第九話 帝都駅の<怪異因子> 下
「ちょっと、アカシさん! あなた本当に雑過ぎますよ! それとスギノさん、前へ出過ぎです!」
「ハッ! びびってんのかヒビキ! ならお前は下がっていたっていいんだぜ! 低級なんざ、俺一人だけだって十分なんだからよ!」
「ヒビキ、いいから手を動かせ。さっさと終わらせて帰りたい」
何とも賑やかに彼らは<怪異因子>達と戦っている。
だが、微妙に連携が取れていない。言うなれば個人個人で勝手に戦っているという感じだ。
連携は出来なくはないのだろうが、他人の動きに合わせようというよりは、他人が自分に合わせろと言っているような戦い方である。
そのフォローをしているのがヒビキだった。確か彼はホノカと同い年だったはずだ。一番年下だが一番動きが良いな、とホノカは判断する。
「連携があまり取れていませんね。何か喧嘩でもなさっておいでですか?」
「いえ、元々こんな感じですね。別に仲が悪いわけでもないんですが、個人戦闘が得意な連中が集まっているので」
「なるほど。ここも課題ですねぇ」
頷きながら、ホノカは長銃を構えた。
そして彼らの連携の
ちょうど三人の死角となっている場所だ。そこへ<怪異因子>が一匹、飛び込んでくる所だった。
その一匹の頭を、ホノカの弾丸が貫通する。
ギャッと<怪異因子>は叫び、直後その体は霧のように霧散し、カラン、と音を立てて小さなナイフが地面に落ちた。
「!」
精密な射撃にウツギが驚く。他の隊員達も同様に軽く目を見開いた。
アカシが、ヒュウ、と口笛を吹く。
「へえ、ただのお嬢ちゃんかと思っていたが……」
そんな呟きも聞こえて来た。まぁまぁ舐められていたようだ。
いつもの事なので気にせずに、ホノカは的確に<怪異因子>に炎の弾丸を叩き込んでいく。
<怪異因子>もホノカが脅威だと判断したのだろう。一体がこちらへ向かってきた。
近づいたそれを、ウツギが雷を纏わせた太刀でさばいていく。
「隊長、腕が良いですね」
「腕がなければ、私達の年齢で<銀壱星>は無理でしたので」
戦いながらウツギにそう答えていると。
その最中に左耳につけた通信機に、月花隊からの情報を受診した音が聞こえる。
<怪異因子>の位置情報だ。ホノカとウツギが素早く通信機を操作すると目の前に、帝都駅周辺を記した、半透明の地図が投影された。
地図上に、赤い光の印が幾つかつけられている。地図上を動き回るそれが<怪異因子>の位置だ。
ここ以外にあと二体いる。月花隊がいる位置の直ぐ近くだ。そちらはヒノカが何とかしてくれるだろう。
確認して、いったん地図を消す。
「それにしても数が多いですね。低級の<怪異因子>が、ここまで活発になるのは珍しい」
「帝都駅には人の出入りが多い分、結界が強く張られていますからね。そこに綻びが出たか、内側で発生させたか。何にせよ、月花隊の方で調査してくれていると思いますよ」
そう話していると、残りの<怪異因子>は一体になった。
すると、そこへ変化が起こる。
その一体は、ぶるぶると体を震わせると、甲高い雄たけびを上げたのだ。
「ッ」
ホノカは通信機のついていない耳を、手で塞ぐ。
空気が震える。鼓膜がビリビリする。気持ちが悪い。他の隊員達も顔を顰めていた。
その直後だ。
<怪異因子>の身体に、黒い霧が集まり始めた。
その黒い霧はホノカ達が倒した<怪異因子>の媒介から上がっている。
恐らく残留していた霊力だ。それらを取り込んだ<怪異因子>の身体はぐんぐん膨れ上がり、建物の二階に届くであろうほどの大きさへと変化する。
どうやら、残った一体が今回の<怪異因子>の主たる原因のようだ。
