第八話 帝都駅の<怪異因子> 上

 警報聞いてから、ホノカは直ぐ日向隊の隊員を連れて、帝都駅へと駆けつけた。

 駅周辺はすでに帝国守護隊の軍人の姿があり、逃げ遅れたり、何らかの事情で動けない市民の避難誘導に当たっているのが見える。

 さすが本部のある帝都だ。動きが早い。ホノカは感心しながら周囲を見回す。


 すると、帝都駅の前にある広場で<怪異因子>が暴れ回っているのが確認できた。

 イタチのような姿をした<怪異因子>だ。目に見える範囲で九体いる。


「こいつは、なかなか数が多いですね」


「そうですね。見た所、低級の<怪異因子>ですが、動きが素早そうなのが厄介……っと」


 ウツギにそう答えていると、左耳につけた通信機が反応した。

 ヒノカからの通信だ。通信許可をオンにすると、声が聞こえて来る。


『はい、ホノカです』


『ヒノカだよ。そっちはもう現場についた?』


「はい、到着しました。月花隊はどうですか?」


『こっちもついてる。ちょうどホノカ達と反対の場所にいるよ。駅の裏手だ』


 ヒノカの言葉に、ホノカは帝都駅の方へ目を向ける。

 建物を迂回すればあちらに行けるそうだな、と心の中で呟く。


『これから避難誘導の協力と、周辺の確認作業に入るよ。見た所、こちらには<

怪異因子>の姿はない』


「了解です。日向隊も、これより討伐に入ります。今、帝都駅の前に低級っぽい<怪異因子>がいますね。見た目はイタチと似ています」


『イタチか~。動きが早そうだなぁ、それは。うーん……』


 ホノカが情報を伝えると、通信機から、思考しているようなヒノカのぶつぶつと呟く声が聞こえて来た。

 ヒノカは考え事をする時に言葉に出す癖がある。頭が回転している証拠だ。隊長就任早々の事件ではあるものの、ホノカの双子の弟は冷静さを欠いていない。

 うん、とホノカが軽く頷いていると、


『……イタチとなると、媒介になっているのは刃物とか、石とか、植物の葉、かなぁ。何か分かったら連絡するよ、気を付けてねホノカ。こちらもこちらで、遭遇したら討伐するから』


