第二十一話 白い太刀 上
ホノカ達が桜花寮へ戻って来ると、ヒノカもちょうど外回りから帰って来ていた。
ヒノカはホノカ達を見ると、手を振って、
「おかえり~ホノカ、ウツギさん」
と明るく迎え入れてくれる。
だが、すぐにホノカの顔色に気が付いて、怪訝そうな顔になった。
「……ホノカ、大丈夫? 何かあった? 顔色が悪いよ」
「ええ、少し。ヒノカこそ、今、時間は大丈夫ですか? 出来ればミロクさんにも相談したい事が」
ホノカが早口でそう言うと、ヒノカは軽く目を見張った後、
「――――分かった。僕は問題ないよ」
と答えた。司令であるミロクの名前が出たとたんに、ヒノカの表情も真面目なものに変わる。
ホノカはヒノカに頷いて返すと、ウツギを振り返った。
「すみませんウツギさん、また少し出てきます。戻ってから色々とお話ししますので、皆さんにもそうお伝えください」
「分かりました。お気をつけて」
「はい。この子の事、お願いします」
ホノカは短くそう返すと、ウツギに黒鋼丸を渡す。
黒猫は特に暴れる様子もなく「にゃあ」と一声鳴いてウツギの腕に収まった。
ホノカは微笑んで黒鋼丸をひと撫ですると、ヒノカと二人、カツカツとブーツの音を響かせながら桜花寮を出て行った。
ウツギはそれを見送りながら、
「とは言ったものの……」
と呟き、腕の中の黒鋼丸に話しかける。
「……ううむ、何か蚊帳の外。なー黒鋼丸ー?」
そう、何となく、蚊帳の外だ。
ホノカが高畠邸で何かがあった、もしくは何かを見たというのはウツギも理解出来た。しかし、その何かまでは分からない。ホノカは何も言わなかったからだ。
ああ、でも、確か。
「ミハヤさんの太刀がどうのって言ってたな……」
どうしてあんな事を聞かれたのだろう。
ウツギがそう考えていると、
「そんなところで何しているんですか、ウツギさん?」
と背後から声をかけられた。
ウツギの方がびくっと跳ねる。振り返ると、そこには月花隊のトウノの姿があった。
あれ、足音とか気配とか、まるでなかった気がする。考えて気付かなかっただけだろうか。
そう思いながら、ウツギは彼女の言葉に返す。
「うわ、びっくりした。いたの、トウノさん」
「ええ、少し前から。さっきヒノカ隊長と一緒に戻って来たばかりですよ。それで、あの……隊長達は? お出かけされたように見えましたけれど」
「うん、浅葱司令のところへ行ったよ。何か相談があるんだって。戻ったら話があるみたいだから、月花隊の皆にも伝えておいてくれるかい?」
「分かりました。ですが、そうですか、ミロク司令のところへ……」
ウツギが頼むと、トウノは頷き、それから少し心配そうにそう言った。
おや、とウツギは軽く首を傾げる。彼女の反応から考えると、どうやらヒノカの方でも何かあったようだ。
「トウノさん。そっち
「
「ああ、ちょっとね。高畠貿易の社長さんの家を訪ねてから、ホノカ隊長の様子が変でさ」
「なるほど。こちらも似た感じですね。間内呉服店を出てからヒノカ隊長の様子が少し変なんですうよ」
間内呉服店と言うと、被害者である間内キヨコの実家だ。昨日、月花隊が聞き込みに行っていた場所である。
月花隊から聞いた話では、間内呉服店側は「家出をした娘の事など、こちらに一切関係がない」との一点張りで、けんもほろろに追い返されてしまったらしい。
しかし調査のためにはそういうわけにはいかない。なので日を改めてもう一度聞きに行こうという事になって、本日向かっていたはずだ。
「何か進展があった?」
「はい。間内さん達には追い返されてしまいましたけれど、店を出た後に家政婦さんが追いかけてきてくれて。こっそりキヨコさんの事を教えてくれたんです。……何でも間内さん、娘のキヨコさんに娼婦としての客をなるべく取らせないように、白椿館へお金を握らせていたみたいで」
「へぇそうなのか……。ああ、でも、こちらで聞いた高畠社長の話でも、キヨコさんは話し相手が欲しいだけの客専門って言っていたな」
高畠邸での会話を思い出し、ウツギがそう言うと、トウノは心境な顔で頷く。
「口では何を言っていても、やはり自分の子供ですから、間内さんはキヨコさんの事が大事だったのでしょうね。そうやって裏で手を回して、時々人をやって、彼女の様子も調べさせていたみたいで」
