第十二話 事件の痕跡 上 

 ミロクとシノブの登場で、何とかほどほどに賑やかになった歓迎会が終わった後。

 ホノカ達はミロクと共に、桜花寮の応接間へとやって来た。

 ミロクから隊の事や間内キヨコの事件、それから<怪異因子>の件で話がしたいと言われたからだ。


 移動する時に、ホノカは自室に寄って、現場にいた黒猫を連れて来ている。重要参考猫だからだ。

 ホノカの腕に収まった黒猫は、とてもご機嫌な様子でごろごろと喉を鳴らし、尻尾を揺らしている。


「ホノカは本当に猫に好かれるよなぁ。才能?」


「犬には嫌われますけどねぇ。相性ですかね」


「僕も猫に好かれたいんだけどなぁ。何でだろ」


「ヒノカ君は犬に好かれますものね。双子だけど、そういう部分が違っていて面白いですよ」


 そんな会話をしながら、それぞれソファーに腰を下ろす。

 ミロクとシノブの真正面に、ホノカとヒノカは座った。 


「さてと、だ。……しっかし、初日から飛ばしたなぁお前ら。いや~なかなか見られねぇような顔してたぞ、あいつら」


 まずはミロクが、からかうような様子でそう言った。

 うっ、と双子が言葉に詰まる。


「……少々、反省中です」


「うん。ちょっと感情的になっちゃってた。本当はもっと上手く話す予定だったんだけど……」


 ホノカとヒノカは揃って肩を落とす。

 一応、ホノカ達も、先ほど彼らに向けて行った言葉自体は、様子を見ながら伝える算段ではあったのだ。空気やタイミングを考慮せず言えば、反発を受ける言葉なのは理解していたからだ。

 もっと言葉を選ぶ予定だったし、そもそもあそこまでバッサリと切り捨てるつもりもなかった。


 だけれど、彼らの言葉を聞いた瞬間、頭の中が沸騰してしまったのだ。

 どうしても我慢ならなかった。

 そして出た言葉が、先ほどのアレである。

 ホノカとヒノカは改めてそれを思い出して、ずーん、と落ち込んでいると、ミロクから優しい眼差しが向けられた。


「ハハハ。まだまだ子供ガキだからな、お前らも。人付き合いってのは積み重ねと経験だ、そうそう完璧にゃあ出来ねぇさ。気にすんな気にすんな」


「そうですよ。大人になっても、どうしようもない人はいるんですから」


「もしかして俺の話か?」


「ご自覚があるようで何よりです。ご自覚がなかったらシメるところでした」


「ほれ見ろ、怒られちまった」


 シノブから呆れた眼差しを向けられたミロクは、そう言って肩をすくめてみせた。

 ちょっとだけ、わざとらしいそれに、双子は思わず小さく笑った。


(ミロクさんのこういうところ、ヒノカと似ているなぁ)


 そしてホノカはそう思った。

 ミロクとシノブのやり取りを聞いていたら、少し元気が出て来た。

 それを見てミロクは軽く頷くと、


「……で、だ。お前らから見た隊の印象はどうだ?」


 と、聞いてきた。ここからが本題のようだ。

 どう、と聞かれ、ホノカ達は少し考える。まず口を開いたのはホノカだ。


「実力はあるんでしょうけれど、他所から来た人間に対して、警戒心が強いですね」


「隊同士の仲も悪いけど、任務的な面だけを切り取れば、お互いの相性はさほど悪くないと思う」


 ヒノカも続いてそう答えた。

 客観的な客観的な印象を述べた二人の言葉を、シノブがさっとメモを取ったのが見える。査定とか、今後の判断材料にでも使うのだろう。


「あと、自分達の役割分担については納得しているけれど、それが周囲に実力差によるものだからと思われている事があまり好きではないようだね」


 ヒノカがそう続ければ、ミロクが片方の眉を上げる。


「というと?」


「基本裏方なので実力を見せる場がない、と考えている節があったよ」


「ああ、なるほど。そちらはそんな感じだったんですね。裏方がしっかりしている事こそが、何よりも大事なんですけどね」


 ヒノカの話を聞いて、ホノカはそう言った。

 こういう仕事は、ただ前に出て敵を倒せば良いというものではない。

 いかに迅速に解決するか、被害を少なくするか、各所とスムーズに連絡を取るかなどなど、補助をする仕事もとても大事なのだ。そこが疎かになっていては、回らないくらいに。

 だから両隊の連携が大事なのだが……現状は悩みの種である。


「そうなんだよねぇ。そこがしっかりしているから安心して戦えるし。ホノカの方はどうだった?」


「隊員各自の能力は高いと思いますが、個人プレーが目立ちますね。連携の穴を突かれたら、総崩れになるでしょう。ただ、それぞれ我が強いですが、仲は悪くなさそうなので、連携して戦う事に意識を向けられれば何とかなるかと。……というか何とかしたいと思っています」


