第十一話 歓迎会 下
「それ! それを聞きたかったんですのよ!」
「ああ、そうだ。ただ同じ苗字だったにしては、ここへ配属されるなんて、偶然で済ますにはあまりにも……」
トウノ達の質問を聞いて、ユリカとスギノも続けてそう聞いて来る。
ふむ、と思いながらホノカは他の隊員達の顔をぐるりと見回す。彼女達は皆、どこか期待を孕んだ目でこちらを見ていた。どうやら全員が同じ疑問を抱いているようだ。
今まで興味がなさそうに、そして面白くなさそうにしていたのに、この話題だけは食いつきが良い。
(なるほど、なるほど。まぁ、そうですよね。
ホノカは心の中で独り言ちながら、彼らの心境を探る様に目を細くした。ヒノカもだ。
双子はそのまま静かに、隊員達の表情を注意深く観察する。
ホノカとヒノカが質問に答えず、静かに自分達を見つめた事に、ウツギ達は僅かに動揺を見せた。
だが、双子はそれを考慮しない。
それから少しだけ間を空けて、まず言葉を発したのはヒノカだった。
「――――そうだね、確かに僕達の苗字は御桜だ。でもね、それが一体、何の意味があるんだい?」
ヒノカがそう聞き返せば、ユリカぎょっと目を剥く。
「意味? 意味なんて、もちろんあるに決まってますわ!」
そして何を言うのだ、とばかりにそう言った。
「何故?」
ホノカは感情をあまり感じさせない声色で、短くそう嬉々返す。
するとあちこちから、
「え?」
「何故って……」
と戸惑う声が聞こえて来た。
聞き返した事が疑問だったらしい。彼らは一体、どういう返答を期待していたのだろう。そんな事を思いながら、ホノカ達はそれらの言葉をさらりと流し、話を続ける。
「私達は浅葱ミロク司令の指示で、両隊の隊長職を務めるために、ここへ配属されました。それ以上でも以下でもありません。その前提で――私達の苗字が御桜である事に何の意味がありますか?」
ホノカは静かに順序立ててそう聞けば、アカシが後頭部をがしかしかいて口を開いた。
「俺達にとっては、あんた達がミハヤさんの……かつてここの隊長だった、御桜ミハヤ隊長の関係者かどうかで、だいぶ違うんだよ」
「そ、そうですよ! だって、僕達にとって御桜隊長と関りがあるかどうかというのは、とても大事な意味を持つ事なんです……!」
アカシに続いてヒビキも訴えかけるようにそう言った。彼らの言葉に他の隊員達も頷いている。
なるほど、とホノカは思った。
その必死な様子を見れば、彼らにとって御桜ミハヤが何よりも大事な存在だったのは伝わって来る。
これだけ癖の強く個性も強い隊員達が、皆、慕うくらいに。
そして同時に理解した。これこそが、彼らがこれまでの隊長に非礼な態度をとって来た理由だという事を。
日向隊と月花隊の隊員達は、これまでずっと、御桜ミハヤと新しい隊長を比べ続けて来たのだ。
彼らにとって理想の隊長は御桜ミハヤだ。
だからこそ、彼らは相手にその理想を押し付ける。御桜ミハヤのようになれと。御桜ミハヤと同じでなければ駄目な隊長であると判断した。
だから隊長の指示を聞かないし、反抗的な態度を取る。そしてそれが間違っていると思わない。
要は相手を舐めているのだ。見くびっているのだ。
新しい隊長が来るたびに、彼らは落胆した。それはそうだ。同じ人間なんて存在しない。双子であるホノカとヒノカだって違う人間なのだ。そしてそれぞれに長所と短所がある。
それを彼らは理解しなかった。しようとしなかった。
理想からかけはなれていく現状を嘆き、理想通りではないと嫌だと言う甘ったれた考えを態度に出し。
それが彼らからやる気を奪っている。
だから。
「「論外」」
双子は、そんな彼らの甘えた考えを、一言で冷たく切り捨てた。視線も少し冷えているかもしれない。