「はい。こちらも情報が追加され次第連絡しますね。そちらも気を付けて」


『はーい!』


 その言葉と同時に、いったん通信が切れた。

 ヒノカが言った『媒介』というのは<怪異因子>を形作る核のようなものだ。

 その媒介に霊力と言う不可思議な力が溜まる、、、事で<怪異因子>は発生する。


 媒介自体は宝石や植物、骨や獣の死骸、刃物や道具など、様々だ。物質であれば何でも<怪異因子>を発生させる原因になる可能性がある。

 その経緯から、もしかしたら<怪異因子>は付喪神の一種ではないか、と考える学者もいる。


 まぁ、媒介が何であれ<怪異因子>自体は倒してしまえば良いだけだ。

 ただその媒介が何であるかが分かれば<怪異因子>の行動を予測しやすい。

 <怪異因子>が取る姿も、その媒介に起因しているからだ。


 ヒノカはイタチと聞いて、刃物や石などを媒介の予想に上げたのがその理由だ。

 カマイタチという妖怪を想像したのだろう。

 ふむ、と思っていると、


「おい隊長さんよ、いつまでグダグダ話してんだよ。さっさとぶっ飛ばしちまっていいんだろ?」


 そう苛々した声をかけられた。日向隊の隊員、アカシだ。

 短い赤毛を揺らした成年は、身の丈程ある機械仕掛けの槍を肩にあて、じろりとホノカを見下ろしてくる。日向隊で一番身長が高く体格が良いのが彼だ。

 そのアカシが、普通の人間なら怯むような形相を浮かべホノカを睨んで来る。

 だがしかし、ホノカはあいにくと、この手の事に離れていた。


「適当に倒すには相手の数が多いです。月花隊から位置情報を貰いながら、取りこぼしのないように行きます」


「ハッ、そいつは細かいこった。新しい隊長サマはずいぶんお上品に戦いたいと見える」


「上品かどうかはさておき、小型の<怪異因子>は動きが素早いですからね。それで走り回って逃がせば、狭い場所に入り込んでしまって厄介ですから」


「逃がす?」


 ホノカの言葉をアカシは鼻で笑う。


「オイオイ、誰に向かって言ってんだ、お嬢ちゃん? 俺達ぁ、今までずっと<怪異因子>を相手にしているんだぜ?」


 馬鹿にしたような物言いに、ウツギがカッと目を見開く。そしてアカシに詰め寄った。


「おい、アカシ! 隊長に向かってその口の利き方は何だ!」


「ハッ、うるせぇな。実力だって知らねぇ、いつまで続くかも分からねぇ隊長を、一体どう敬えってんだ?」


 そう言うと、アカシはぐるりと槍を振り回しながら構え直し、


「適当にやって何とかなる相手だ。ウツギ、お前がお守りしてやんな。スギノ、ヒビキ。行くぜ」


 と言って<怪異因子>に向かって走って行った。

 名前を呼ばれたスギノも、ちらりとホノカを見ただけで「ああ」と答え、アカシの後に続く。

 ヒビキだけは、


「え!? ちょ、ちょっと二人共!? あ、あ~……えっと……すみません!」


 と困ったようにアカシ達とホノカを交互に見て悩んでから、彼らを追って行った。

 そうして三人は思い思いに<怪異因子>との戦闘を開始する。


「……なるほど」


「すみません……」


 それを見て呟いたホノカに、ウツギは申し訳なさそうな顔で謝った。


「話しには聞いていましたが、この分だと、他の隊長ともだいぶ揉めたでしょう?」


「はい、そうれはもう……。言い訳になってしまいますが、その時と比べると、あれでも多少は気遣っているみたいなんですけれどね」


「舐めています、と」


「あー、ははは……。……そうですね。失礼な言い方になってしまいますが、隊長は女性で、年下ですから。ですが、それだけじゃなくて……」


「御桜、ですか」


 ウツギが続けようとした言葉を、先にホノカが口にした。

 彼は少し驚いたあと「はい」と頷く。

 恐らく<怪異因子>が出現したと警報が鳴る直前に、ウツギが聞きかけたのはそれだろう。


 御桜ミハヤ。

 かつて日向隊と月花隊の隊長を務めていた、ホノカとヒノカの父親。

 双子は、自分達が御桜ミハヤの子供だという事は、特に内緒にするつもりはなかった。隠すつもりならとっくに、苗字の『御桜』を変えている。

 

 ウツギの疑問は当然だ。

 かつての隊長と同じ『御桜』という苗字の人間が、両隊の隊長に就任すれば、関係者じゃないかと思われるが普通の反応である。

 ホノカとヒノカは聞かれたら答えるつもりではいた。

 けれども、御桜ミハヤの子供だからという理由で、両隊に受け入れて貰うつもりは毛頭にない。

 それは今まで派遣されてきた隊長に対しても、自分達に対しても失礼な話だからだ。

 特に前者はダメだ。その事は隊員達にしっかりと伝える必要がある。

 だけれど、それは全部、この騒動を収めてからの話である。


「ウツギさん、そのお話は、ここを片付けてからにしましょう。最優先は帝都の防衛です。月花隊からの通信許可を常にオンにしておいてください。位置情報を共有しながら<怪異因子>を討伐します」


「了解しました!」


 ウツギは力強くそう答えると機械仕掛けの太刀を抜いた。

 ホノカの長銃やヒノカの刀、アカシの槍とも同様の物だ。

 これは<蒸気装備>という武器である。霊力と言う不可思議な力で動くものだ。


 霊力が集まって発生した<怪異因子>は、単純な物理的な攻撃は効き辛い。

 一番効果があるのは、同じく霊力での攻撃だ。

 この蒸気装備は、<怪異因子>対策に開発された、霊力を纏わせられる武器なのだ。


 蒸気装備の側面には、霊力を水に変換する試験管が組み込まれている。

 この試験管に溜まった霊力の水を使用して、装備に炎を纏わせたり、雷や炎の弾丸を放ったりと、不可思議な力を行使する事が出来る。


 蒸気装備に使う霊力は、ほとんどの人間、、、、、、、は自分の霊力を使っている。ホノカはウツギの太刀を見ると、彼の蒸気装備には五本の試験官が組み込まれていた。

 一般的な帝国守護隊の者ならば三本前後が多い。そこから考えて、ウツギはなかなか霊力が多い人間のようだ。

 なるほど、なるほど、そう小さく呟いて、ホノカは今度は、すでに戦っている仲間達の方へ目を向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る