「ああ、なるほど。そういう感じかぁ」


 ホノカが答えれば、ヒノカが軽く頷いた。


 日向隊は個々の戦闘能力は高い。恐らく低級から中級くらいの<怪異因子>であれば、数にもよるが、多くなければ一人でも問題なく対応が出来る。

 しかし、如何せん周囲との連携が不足している。先ほどの戦闘では、連携のをホノカがフォローしたが、あれが続けば、相手によっては大怪我では済まない事態に陥る可能性がある。

 逆に月花隊は情報収集能力やサポート能力が高く、連携も十分に取れている。

 ただ、一人一人の戦闘能力はそれほど高くはないため、実戦となると各個撃破は難しい。

 理想としては、やはり日向隊と月花隊が組んで<怪異因子>に挑む形が一番良いと思うが――本当に、どうしてここまでこじれてしまったのか。


「そう言う意味ではヒノカが月花隊を任されたのは良かったですね。戦闘のカバーが出来ますし」


「ホノカもね。上手く連携を繋ぐの、得意でしょう?」


「ヒノカと組んでいましたからね」


「だよね~!」


 双子はそんな調子で明るく話す。そのやり取りを聞いてシノブが、


「お二人はこの短時間でよく見ていますね」


 と驚いていた。

 ミロクも満足そうに口の端を上げて、


「なるほど、なるほど。お前らの前までは、一人の隊長に両隊の指揮を任せていたんだが、連中の仲の悪さが災いして、上手くバランスが取れなくてな。思い切って二人にして良かったよ」


「父さんの時は一人でしたもんね。今はそれより人数が少ないですし、問題がなければ一人でも大丈夫そうですし」


「だからってこっそり書類を逆にするのはどうかと思いますよ、ミロクさん」


「ハハハ。適材適所って奴だ。日向隊はヒノカの、月花隊はホノカの適正に良く似ているからな。逆の方が、それぞれの足りない部分を埋めやすい」


「それは確かに」


 自分達が感じた通りの話をミロクからも言われ、ホノカ達は頷いた。

 地方で<怪異因子>の討伐に当たっていた時の分担も、ホノカがサポート寄りで、ヒノカが攻撃寄りだった。

 ミロクの言う通り、それぞれの適性に合っていたからだ。

 

 だから同じ役割を担う隊であれば自分の仕事、、、、、はスムーズに行う事が出来るだろう。

 けれどそれが隊を活かす、、、事になれば、話が変わって来る。

 そして隊長としてならば、役割の比重では、隊員をどう活かせるか、という方が優先されるのだ。 


 ミロクはそれが分かっていた。だから敢えて、二人に知らせてあった隊とは逆に配属したのだ。

 黙っていた理由は単純に性別的な話ではないかな、とホノカは思った。

 何せ日向隊は全員が男性、月花隊は全員が女性だ。事前に伝えておけば、ホノカ達はともかくとして、両隊の隊員達に余計な不満が蓄積されていたかもしれない。


 だから、それらを全部考慮して、ミロクはこう、、した。

 双子の保護者で商事の、飄々としたこの男は、やはり一枚も二枚も上手である。

 勝てないなぁ、なんて思っていると、


「次は間内キヨコの件と、<怪異因子>の件だな。どちらも現場で気になるものを見つけたんだって?」


 と話を変えた。


「はい。この黒猫と……」


「これだね」

 

 ホノカが黒猫の頭を撫でて、ヒノカが机の上に箱を置く。

 箱のフタを開けて中を見せれば、そこには帝都駅で起きた<怪異因子>の媒介だったナイフが数本入っていた。

 その中に一本、どうしても目立つナイフが入っている。

 雲の意匠がついた大振りのナイフだ。


「――――こいつは」


 ミロクはそれを見て目を鋭くした。

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