トウノはそう話してくれる。
間内呉服店は厳格な家だと聞いた。
だから家出して、しかも娼館に身を寄せた娘に、面と向かって支援をするの憚られたのだろう。
不器用なやり方だと思うウツギは思う。
キヨコの父は彼女を愛していて、そしてとても心配していた。けれどもそれを表に出せずにいたのだろう。こじれたら、こじれたまま続くようなやり方で、被害者の家族は繋がっていた。
他人がとやかく言える事ではないが、何とも難しい話である。
「そうか……。でもそれでヒノカ隊長がおかしいってのは?」
「あ、ええ。キヨコさん、どうも男に言い寄られていたみたいで。その事で困っていたらしいんです」
「男? お客さん?」
「ええ。話に聞いた特徴的には。高畠社長っぽいんですけど……。その人がキヨコさんに『穢れる前に、私が導いてあげる』なんて言っていたとお店の人が教えてくれて。その話を聞いてから、ヒノカ隊長の様子が変なんですよ」
「うわ、それは普通に気持ちが悪いな……。あの人、そんな感じなの?」
「ええ、本当ですよ。あんなに紳士的な雰囲気で新聞に載っているのに」
率直な感想をウツギが言うと、トウノも同意した。
しかし、だ。
確かに高畠らしき男の言動は気持ちが悪いけれど、どうしてヒノカはその発言に動揺したのだろうか。
ウツギは如何せん、双子の事をまだよく知らない。だから推測が難しい。
うーん、と考えているとトウノから、
「そちらは?」
とホノカの事を聞かれた。
「ああ。実はさ、黒鋼丸が高畠社長を威嚇して、手をひっかいてね。それで逃げ出してしまったものだから、社長の屋敷を探させて貰ったんだけど……。その後から様子が変なんだ」
「まあ、黒鋼丸が手を?」
トウノは目を瞬いて黒鋼丸を見た。
黒猫はトウノを見上げて「にゃ?」と可愛らしく首を傾げる。
双子の隊長と共にここへやって来たばかりこの猫だが、短い時間であっても、桜花寮の中では大人しく、また人懐っこかった。
だから高畠に危害を加えたと聞いて、トウノは意外そうだった。
「その時に、高畠社長が趣味で集めたらしい雑貨の部屋に入ったんだけど。その後から、どうもね」
「なるほど……そこで何か見つけたのでしょうか?」
「かもしれない。で、そこでまた、黒鋼丸が高畠社長を威嚇した」
ウツギはそう話し黒鋼丸を撫でた。黒猫は満更でもなさそうな顔で撫でられている。
トウノはじっと黒鋼丸を見つめた後、
「……この子、事件現場にいたんですよね?」
と聞いた。
「ああ。どうもあの社長、怪しいね」
「ええ。……調べてみましょうか」
「そうだね。隊長たちが戻ってくるまでまだ時間がかかるだろうし。あ、そうだ。白椿館への調査は?」
「今、イチコさんとユリカさんが行っています。あとで情報を共有しましょう」
「分かった」
頷いて、ウツギがやる事を頭の中でメモしていると、トウノが小さく笑った。
「……それにしても、こんなに和やかに話が出来るとは思いませんでした」
「ああ、俺も。……何か、あの二人に毒気を抜かれるっていうか」
「分かります。最初は、若い方がここに耐えられるか心配でしたけれど、良い隊長が来て下さいました」
そう言ってトウノは桜花寮を見上げる。
「――――あなた達は最低だ。そうはっきり言われた時に、ようやく、目が覚めた思いでした」
「そうだね。……俺達は最低だ」
ミハヤ以外の隊長は嫌だと、ずっと拒んできた。亡くなった人間は二度と戻っては来ないのに。
それをミハヤの子供達の言葉で気づかされた。
「……あの子達に、酷い事を言わせた」
「はい。お二人に言わせてはいけない言葉でした。……六年。あの人がいなくなって六年です。感傷に浸る時間は、もうとっくに、終わらせなければならなかった」
そう言って、トウノはぐっと拳を握る。
そしてウツギを見上げ、
「やりましょう、ウツギさん!」
「ああ、やろう!」
その拳を前に突き出したトウノに、ウツギも同じように返す。
軽く拳同士を当てると、二人は高畠について調べるために、資料室に向かって歩き出した。
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