第十話 歓迎会 上
ホノカ達が <怪異因子>との戦いによる事後処理を終えた頃には、空が赤く染まりかけていた。
戦闘よりも事後処理の方が時間がかかるのはいつもの事だ。ここを蔑ろにしていたら、後々もっと厄介な事になる。
(まぁ、経験談なんですけれど)
帝国守護隊に入隊したての頃に、少々やらかした事のあるホノカとヒノカは、その時に学んだのだ。面倒がって手を抜くと、それ以上に大変な事になるという事を。
というわけでホノカ達は事後処理に関しては殊更気を付けている。
これに関しては手慣れた様子で指示を出し、自分達も作業に加わっていた。
そうして現場の片付けが終わると、次は出動の報告書の作成である。
被害状況、発生した<怪異因子>の報告、使用した道具の消耗状況等など。それらをまとめた資料を作成し、提出するのも隊長の仕事である。
……まぁ本当は部下になるウツギ達と分担した方が良いのだろうが、今の状況だと、どのくらいまで踏み込んで良いか分からない。とりあえず最初の内は自分達で何とかして、お互いが慣れて、そういう機会があったら頼んでみても良いかもね、という事をヒノカと話している。
まぁそもそも日向隊、月花隊で違っても、報告書に共通する部分は多いし、元々は一人の隊長がやっていた仕事だ。ホノカとヒノカの二人がいれば特に問題はないとも思うが。
「ホノカ、後で部屋に行って良い? 報告書のすり合わせしようよ」
「そうですね。……あ、そうだ、ヒノカ。蒸気装備を使用したので、また頼んでも良いですか?」
「うん、いいよ。って、わりと減ってるね。でかいのでたんだっけ」
「というか、大きくなりましたね」
「あ、そうだったそうだった。あれさぁ、いつも思うけれど、どういう原理なんだろうねぇ」
双子がそんな話をしていると、
「あの、ホノカ隊長、ヒノカ隊長。今からお時間をいただいて大丈夫ですか?」
とウツギに声を掛けられた。見れば、一人ではなく月花隊のトウノも一緒である。
珍しいなと思いながら、
「構いませんが、どうしましたか?」
「あ、闇討ち? もしくは決闘? まぁどっちでも良いけど、僕達それなりに強いよ~?」
なんてホノカとヒノカが返事をすると、ウツギはぎょっと目を剥く。
「いや何で物騒な話題が出てくるですかねっ? 違いますよ!」
「あら、違うんですか」
「何だ、そっかぁ」
「この冗談でもなさそうな反応は一体……」
双子があっけらかんに妙な事を言うものだから、ウツギとトウノは頬を引き攣らせた。
まぁ、経験である。そういう物騒な事はごくたまにだがあったのだ。
帝国守護隊にも地方に離れれば、そういう性根が腐ったような輩はいるものである。
さて、そんな事はともかくとして、ウツギとトウノの用事は何だろうか。
そう思って聞くと、ウツギはコホン、と咳をしてから、
「ちょっとこれから、食堂まで一緒に来ていただきたいんです」
と言った。
「食堂?」
会話の流れから想定外だったので、ホノカとヒノカは揃って首を傾げる。
時間的には、隊舎に戻れば確かに夕飯時ではあるが、それにしては「時間をいただいて」という言葉は妙な気がする。
疑問を視線に乗せて向けていると、
「実は隊長達の歓迎会の用意をしていたんですよ」
とトウノは笑ってそう教えてくれた。
「かんげい……かい……?」
その言葉にホノカとヒノカは軽く面食らって、しばらくぱちぱちと目を瞬いた。
◇ ◇ ◇
ホノカとヒノカは、自慢ではないがあまり歓迎されない方だった。
戦いのセンスは良いし、そもそもの腕も良い。それが同階級の者達――特に年上からの受けが悪く、異動の度にぞんざいな態度を取られる事が多かった。
だから歓迎会を催して貰った事はない。任務の間に仲良くなった者に誘われて、軽く食事をするくらいはあったが、そういう会に誘われたのは初めてだった。
「本当に歓迎会……?」
「誠に……?」
未だに信じられない気持ちを抱きながら、双子はウツギ達について食堂へ向かって歩いている。
何なら今も、全部がドッキリで、食堂のドアを開けたら斬りかかって来られるんじゃないかと思っている。
戦闘ならどんとこいだ。そんな心構えでいると、
「……何か勇ましい顔になってますけど、本当に普通の歓迎会ですからね?」
ウツギから何とも言えない顔でそう言われてしまった。
普通の歓迎会が待っているらしい。
普通って何だ。それすらも双子には分からない。
「こんなに緊張するのは、シノブさんに怒られるのが確定した時のようですよ、ヒノカ……」
「断頭台に登る時の気持ちってこんな感じなのかな、ホノカ……」
「何で歓迎会でそんな心境に……?」
トウノの困惑した呟きが聞こえて来る。
まぁ、経験である。
しかしそんな状態の双子のそれは、食堂の中に入った途端に霧散した。
そこにはドッキリも、斬りかかって来る人間もいない。
綺麗に飾り付けられた食堂に並ぶテーブルの上に、美味しそうな料理がずらりと並んでいたのだ。
「本当に歓迎会だった……」
「夢じゃないのこれ……?」
感動して思わず手で口を押える双子に、ウツギとトウノは苦笑した。
その時だ。
「聞いていますの、アカシさん! 相変わらず雑ですわね、あなたは!」
突然、そんな声が聞こえて来た。確か月花隊のユリカの声だ。
おや、と思って顔を向けると、彼女は日向隊のアカシの目の前に立って、腰に手を当てて目を吊り上げて怒っていた。
「ああん? 何がだよ」
「瓦礫の撤去作業のお話ですわ! あなた、もっと丁寧に出来ませんの? あれでは壊れていない箇所まで壊れてしまいますわ! 被害を増やしてどうします!」
