておきだ。問題は高畠ソウジの事である。

 ミロクは空気を変えるように、机の上で手を組みなおした。


「首を取るかどうかはともかくとして。高畠ソウジが本当に切り裂き男だったら、俺としてもホノカを向かわせるのは避けたい。お前さん、自分でも言っていたが、近接戦闘は苦手だろう? 万が一、屋内で戦いにでもなった場合、ヒノカの方が有利だ」


「ですが、それでは中に入れてくれるかどうか分かりませんよ」


 太刀の話題を出すにせよ、他の人間が言っても効果がない気がする。

 実際に見た人間と、人伝に聞いてやってきた人間では、反応が変わって来るだろう。

 そうホノカが言うと、双子の弟は自信満々に、


「大丈夫大丈夫。そこはさ、僕がホノカになればいいんだよ」


 なんて言った。

 何の話だろうかとホノカが軽く首を傾げる。

 ホノカになれば良いとはこれ如何に。少し考えて、ホノカは「ああ」と思い至った。


「もしかして、ヒノカが私の変装をするんですか?」


「そうそう。同じ顔だし、背格好もまだ誤魔化せる範囲でしょ。髪もカツラを被ったら何とかなると思うし」


「見た目はそれで良いとしても、中身に関しては」


「アハ、生まれた時から一緒にいるでしょ」


 ヒノカがにんまり笑って胸を叩いた。

 確かに体つきはだんだん変わってきているが、よく知らない相手からすればまだ誤魔化せる範囲だ。

 さらに言えばヒノカは声真似が得意だ。双子の姉を真似するくらい造作の無い事だろう。


 しかし変装するなんて言い出すとは思わなかった。

 これにはミロクやシノブもぎょっとしていた。けれども反対しなかったあたり、そちらの方が安心だと考えたのだろう。


 実際の話、ホノカは近接戦闘が不得手だ。

 使用している蒸気装備が長銃である事も理由の一つだが、他にもある。単純に筋肉とか、体格とか、そういう類の話になる。

 ホノカだって帝国守護隊の軍人だ。鍛えてはいるし、格闘の訓練は受けている。

 だから出来なくはないし、一般人を相手にすればそこそこ戦えるだろう。

 けれど実戦で『出来なくはない』はある意味で、出来ないと同じ意味を持つ。

 しかも今回の相手は切り裂き男と推定される人物だ。ナイフを用いた戦い方を得意とする殺人犯だ。近接戦闘は相手に分がある。

 成功率が高い方を選ぶのは当然だろう。


 ……ただ、守られている、という事も同時に実感するのだけれど。


 昔の事を思い出し、胸に少し苦い気持ちが広がる。

 ただ、ここでホノカが幾ら意地を張っても、三人は反対したままだろう。

 なのでホノカは折れた。


「……分かりました。ですが、それならば、日向隊の隊員も連れて行ってくださいね。その方が自然ですし、近接戦闘であれば彼らも得意ですから」


「うん、分かってるよ」


「それとヒノカ。少しでも危険だと判断したら、すぐに脱出してください。」


「分かってる分かってる。ホノカは心配性だよねぇ」


「それはヒノカもでしょう」


 ホノカがそう言うと、ヒノカは「そりゃそうだ」と笑った。

 そんなやり取りをしていれば、ミロクとシノブもほっとした表情を浮かべている。


「そんじゃ、その方向で作戦立てるか。シノブ、メモを取ってまとめてくれ」


「承知しました」


「それから……ああ、そうだ。なぁお前ら、聞いておきてぇんだが、隊の連中に切り裂き男とお前らが、過去に接触した事があるってのは話しているのか?」


 作戦内容を詰めようとした時、ミロクが思い出したようにそう言った。

 そう言えばと双子は目を瞬く。

 ミハヤの子供であるとは話したが、切り裂き男と接触した事があるという事は話していなかった。ウツギに関しては、霊力爆発事故の話を知っていたので、知っているとは思うが。

 彼が周囲に話をしていなければ、たぶん、他の隊員達は知らないだろう。


 ホノカは霊力爆発事故の件も、切り裂き男と接触した件についても、別に黙っているつもりはなかった。ただ、自分から言うのは少しだけ――少しだけ言い辛くて、今の段階で敢えて話そうという考えは頭になかったのだ。

 なのでホノカは首を横に振る。


「いえ、特には。聞かれていませんし」


「……そうか。当時の資料を調べれば分かるだろうが、まぁ、その辺りの判断は任せるよ。ただ、状況によっては、俺から連中に話す事になるかもしれない。そこは理解


 ミロクの言葉に双子は「はい」と揃って頷いた。


(ああ、でも。接触したという言葉では生ぬるいか)


 その後で、ホノカはそんな事を思った。

 実際には、切り裂き男とは接触したのではなく、攫われたと表現する方が正しい。


 あの日、双子は切り裂き男に攫われて――そのせいでミハヤは命を落とす事になったのだから。

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