第十八話 事件現場にて 下


 帝都港に通じる路地。間内キヨコが殺害された現場には、今日も軍人の姿がある。

 その中には、昨日やり取りをした阿良々木の姿もあった。

 蒸気自動車を停めて降りると、ホノカに気づいて駆け寄って来てくれた。


「ホノカ隊長、お疲れ様です!」


「はい、阿良々木さんもお疲れ様です」


 そう挨拶を返していると、阿良々木は日向隊の隊員達に気づいたようで、少しぎょっとした顔をしていた。

 小さく「日向隊……」と呟く声のトーンから、あまり良い印象を持っていない事が伺える。

 ホノカに対する態度とは真逆に、阿良々木は警戒するようにウツギ達を見ていた。


 ああこれは、注意を反らした方が良さそうだ。

 そう考えたホノカは阿良々木に「何か進展はありましたか?」と聞いた。

 彼はハッとした表情でホノカへ顔を向けると、


「はい。被害者が殺害された時刻が分かりました。昨日の午前二時前後、との鑑識結果です」


 と教えてくれた。

 午前二時前後ならば、日が出ていない暗い時間帯だ。その時間なら、外を歩いている人間もほとんどいないだろう。

 目撃者がいなかったのも頷ける。問題は何故その時間に被害者が外にいたかだ。


 彼女が働いていた白椿館のような娼館は、遅くとも午前一時までが営業時間と、国から定められている。 

 午前二時ならば、仕事を終えて帰路についている頃だろう。

 だからこそ妙なのだ。

 事件現場であるこの路地の周辺にあるのは、大体が倉庫か工場だ。アパートなどの住居はこの辺りにはない。それらは港とは逆の方角になるのだ。

 そもそも働き先の白椿館もこの辺りにはない。


「間内キヨコさんの現住所は分かりますか?」


「はい。浅月橋近くの、みやこ荘というアパートです」 


 ふむ、とホノカは呟く。浅月橋は、やはり港とは反対側の地名である。白椿館もそこだ。

 やはりその道を外れて、こんな場所まで来ているのは不自然である。

 しかも黒猫を連れて。

 ホノカは腕の中の黒鋼丸に目をやる。黒猫はここへ来てから、きょろきょろと辺りを見回しており、少し落ち着きのない様子が感じられた。


「なるほど、ありがとうございます。助かりました。また何か分かったら教えて下さい」

「はい! もちろんです!」


 阿良々木は笑顔で敬礼をすると、再び仕事へと戻って行った。

 彼の後ろ姿を見送っていると、


「あいつ、めちゃくちゃ睨んで来やがったな」


「睨んでいたんじゃなくて、軽蔑の目でしたよ、あれは」


 アカシとヒビキは半眼になって言った。

 真面目そうな阿良々木からすれば、評判の悪い日向隊に対して思う所があったのだろう。

 彼の態度を不満に思う前に、自分達の態度を顧みて欲しいものである。


 さて、それはともかくとして。ひとまず情報が一つ手に入った。

 間内キヨコが殺害された時間は午前二時前後。そして殺害現場は、白椿館からも、彼女の家からも離れたこの路地。

 何故彼女がここへ来たのか、まずはそこを調べた方が良いだろう。


「では、聞き込み調査を始めましょうか。まずはこの周辺。霊力測定器を使って、濃度を測りつつ進めて下さい」


 ちなみに霊力測定器というのは、その名前の通り、周囲に残留している霊力を測る道具だ。

 形状は幾つかあり、ホノカ達が使うのは一番小型のものだ。測定できる範囲は狭いが精度は良い。

 手のひらにおさまるくらいで、見た目は縦長の小型ラジオみたいな形をしている。その上半分の画面に周囲の霊力を数値化したものが表示される仕様である。

 

 そんな霊力測定器を手に、ホノカの指示で隊員達はそれぞれ動き出した。

 隊員の中でウツギだけはホノカの傍に留まっている。

 おや、と思っていると「黒鋼丸を抱いているので咄嗟の時に困るでしょう」と言った。どうやらついて来てくれるらしい。

 一人でも構わなかったが、せっかくの厚意だ。有難く受け取っておこうと、ホノカは「よろしくお願いします」と返した。


「やっぱりこの辺りは、普段よりも霊力濃度が少し高くなっていますね」


 測定器を見ながらウツギは言う。

 <怪異因子>が発生した際や、その兆候がある場合に、空気中の霊力濃度が上昇する。

 被害者の状態や、帝都駅の<怪異因子>の件がなければ、後者の可能性が高かっただろう。


「もし犯人が本物の切り裂き男だったとしてたら。そいつは<怪異因子>を作り出せるかもしれないって事ですよね」


「そうですね。厄介な話ですが……おや?」


 ウツギと話しながら、港の方へ向かって歩き出すと。

 不意に腕の中の黒鋼丸が顔を上げ、ある一点を見つめた。

 あちらに何かあるのだろうかとホノカが顔を向けると、波止場に男が一人立っているのが見える。

 やや癖のある黒髪の、長身痩躯の男性だ。歳は二十代後半くらいだろうか。

 その男を黒鋼丸は見つめていた。


「どうしました?」


「いえ、黒鋼丸があの人を見ていまして」


「え?」


 ウツギは少し目を見張って、男を見る。

 それから少し考えた後「ああ」と軽く頷いた。


「たぶん、高畠貿易の社長じゃないですかね。前に新聞に載っていましたよ」


「高畠貿易と言うと、輸入雑貨の会社でしたっけ」


「そうですそうです」


「ずいぶんお若いんですねぇ」


「ええ。若いけれどやり手らしいですよ。名前は確か……高畠ソウジでしたっけねぇ」


「なるほど……」


 腕の中の黒鋼丸を撫でながらホノカは呟く。

 重要参考猫たるこの黒猫は、じっと男を見つめたままだ。


「話を聞きに行く価値がありそうですね」


 少しだけ目を鋭して、ホノカは言った。

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