第十三話 事件の痕跡 下
「見覚えがあるな。これは――――切り裂き男のナイフか」
そのナイフを見ながら、ミロクは自身の左手に機械仕掛けの籠手をはめた。
これも蒸気装備の一種だ。
組み込まれている<技能効果>は<鑑定>というもので、触った対象を霊力で分析する事が出来る。
武器等の蒸気装備と比べると、構造も使い方も複雑なため、使える人間は限られている代物だ。
一応、ホノカやヒノカもレクチャーは受けているが、まだ完璧には使いこなせない。
ミロクはその籠手で、蜘蛛の意匠のナイフに触れた。
すると、
ブン、
とエンジンが稼働するような音が発生し始め、空中に、半透明なスクリーンが浮かび上がる。ジジ、ノイズが走る辺り、活動写真のそれとよく似ている。
しかし、それだけだ。そこには何の映像も映らない。
「……なるほど。上手く
ミロクは目を細めてそう言った。
<怪異因子>とは、基本的には媒介に霊力が集まって、自然に発生するものだ。
なので事前に何か対策を取ろうとすると<怪異因子>が入り込めないように、蒸気装備で地域を覆う結界を張るか、霊力が集まっている場所がないか見回りするかになる。
いつどこで発生するか予測し辛いのが<怪異因子>の厄介なところである。
そんな<怪異因子>だが、こちらもまったく何も出来ないというわけではない。
<怪異因子>の核となった媒介を、ミロクが使ったような蒸気装備で<鑑定>する事により情報を集め、研究が進められているのだ。
どんな媒介でも必ず痕跡が残る。
しかし、その痕跡が無くなる例外が一つだけある。<怪異因子>が人の手で作られた場合だ。作る過程で意図的に消した場合、痕跡を見つける事ができない。
前述の通り<怪異因子>は、基本的には自然に発生するものだ。
媒介に霊力が溜まることで<怪異因子>と成る。
逆に言えば、霊力さえ溜める事が出来たのなら<怪異因子>は作れる。
そういう仮説のもと、研究が帝国守護隊でも行われていた。しかし何れも成功していない。
だが、自分達が成功していないだけで、誰かは成功していてもおかしくはない。
つまり、このナイフに霊力を籠め<怪異因子>を作り出した何者かがいる、という可能性があるという事だ。
「痕跡が消されている……ですか」
「実は混乱を招くからと、まだ公にはされていませんが、そういう事例は今までにも幾つか怒っているんです」
「これと同じ事が今までにも?」
「ああ。一つはお前らもよく知っている件だ。――――帝都の切り裂き男」
ミロクの言葉に、ホノカとヒノカの目が大きく見開かれた。
切り裂き男。よく知っているも何もない。
もともとホノカ達は、切り裂き男を自分達の手で捕まえるために軍属となったのだ。
軍属ならば一般人が入手し辛い蒸気装備を手に入れられる。そして様々な情報も直ぐに得る事が出来る。
けれど、それでも、下っ端ではなかなか自由が利かない。
だから双子は動きやすいように上へ、上へと駆け上ったのだ。
何故ならば、その猟奇殺人鬼――切り裂き男こそが、二人の父親である御桜ミハヤの命を奪った犯人だからである。
ミロクの言葉にホノカとヒノカの表情が変わる。
その瞳が怒りと憎しみの色に染まる。
「切り裂き男……ッ!」
「間内キヨコの件も、やり口が、奴のそれだったんだろう?」
「……はい。今までの被害者達すべてと同じでした」
「そうか。やっぱり、無関係とは思えねぇなぁ……」
ミロクは静かにそう言うと、籠手を外してテーブルの上に置く。それから腕を組んだ。
眼鏡越しの目が、思考するように細くなる。
「ちなみに逮捕されている方の切り裂き男は、どうしているんです?」
そんなミロクにホノカはそう聞いた。
彼は「ああ」と頷いた後、少し声を潜め、
「これもまだ伏せられているが――先日の尋問中に突然、頭が吹き飛んで死んだ」
と言った。双子がぎょっと目を剥く。
「頭が!?」
「ああ。そいつは拘留中『助けてくれ、やめてくれと』と、ずっと何かに怯えている様子だったらしい」
「…………」
情報を聞きながら、ホノカはぐっと、膝の上で拳を握りしめた。
感情が暴れる。視界が赤くなる。
――――けれど。
俯いて、目を強く瞑り、ホノカは『落ち着け』と自分に言い聞かせる。
そして次に瞼を開いた時、目に映ったのは切り裂き男のナイフだ。
「……捕まっていた切り裂き男は偽物、そして帝都に本物の切り裂き男が
「ああ」
「それならば好都合です」
「そうだね。――――切り裂き男は、必ず僕らの手で摑まえる」
ホノカとヒノカはお互いの顔を見て、力強く頷いた。
そんな二人に、はー、とミロクはため息を吐く。
「好都合か……。切り裂き男が捕まったからってのもあって、お前らを異動させたんだがなぁ……」
「司令……」
シノブが心配そうな眼差しをミロクに向ける。
ミロクは右手を軽く挙げてそれに答えると、そのまま手を膝の上で組んだ。
「こちらもバックアップはするが、十分気をつけろよ。あいつは一度逃がした獲物に執着する性質だ」
「うん、分かっているよ」
「ありがとうございます、ミロクさん」
「…………」
にこりと笑顔を取り繕う双子。
それを見てミロクは一度目を伏せ「さて!」と話を切り替えるように、両手をポンと鳴らした。
「そろそろ遅い時間だな。子供は寝る時間、寝る時間」
「ええ~? ミロクさんてば、そうやってすぐ子ども扱いする~」
「いくつになっても子供は子供さ」
そう言われ、ホノカとヒノカは「はぁい」と返す。
ミロクはそんな二人に微笑んだ。
「おやすみ、ホノカ、ヒノカ」
「おやすみなさーい」
「おやすみなさい、ミロクさん、シノブさん」
「ゆっくり休んで下さいね、お二人とも」
挨拶をすると、ホノカ達は応接間を出た。
◇ ◇ ◇
パタン、と扉が閉まった後。
ミロクは、じっとその扉を見つめていた。
そのまま視線を動かさず、
「シノブ、あいつらを頼むぞ」
と、後ろに立つシノブに言う。
彼女はしっかり頷き、
「はい。……二人を逆の隊に配属させたのは、あの理由だけではないでしょう?」
と聞いた。するとミロクは「ああ」と答え、上着のポケットから煙草を取り出した。
「何だかんだ言ってもな、ミハヤの子供ってのは、隊の連中にとって意味がある事だ。あいつらは、必ずあの二人の指示を聞くようになる。足りない部分を埋める必要があるのは、隊の連中だけじゃねぇ。ホノカとヒノカもだ。だからホノカならヒノカの、ヒノカならホノカの役割を担える隊に配属した」
「二人の足りない部分……ですか」
「そうだ。……あいつら、基本的に二人だけで色々完結させちまうんだよ。ミハヤが死んでからずっとそうだった。……俺にはそれが不安なんだ」
話しながら、ミロクはその小箱から煙草を一本手に取ると、口にくわえ、火を点ける。
「……あいつらはさ、何でも自分達だけでやっちまおうとして、いつか――――何もしてやれねぇところで、死んじまいそうに見えて仕方ねぇんだ」
ミロクは低く、そして長く煙を吐いて、そう言った。
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