第十九話 高畠邸 上


 翌日。

 ホノカとウツギ、それから黒鋼丸の二人と一匹は、とあ屋敷を訪れていた。

 屋敷の表札には『高畠』と書かれている。

 ここは高畠貿易という輸入雑貨を取り扱う会社の社長である、高畠ソウジの邸宅だ。

 一人暮らしにしてはずいぶん大きいなと思いながら、ホノカは建物を見上げていた。


 日向隊と月花隊の調査で得られた情報によると、間内キヨコの交友関係の中に、高畠ソウジの名前があったらしい。

 まぁ、交友関係と言っても、客と店員のそれだが。高畠は白椿館に足繁く通っていたそうだ。

 そんな話を聞いた時アカシが、


「あの、めちゃくちゃ高ぇところに何度もねぇ。やっぱ、金持ちは違うなぁ」


 などと言って、ヒビキから、


「は、は、破廉恥ですよ!?」


 と顔を真っ赤にして怒られていた。

 もちろん月花隊の隊員達から向けられた視線も、冷ややかなものであったのは言うまでもない。


 まぁ、それはともかくとして。

 そんな情報に合わせて、黒鋼丸が高畠に反応を示した、という事もあり、ホノカは気になった。

 なのでホノカは高畠ソウジに話を聞きに行く事を提案したのだ。黒鋼丸の反応も見たかったので、この子も一緒にだ。

 そうして高畠へ連絡をしてみると、驚くほどにあっさりとアポイントは取れた。

 というわけで二人と一匹は高畠の屋敷を訪れた、というわけである。


 屋敷に到着して呼び鈴を鳴らすと、お手伝いさんがやって来て、にこにこと笑顔で直ぐに応接間へと案内された。

 効果そうな調度品が並ぶその部屋で、すでに高畠は待っていて、ホノカ達を見てにこりと微笑む。


「ようこそ、日向隊の御二方。初めまして、高畠ソウジと申します」


「初めまして、御桜ホノカと申します。こちらは隊員の嵐山ウツギです。この度は急な訪問にも関わらず、受け入れてくださって感謝しています」


「いえいえ、お気になさらず。こうして可愛らしくも立派な隊長さんにお会いできるなんて、とても光栄な事ですから」


 そう言って高畠はにこりと微笑み、黒猫を抱くホノカの空いた方の手を取って、その甲に軽く口づけた。

 ウツギが「き、キザ……」と呟いた声が聞こえた。ちらりと顔を見れば、うわぁ、と引き気味の顔をしていた。

 その心境はホノカも同じである。高畠の手が離れると、見えないようにこっそりと、背中の方で手を拭いた。


 輸入雑貨の会社という事で、外国と関わる事の多い高畠が、挨拶としてそう、、するのは、そちらの癖か何かという事は理解できる。

 けれどそういう文化のないホノカにとっては、初対面の相手にこういう事をされるのはさすがに嫌だった。

 にこにこ笑顔を浮かべながら少し距離を取りつつ、促されるままにホノカとウツギはソファーに腰を下ろす。

 その向かい側に高畠が座ると、先ほど案内してくれたお手伝いさんが、紅茶を出してくれた。良い香りがする。この香りはダージリンだろうか。


「それで、今日はキヨコさんの件でしたね。……彼女が切り裂き男に殺されたと聞いて、とても驚きました」


 高畠は胸を押さえて、悲痛な表情を浮かべた。

 ホノカははそんな彼の様子を注意深く見ながら、


「はい。お電話でお伝えした通り、彼女の交友関係を当たって、犯人の手がかりがないか調査しています。その関係で、高畠さんにもお話をお伺いしたいのです」


 と聞いた。高畠は神妙な顔で頷く。


「ええ、構いませんよ。……彼女とは白椿館で出会いましてね。ああ、と言っても、私はただの付き合いで。彼女に出会ったのは、本当にただの偶然だったんですよ」


「ご友人の付き合いでで、すか?」


「はい。友人から、一人で行くのは勇気がいるから一緒に行ってくれないか、と頼まれまして」


 困った奴です、と高畠は肩をすくめる。


「私はそういう事には興味がありませんでしたが、友人の頼みを断るのも忍びなくて。ただ、彼が出て来るまで近くで、時間を潰すのも難しそうで」


「ああ、遅い時間になりますもんね。居酒屋くらいしか開いていなさそうだ」


「ええ、そうなのです。私、あまり居酒屋は得意ではなくて……。なので白椿館の主人に、申し訳ないけれど話し相手だけをして欲しいと伝えたところ、彼女を紹介されたんです。たまに私のような要望をする客が来るみたいなんですが、彼女はそれ専門だったそうで」


「なるほど、そういう方もいらっしゃるのですねぇ」


「ええ。キヨコさんはとても聡明で、プライベート以外にも仕事や政治の話も出来る女性だったのです。彼女と話をしていると、あっと言う間に時間が過ぎてしまいました」


 紅茶に視線を落とし、思い出すように高畠は語る。

 高畠の話から考えると、間内キヨコは賢い女性だったようだ。

 彼女は間内呉服店の一人娘との事だが、あの家は厳しい事で有名だ。そういう事情もあって、彼女もしっかりと教育を受けていたのだろう。


「友人の付き添いできただけだったはずが、私の方が気に入ってしまって。何度も通っては話を聞いて貰っていました。それが……こんな事になってしまうなんて……」


 高畠がぐっと目を瞑り、膝の上に乗せた拳を強く握った。

 そして小さく、


「私は……彼女を助けてあげたかった」


 と呟く。高畠の言葉からは後悔の念が伺える。

 そのまま少しの間、沈黙が続いた後、彼は顔を上げた。


「……すみません、少し感情的になってしまいました」


「いえ」


 ホノカは首を横に振りながら、高畠と被害者の関係について頭の中で整理する。

 片方だけの証言では判断するに足りないが、今の会話からは高畠が被害者に対し、好意を抱いていたように感じられた。

 考えながら、ちらりと膝の上の黒鋼丸を見る。黒猫はホノカを見上げ、にゃあん、と鳴く。

 その声に高畠は思い出したように、


「……そう言えば、先ほどから気になっていたのですが、そちらの猫ちゃんは?」


 と言った。


「少しの間、私が預かっている猫なんです。一緒に仕事をしているのですよ」


「へぇ、可愛らしい猫ちゃん隊員ですね。……ああ、そうだ。猫ちゃんに、ちょう良いおやつがありますよ」


 高畠はそう言って立ち上がる。

 そして部屋の棚から、小さい袋を取り出してきた。パッケージには魚の絵が印刷されている。


「それは?」


「にぼしです。私の仕事のおやつでもあります」


 にこりと笑って、高畠は袋からにぼしを取り出した。

 そして手のひらににぼしを乗せて、黒鋼丸に近づける。


――――その時だ。


 とたんに黒鋼丸が「シャア!」と威嚇し、その手をひっかく。

 そしてそのままホノカの膝の上から飛び降り、部屋を走り回り。


「あっ黒鋼丸!」


 ホノカが名前を呼ぶが、黒鋼丸は興奮した様子だ。

 そして、騒ぎを聞いて心配したらしきお手伝いさんが部屋へ入っきた隙に、廊下へと飛び出してしまった。

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