第十七話 事件現場にて 上
ミーティングを終えた後、ホノカはいったん部屋に戻った。準備を整えるためと、事件現場にいた黒猫を連れていくためである。
間内キヨコが殺害された事件の調査である。この重要参考猫も一緒にいた方が良い気がしたのだ。
「一緒に来てくれますか?」
なんてホノカが聞けば、黒猫は「にゃあ」と鳴いて、自分から近づいて来てくれた。賢い子だ。
ホノカは頭をひと撫でしてから、よいしょ、と抱き上げる。すると黒猫は、ほのかの腕の中でごろごろと喉を鳴らした。
かあいらしい、とホノカは微笑むと、部屋を出る。
そのまま玄関へ行くと、軍服に着替えたウツギ達が待っていてくれた。
そんな彼らだが、ホノカの腕の中にいる黒猫を見て目を丸くする。
「ホノカ隊長、猫を連れてきたんですか?」
「ええ、この子が第一発見者ですから。一緒に頑張りましょうね、黒鋼丸」
「何と言うゴツイ名前を」
「お名前が分かるまで、猫、と呼び続けているのもなと思いまして。それに名は体を表すを行きたいですから。ね、黒鋼丸」
ホノカがそう呼び掛けると、黒鋼丸は「にゃあん」と可愛らしい声で返事をした。どうやら気に入ったらしい。
日向隊の隊員達は「黒鋼丸……」と呟き、微妙そうな目を向けている。唯一スギノだけは「悪くない」なんて頷いていたが。
ちなみにホノカは名前をつけるセンスはあまりない。ホノカ自身は自覚していないが、双子の弟であるヒノカ曰く「独特」なのだそうだ。
ヒノカが聞いていたら「今回はマシな方だよ」と教えてくれたことだろう。
そんな話をしながら外へ出ると、桜花寮の外には一台の蒸気自動車が停まっていた。鶴と桜の模様が描かれているところから、帝国守護隊のものである事が伺える。
ちなみにこの蒸気自動車は、蒸気装備の応用により作られたものだ。これも霊力で動くもので、内部に蒸気装備と同様に、霊力を水に変換する試験管が組み込まれている。
蒸気装備よりも霊力を消費するので、事前に準備しておかないと動かすのが大変なんだよと、蒸気装備好きなヒノカが言っていたのを思い出した。
しかし意外なものがあると、ホノカは目を瞬く。
「こちらは?」
「日向隊で使用しているものです。月花隊にも一台、配備されていますよ。帝都港まで遠いんで、出してきました」
普段は整備するくらいですね、とウツギが答えてくれた。
隊に一台ずつとは、ずいぶん融通してくれたものだ。それだけ期待が大きかったのだろう。
まぁその期待も、今は地面すれすれまで低下しているのだが。
なるほど、とホノカは顎に指をあてる。
「つまり宝の持ち腐れという奴ですかね」
「ヒノカ隊長と同じ事を言ってらっしゃる……」
「あら、やっぱり」
ホノカはそう言って、ふふ、と笑う。どうやら蒸気自動車を見たヒノカも同じ意見を抱いたようだ。
どう考えても今現在の評判の悪さと、やる気がないと評価される彼らには、過分な代物である。
とは言え、
「悪目立ちしそうですが、一度乗ってみたかったので嬉しいです」
「それもヒノカ隊長が言っていましたよ」
「でしょうね。ヒノカはこういうの大好きですから」
ヒノカの双子の弟は、蒸気装備が大好きだ。蒸気装備を自作するくらいにはのめり込んでいる。
ちなみに好きが高じて整備の免許も取っていて、ホノカの蒸気装備の整備もヒノカがしてくれている。
……まぁ、整備と言う名の実験という時も、ままあるのだが。
「あ、そうだ。一つお願いが」
「はい、何でしょう?」
「ヒノカが蒸気自動車を弄ってみたい、と言ったら全力で阻止して下さい」
「は?」
ホノカがそう言うと、ウツギは目を瞬いた。
「全力で阻止……とは? 伺ったお話だと、蒸気装備の整備免許を持ってらっしゃるんですよね?」
「あ、聞きましたか。ええ、なので蒸気装備を弄る事は問題ないんですよ。実際に腕は良いですから。でも熱中して、変な機能を付け加えようとしたりするので、下手をすると爆発します」
「爆発」
「はい、爆発です。私の蒸気装備も、預けるとたまに爆発しました」
あれは大変だったと、ホノカは背負った長銃を指さして真顔で話す。
隊員達はしばしポカンとしていたが、ややあってヒビキが恐る恐る「き、規模は……?」と聞いてきた。
ホノカはフッと笑い、空を見上げ、
「一番大きい時で<銀壱星>のふた月分の給料が、綺麗さっぱり吹っ飛ぶくらいには」
と答える。ちなみに帝国守護隊は公務員のくくりなので、給料はそこそこ良い方だ。階級が上がるにつれて、その金額も上がって行く。
<金壱星>から<銅伍星>まで十一階級ある帝国守護隊の中で<銀壱星>は上から数えて四つ目の階級だ。つまりそれなりに高い。
「いや、でもそれは単に、ヒノカ隊長の給料が吹っ飛ぶだけじゃねぇのか?」
「ええ。そこはね、当然です」
物を壊したら、壊した人が責任を取る。それは当たり前の事だ。
なのでホノカもアカシの言葉に頷く。
問題なのはそこではなく、別の場所だ。
「もし爆発させて修理不可なんてなったら、これ幸いにと両隊から蒸気自動車を取り上げられると思いますので。有事の際に使用できないのは困りますから」
「あー……なるほど。そっちねぇ」
前述の通り、今の両隊の評判や様子から考えても、蒸気自動車は過分な代物だ。
やる気のない、問題の大きい隊にそんなものを配備しておくくらいなら、その予算や蒸気自動車は他に回したいと考えるはずだ。
実際にホノカも過分ではあると思った。
しかし何か起こった際に、現場へ急行する必要がある場合、蒸気自動車があるとないとではだいぶ違ってくる。
なので。
「そういうわけで、出来れば取り上げられるのは避けたいので、よろしくお願いします」
そうホノカが言うと、隊員達は頷いてくれた。
これで一安心である。
話を終えると、ホノカ達は蒸気自動車に乗り込んで、事件現場へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます