第十六話 朝食 下
「……ありえない。ありえない光景ですわ……あ、お味噌汁美味しい」
「朝からお前らと顔つき合わせて食事とはなぁ……」
「あら、アカシさん。気に入らないなら、あなたが他所へ行ってくれて良いんですのよ?」
「ああん? そうは言ってねぇだろうが」
「ハイハイ、食事中なんだから喧嘩しないでね」
ユリカとアカシが口喧嘩をはじめそうになったので、ヒノカはやんわりそれを止めた。
彼らの会話を聞いて、ホノカは首を傾げる。
「おや、一緒に食事をされてはいないのですか?」
「いやあ、料理はするんですが、食事はその……時間をずらしたりとかあって……」
するとウツギがそう教えてくれた。
ずいぶんと変な風にこじれているようだな、とホノカは思う。
「それなのに、どうして一緒に料理はするので?」
「ミハヤさんの教えなんですよ。食事も料理も、命をいただく行為だ。共に戦う仲間だからこそ、一緒にやる事に意味があるんだよって。……まぁ、食事だけはアレなんですけどね」
ハハハ、とウツギは困ったように笑った。
そこまで一緒に作ったならば、そのまま食事に入れば良いのにと思ったが、最低限の譲歩がそこだったらしい。なかなか難しいものである。
そんな隊員達の様子を見ると、スギノとセツががつがつとなかなかの勢いで食べている事に気が付いた。
スギノこと、佐々木スギノ。日向隊所属の二十四歳の男性。口数はあまり多くなく、表情の変化も薄い。昨日の実戦でも淡々と敵を倒していたのが印象的だった。
もう一人は住良木セツ。月花隊所属の十六歳の少女だ。ホノカはまだ、ほんの少しやり取りしただけだが、利発そうな印象を受けた。
さて、そんな二人だが、スギノは無言で、セツは涙ぐみながら食事をしている。
「うっうっ美味しい……今までで一番美味しいでありますう……」
「いや、今までのだって、別に泣くほど酷かないだろう」
「まぁセツさんは泣き上戸ですからねぇ……」
呆れ顔のアカシに、トウノはそう言って苦笑する。彼女はそのままホノカの方へ顔を向けて、
「でも本当に美味しいです。手際も良かったですし、ホノカ隊長って料理がお上手なんですね!」
「ええ、無駄のない美しい動きでした。スギノさんなんて、まな板を切るくらい不器用なんですよ」
ヒビキも神妙な顔で頷いた。
何だか物騒なことまで言っている。
しかし、まな板を切るとは、それは不器用という言葉には収まらないのではないかとホノカは思った。
ちらりとスギノを見ると、
「料理は、固いものがある時だけ呼んで欲しい」
なんてボソッと言った。そんなに固いものがあったら食べられないとは思うのだが。
そうして話をしていると、ヒノカが笑って、
「ちなにみホノカの得意料理はカレーです。ミロクさんとシノブさんのお墨付き」
と言った。
ヒノカの言う通り、ホノカは料理の中でカレーが一番得意だ。
市販のルーも使うが、時間と余裕があればスパイスで作る事もある。
「ホントかッ!」
そんなヒノカの言葉に反応したのはアカシだ。
いつも仏頂面をしていた彼の顔が、目が、珍しく輝いている。
「アカシさん、カレーがお好きですか?」
「おう、大好物だ! みのり屋って蕎麦屋のカレーが最高でなぁ」
「ああ、蕎麦屋のカレーは良いものですねぇ」
うんうん、とホノカは頷く。
朝食は、そのままカレーの話に突入した。
やれ、どこのカレーが美味しいだの。具材はこういうのが好きだの。
そうして比較的和やかに朝食を終える事が出来た。
そのまま朝食を終え、片づけを終えると。
ホノカ達はお茶を飲みながら、その場で本日の仕事についてのミーティングを始める事にした。
「今日は間内キヨコさんが殺害された事件の調査を行います」