「キーキーうるせぇな。ハッ、後で結局補修するんだから一緒だろ。そもそも、あのくらいで壊れるようなら、どの道、直ぐに壊れるんだよ。だったら一緒に直しちまった方が早いだろーが」
「そう言う問題ではありませんのよ! 物を大事になさいと言っているのです!」
……どうやら先ほどの<怪異因子>討伐の事後処理の件で喧嘩をしているらしい。
それを見て双子は少し落ち着いた。異動後によく見た光景がこれだったからである。
そうそう、これこれ。いつも通りだとホノカとヒノカは軽く頷く。
ウツギとトウノはそんな二人を見て「どうして、あ~これ落ち着く~みたいな顔になってるの……?」と訝しんでいる。
まぁ、それはそれとしてだ。
隊長になった以上、隊員同士の喧嘩は見過ごせない。
なのでホノカとヒノカは仲裁に入る事にした。
「はいはい、喧嘩は後でね、後で」
「とりあえず報告書をまとめた後でお話をしましょうね」
そう言えば、二人はしぶしぶといった様子で口を閉じた。
この雰囲気だと納得はしていなさそうだし、お互いに言い足りない感じでもある。
だが、とりあえず――恐らく歓迎会という事を考慮して、矛を収めてくれたようだ。こういう部分の理性が働くあたり、本当に、ホノカ達が見た事のある一部とは違う。
さて、そうして喧嘩は収まったものの、食堂に流れる空気は最悪だ。
しかし、そんなギスギスした空気の中、ウツギとトウノはめげずに笑顔を浮かべ、その場にいた全員に声を掛ける。
「えー、はい、それではホノカ隊長とヒノカ隊長の歓迎会を始めたいと思いまーす」
「さあさあ、皆さん、グラスを持って!」
そして歓迎会を決行した。
しかし――――。
まぁ、空気が空気なので、盛り上がるというわけでもなく。
ウツギとトウノが笑顔で頑張って歓迎会らしさを出してくれようとしているが、他の面々の反応は微妙だ。何とも居心地の悪そうな様子だった理、我関せずといった様子で黙々と食事をしていたり。
とりあえず立食式で食事は始まった物の、会話らしい会話は続かず、知らない人がこの光景を見たら「反省会……?」とでも言われそうである。
歓迎会はありがたいが、何だかこれではウツギとトウノがかわいそうだ。
ホノカはそう思ったので、
「あの、開いて頂いてあれなんですが、無理せずとも……」
と言った。
するとトウノが首を横に振って、
「いえ。こういうのは大事なことですから。せっかくお二人が来て下さったんですもの! ちゃんと歓迎会がしたかったんです!」
と答えてくれた。
言葉の節々に「今度こそは」という意気込みが感じられる。
もしかしたらウツギとトウノは、これまでに新しい隊長がやって来た時も、こういう歓迎会のような催しを開いていたのかもしれない。
しかしまぁ、恐らく失敗に終わったんだろうなぁというのは、今の様子を見れば分かるが。
そう思っていると、
「でも、本当は、案内した後に行うはずだったんですよ。ですが<怪異因子>の事件がありましたから……」
「一応、日付をずらそうか考えたんですが、料理の事もあって……」
ウツギとトウノは申し訳なさそうに、そう続けた。
確かに、こういう料理は日持ちはしないものが多い。中には冷蔵庫に入れておけば翌日くらいは問題ないものもあるが、それでもこの量を保存するのは難しいだろう。
歓迎会をしたいし、料理も無駄にしたくない。
そういう二人の考えや気持ちはホノカ達にもとても良く分かるし、ありがたいなとも思う。
ホノカとヒノカは同じ事を思ったようで、ふふ、と小さく笑った。
「ありがとう。……本当の事を言うとさ、ちょっと嬉しいんだ、こういうの」
「私達、あまり歓迎されない方ですから。こういうのは初めてです」
そう言うと、ウツギとトウノが意外そうに目を丸くした。
「えっ、意外……。そうなんですか?」
「ええ。異動は何度も経験していますけれど、どこへ行っても基本的に良い顔はされないんですよ」
そう話ながら、ホノカはこれまでの異動先での事を思い出す。
嫌味を言われた。胸倉を掴まれた。冷ややかな対応をされた。
あとは、そうだな、と思いながらホノカは言う。
「そうそう、歓迎会どころか、配属初日で大乱闘、とかありましたねぇ」
「あー、あったねぇ。あれさぁ、巻き込まれ半分だったけど、さすがに大変だったよね」
「全員始末書でしたからねぇ」
「ねー。ま、僕達、手は出していないけどねぇ」
「いやあの、何をどうしたら初日で大乱闘になるんです……?」
口に手を当てて目を瞬くトウノから、恐る恐る聞かれる。
内容としては配属された初日に、双子を煙たがる年長者と、双子を庇う若手との間の喧嘩が大きくなって、全体を巻き込んでの大乱闘になった、というものである。
詳しく話すと他の隊に飛び火するので、双子は「まぁ色々とね」と誤魔化した。
そんな話をしていると、不意に、ウツギとトウノが目くばせした。
二人とも真剣な表情だ。
何か言いたい事、もしくは聞きたい事がありそうな様子である。
何だろうかと思っていると、二人は「あの」と口を開いた。
「聞きたかった事を、伺っても良いでしょうか?」
「どうぞ」
「お二人は、御桜ミハヤ隊長と、何かご関係があるのでしょうか?」
おや、とホノカは思った。
このタイミングで来たか、とも。
すると二人の言葉を聞いて、その場にいた隊員達の視線が集中するのが感じられた。
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