それを見ながらホノカは長銃の側面のダイヤルをカチカチと回す。蒸気装備の効果を変更するためだ。
蒸気装備はそれぞれに、複数の<技能効果>が行使できるよう設計されている。
ホノカの長銃なら、先ほどの金色の炎の弾丸を放つ技能効果――<炎弾>がその一つだ。
ちなみにこれらは専門の技師に頼めば変更も可能なのである。
そしてホノカが選んだ二つ目の<技能効果>は<炎糸>。
糸状に炎を伸ばし、相手の身体に巻き付けて行動を阻害し、ジワジワとダメージを与えるタイプのものだ。
ホノカは巨大な<怪異因子>に銃口を向け、日向隊の全員に指示を飛ばす。
「
「何を――」
アカシから反発の声が上がりかける。
その後の言葉は勝手な事を、とも、余計な事を、とも続くだろうか。
けれどホノカはそれを遮り、
「返事を!」
と、鋭く言った。
「了解!」
真っ先に反応したのはウツギだ。
彼の言葉にやや遅れて、
「は、はい!」
とヒビキが答え、アカシとスギノも渋々といった様子だったが、
「……チッ、分かったよ」
「了解した」
と頷いた。
まぁ、一応、協力してくれそうだ。
ホノカは彼らからの返事を聞くと直ぐに、
「始めます」
と宣言し、<怪異因子>に銃口を向け、引き金を引く。
銃口から<炎弾>より大きな炎の弾が放たれる。それは<怪異因子>の目の前で弾け、細長い糸状に変化する。
炎の糸は勢いを落とさず、風を切る音を響かせ<怪異因子>の身体に巻き付いて、その四肢を縛り上げる。
巻き付いた箇所は焼け煙が上がり<怪異因子>は痛みに唸る。振り払おうとするが動けない。
その隙に、ウツギ達は各々の蒸気装備を手に<怪異因子>に攻撃をしかけた。
ホノカはそれを見ながら冷静に時間を測る。
一、二、三。
小さな声で、カウントする。
それが三十までいった時<怪異因子>の身体を縛る炎の糸がちぎれた。
すかさず「退避!」と指示を飛ばす。今度はアカシ達も素直にそれに従った。
そしてもう一度狙いを定め<炎糸>を撃つ。
だが<怪異因子>も、二度目はそうやすやすと食らってはくれない。
ダン、と地面を強く蹴り、炎の糸から逃げようと空中に飛び上がる。
<炎糸>はその後ろ足に巻き付き<怪異因子>の体勢を崩した。
「うおりゃあッ!」
するとアカシがそれ目掛けて自身の槍を投げる。
彼の蒸気装備は雷を纏い<怪異因子>の腹に突き刺さった。
<怪異因子>が苦悶の表情を浮かべ、痛みに叫び、地面に落下する。
それを確認してアカシが、
「ウツギ! やれ!」
とウツギを呼んだ。
ウツギは太刀にバチバチと、先ほど以上の雷を纏わせ、地を蹴って飛び、
「せいッ!」
と、掛け声と共に勢いをつけて<怪異因子>の首に、太刀を振り下ろした。
ヒュ、
と刃が風を切り<怪異因子>の首を落とす。バラバラになったそこから霧のように、砂のように、サラサラと体が崩れ霧散していく。
やがて<怪異因子>のすべてが消え去ると、
カラン、
と音を立てて、大きなナイフが一本、石畳の地面に落ちた。
<怪異因子>が巨大化する前の身体よりかは小さいが、それでも他の比べると一回りも違う。
ブーツの音を響かせて近づき、しゃがむ。
そして間近でそれを見て、ホノカが目を見開いた。
「これは……」
刃の部分に蜘蛛の意匠が施されたナイフだ。
ホノカには見覚えがある、
蜘蛛の意匠が施された大きなナイフ。
これは、かつて帝都を恐怖に陥れたある猟奇殺人犯――――切り裂き男が使用していたものである。
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