その淡々とした言葉に、隊員達が一斉に息を呑む声が聞こえた。
ホノカとヒノカは父が大好きだ。
だから父である御桜ミハヤを慕ってくれる、大事に想ってくれる彼らの気持ちは純粋に嬉しかった。
だけれど、今の彼らの
彼らはその事を理解しようとしない。理解したくないのだろう。
過去に固執し、それを貫く事こそミハヤのためだとでも思っているのだろう。
――――ふざけるな。
それはホノカとヒノカにとって我慢ならない事だった。
ホノカとヒノカは問題児だと言われても、どれほど周囲から煙たがられても上を目指し続けた。
自分の目的のために必死で戦ってきたのだ。
そんなホノカ達からすれば、日向隊・月花隊の隊員達の考えはあまりに甘く、あまりに軽い。
だからこそ双子は、希望に縋るような彼らの
「私達の親が何者か。そんな事で、為人を測れはしないでしょう」
「もしそうだとして、それで対応を変えると言うのなら」
ヒノカとホノカは一度言葉を区切り。
静かに、そしてはっきりと、
「「あなた達は最低だ」」
そう言い切った。声には少し怒りの感情が滲んだかもしれない。
ヒュッと息を呑む声が聞こえた。見れば、全員が目を大きく見開いている。
「――――あ」
ウツギの口が、声なく『ミハヤさん』と動いた。
そのまま、食堂はシン、と静まり返る。
誰も微動だにしない。出来ない。ホノカ達もだ。
その時だ。
「よーう! 遅れちまって悪いな! いや~、予約したケーキ買ってきたんだがよ~、支払いがこれまた混んじまってて……」
食堂のドアが開いて、やたらと明るい声の人物が入って来た。
双子の上司である浅葱ミロク司令だ。彼の後ろにはシノブもいる。
どうやら一緒に行動していたらしい。
食堂に足を踏み入れながら、ミロクは元気に、帝都のケーキ屋で買ったらしいケーキの箱を掲げる。
そして食堂内の様子を確認した途端、あまりの重い空気に怪訝そうな顔になった。
「おいおい、空気がクッソ悪ィな。何だ何だ、反省会かこりゃ。何してんだ、お前ら?」
「浅葱司令!」
ミロク達がやって来た事で、張りつめていた空気が壊れ、少し柔らかくなる。
ホノカとヒノカが直ぐに敬礼すると、他の面々も少し遅れて、慌てて続く。
ミロクはそれを見てニカッと笑い、
「ああ、いいよいいよ、かたっくるしいのはな」
と開いている方の手を軽く振った。
それからミロクは双子の方に目を向ける。
「遅くなって悪かったな、ヒノカ、ホノカ。歓迎会だって聞いてよ~」
「いえいえ。私達もつい先ほど聞いたばかりでしたから」
「というか、謝るところはそこじゃないよ、ミロクさん。シノブさんまで困らせてさ」
「ハハハ。さっきシメられたよ」
「はい、シメてやりました」
ホノカとヒノカがツッコミを入れると、ミロクは苦笑して、シノブは眼鏡をキランと光らせてそう言った。
どうやら存分にシメてやったらしい。見事です、シノブさんと双子は拍手を送る。
さて、そんな気安い雰囲気に、隊員達も多少動揺が解けたようで、目を丸くしている。
「あの、えっと……名前呼び?」
「何か、仲が良さそうですね……?」
おずおずと聞いて来る隊員達に、ミロクは軽く頷いて見せる。
「ああ、俺さ、こいつらの保護者なんだよ」
「保護者?」
「あ~、つっても勘違いすんなよ? 別に、贔屓で取り立てたんじゃねぇぞ? そんな事しちまったら俺の給料に響くしよ、そこはさすがに分別はつけてるからな」
ミロクは冗談めかしてそう答えると、双子に向かってニヤッと笑いかけ、
「おし、二人とも。歓迎会が終わったら、ちょいと話がある」
と言った。
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