「あれ<怪異因子>が関わっているんですか?」
「確定はしていないけどね。ただ、被害者の殺され方が」
切り裂き男のやり口と良く似ている。
――そう言おうとして、ヒノカは言葉を止めた。続きを言って良いものか迷っているようだ。
ホノカ達はもちろんだが、日向隊・月花隊の者達にとっても、切り裂き男は因縁のある相手のはずだ。
ここで話して、感情的になってしまったら冷静な判断が出来なくなるのではないじか。たぶん、ヒノカはそう考えているのだろうとホノカは推測する。
ここはフォローをした方がよいなとホノカが口を開きかけた時、
「――――港に通じる路地に、切り裂き男が出たんだってよ」
アカシが静かにそう言った。
そして彼は探るような目をホノカ達に向けて来る。
「なぁ、隊長さんよ。この話と事件は、やっぱり関係があるのか?」
「あくまで可能性は」
ホノカはそれに答えると、ヒノカを見た。ヒノカは何を言わんとしているか分かったらしく、頷き返してくれる。
「……実は先日、逮捕されていた切り裂き男が、死亡をしたとの知らせがありました」
「え?」
「しかもただの死に方じゃない。突然、頭が吹き飛んだそうだよ」
二人の言葉に、隊員達がぎょっと目を剥く。
「頭って……」
「そいつは、また……」
動揺する隊員達へ、双子は話を続ける。
「切り裂き男はずっと、何かに怯えていたらしい」
「そして、帝都駅で起きた<怪異因子>の残した媒介は、切り裂き男が使用していた大振りなナイフと同じでした」
「……だから可能性がある、と言う事ですか」
「そうです」
ホノカが頷くと、隊員達の雰囲気がスッと変わった。
どこかやる気にかける様子ではなく、目的を見つけたような、そんな顔だ。
理由はともかく、やる気を出してくれたなら良い。
では、と双子は話を続ける。
「月花隊には被害者の実家である間内呉服店や、彼女の交友関係の調査をお願いします」
「日向隊には事件現場周辺の聞き込みと、霊力濃度を測りつつ見回りを行います。<怪異因子>と遭遇した場合は対処をお願いします」
そう指示を出すと、今度はちゃんと「はい」と返事が返って来た。
◇ ◇ ◇
ミーティングを終えると、それぞれ準備に動き始める。
そんな中、ヒノカがウツギを呼び止めた。
「あ、ウツギさん、ちょっと良い?」
「はい、何です?」
声をかけられたウツギは立ち止まり、振り返る。
そんな彼のところへヒノカは近づくと、周囲の様子を気にしながら、
「悪いんだけど、今日さ。ホノカの事、気を付けてやっていて欲しいんだ」
と頼んだ。気をつけてやって、とはどういう事だろうか。
ウツギが不思議そうに「ホノカ隊長がどうしたんですか?」と聞き返すと、
「んー……ちょっとねぇ」
ヒノカは誰もいない台所へ目を向けた。
「……料理」
「料理?」
「うん。ホノカが甘い卵焼きを作る時って、大体、何かあった時なんだよ」
え、とウツギは目を丸くする。
ヒノカは心配そうな様子だ。
「まぁ昨日今日で何かあった様子はないから、夢見が悪かったんだと思うけど……」
「夢、ですか」
「昔から、同じ夢でうなされる事があってね」
どんな夢とはヒノカは言わなかった。
だが双子の彼がこう言うのだ。大事な事なのだろうと思い、ウツギは頷く。
「……分かりました。気を付けて見ておきます」
「ありがとう。よろしくお願いします。それじゃあ、そっちも頑張って!」
ウツギの言葉に、ヒノカはぱっと表情を明るくする。
そしてホッとした様子でそう言うと、手を挙げて頼み、食堂を出て行った。
その後ろ姿を見ながら、ウツギはぽつりと、
「夢か……」
と呟いた。
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