第六話 日向隊と月花隊 上

 あれから直ぐにシノブがミロクに問い合わせたところ、 


「おう、その通りだ。任せたぜ!」


 なんて彼は言っていたらしい。


「後でシメてやります」


 とシノブは言っていた。存分にシメてやったら良いとホノカも思った。

 そういう事で、やはり双子の配属先は、ひとまずは書類通りという事になった

 思っていたものとは違うものの、決まってしまったものは仕方がない。ミロクに言われるがままに、書類を確認しなかった自分達の落ち度でもある。

 それに――どの道ここの隊に隊長として配属される事は決まっていたのだ。予定とは違ったが、まぁ、何とかなるだろう。


 そんな事を思いながら、ホノカ達はまず、シノブに自分達の部屋を案内して貰った。持ってきた荷物を置くためだ。さすがに大荷物を抱えたまま、隊員達と会うわけにはいかない。

 ヒノカとホノカは一緒にそれぞれの部屋へ向かった後、そこへ荷物と黒猫を置いて会議室へと向かう事となった。


「シノブさん。会議室も二部屋あるんですか?」


「いいえ、会議室は一部屋だけですよ。さすがにどれだけ仲が悪くても、情報共有の場所を二つに分けると色々と弊害が出ますから」


「なるほど。……なるほど? いやでも現状、弊害が出ていない?」


「そうなんですよ、出ているんですよねぇ……」


 歩きながら話していると、シノブはハァ、とため息を吐いた。

 その様子から大分苦労しているのだろうなという事が伺える。


「……正直に言うと、ホノカちゃんとヒノカ君が来てくれて、私は嬉しかったです。二人の顔を見るとほっとしますから」


「えっ? え~~? それは嬉しいなぁ。ねぇ、ホノカ」


「はい。シノブさんにそう言ってもらえると、ちょっと照れますね、ヒノカ」


 双子はにこにことはにかんだ。

 昔からお世話になっているシノブにそう言われるのは、何より嬉しい。

 少し気持ちが明るくなってきたタイミングで、三人は会議室に到着した。


 両開きのドアの上に『会議室』と書かれている。

 シノブはそのドアを軽くノックすると開いた。

 中ではすでに、日向隊・月花隊の隊員達が整列をして、ホノカ達を待っていた。

 

「…………」


「…………」


 ドアが開くと同時にこちらへ視線が集まる。

 歓迎されている――という雰囲気はあまり感じないが、とりあえず迎え入れようという気持ちはあるようだ。

 ふむふむ、と思いながらホノカとヒノカはシノブに続いて中へ入る。

 歩きながら両隊の隊員達に目を向けた。


 日向隊は男性四人の隊、月花隊は女性四人の隊だ。

 合計八人。帝都全体で発生している<怪異因子>に対応する隊としては、人数がだいぶ少ない。

 ホノカ達が配属されていた地方の隊の方が、もっと人数が多かった。

 ただこれは、元々上限がこの人数――というわけではなく、色々あって隊に残ったのがこの八人だけ、という話だったはずだ。

 ミロクから聞いた話を思い出しながら、ホノカは事前に読んだ隊員達の資料を頭の中に思い浮かべる。


 日向隊に所属している軍人は、嵐山ウツギ、朝比奈アカシ、大門ヒビキ、佐々木スギノ。

 月花隊に所属している軍人は、篠塚トウノ、神崎ユリカ、五十嵐イチコ、住良木セツ。

 彼らは出自や経歴、年齢も違っているが<怪異因子>に対処するにあたっての能力的には優秀な者達らしい。


 ――――のだが。


(それはそれとして、空気がとても悪いですね)


 ただ並んでいるだけなのに、ギスギスした何かを感じる。

 よく見れば日向隊と月花隊の隊員達の一部は、並んで立っているにも関わらず、お互いの顔を見ようともしていない。


(これは結構根深そう)


 そんな事を考えながら、隣のヒノカに目を遣ると、彼もそれに気づいたらしい。声を出さずに口だけ「うわぁ」と動かしていた。そう言いたくなる気持ちはホノカもよく分かる。


 だが、それでも隊長を迎える場という事もあってか、喧嘩をし始める様子はない。

 やる気というものは、それぞれの表情からもまぁまぁ感じられないが、一応弁えてはいる様だ。

 なるほどとホノカは心の中で頷く。


 そんな事を考えているとシノブが、

 

「こちらが本日より、日向隊、並びに月花隊の隊長に就任されました、御桜ヒノカ隊長と御桜ホノカ隊長です」


 と二人の紹介をし始めた。

 名前を聞いて、隊員達が「御桜……?」と反応を見せる。

 おや、と思った。

 どうやら隊長が来るという事は聞いていたが、名前等については知らされていなかったらしい。

 シノブがそんなミスをするとは思えないので、これもミロクの指示だろう。

 一人の隊員が「御桜って……」と言いかけた時、それを遮ってシノブが「では隊長、よろしくお願いします」とホノカ達の方を向いた。

 さすが、上手い。シノブのさりげない話題の遮り方に、ホノカは感心した。


 御桜、という名前で隊員は反応をした。

 実際に双子は、二つの隊の初代隊長だった御桜ミハヤの子供だ。

 だが今、この場に、それは関係ない。

 どこの誰であろうと、隊長として配属されたらその人が隊長だ。

 そういう風にホノカ達は動くべきだし、彼らもそういう風に対応するべきだ。


 だからミロクは、どんな隊長が来るかを彼らに言わなかった。

 シノブもそれに関しては同じ意見だったのだろう。


 シノブの話では、今まで配属された隊長は、悉く辞めていたという。

 仕事が合わないとか、両隊の指揮が大変だとか、本人の性根云々がとか、そういう部分もあるだろう。

 けれど恐らく、それだけじゃない。

 ミロクとシノブが取った行動で、ホノカは一番の理由を理解する。

 恐らく彼らは『御桜ミハヤ』と他の隊長を比べていたのだ。


 両隊の隊員は、隊長の指示に従わないとミロクは言っていた。

 つまり御桜ミハヤのようではない隊長に、従いたくないという意思表示でもある。

 

 なるほど、なるほど。

 心の中でそう呟き、双子は笑顔を浮かべて、一歩前に出た。 


「ただ今ご紹介に預かりました。御桜ヒノカです。階級は銀壱星。不慣れですが、よろしくお願いします」


「同じく、御桜ホノカです。階級は同じく銀壱星。未熟者ではありますが、どうぞよろしくお願い致します」


 挨拶をすると、双子は揃って軽く頭を下げる。隊員達からは、探るような目を向けられている。

 この辺りは想定の範囲内だ。

 問題はここからである。顔を上げ、シノブへ目を向けると、彼女はしっかりと頷いてくれた。


「御桜ヒノカ隊長は月花隊を、御桜ホノカ隊長は日向隊を受け持つ事となります」


 シノブがそう説明すると、案の定、両隊から動揺の声が上がった。


「どういう事ですの? 月花隊の隊長には、女性の方がいらっしゃると伺っていましたのよ?」


 最初にそう聞いてきたのは、月花隊のユリカだ。マガレイトにした黒髪が特徴的な女性だ。歳は双子より二つ上の十八歳。

 きっと目を吊り上げて言うユリカの言葉を「それが、少々事情がありまして……」とシノブは受け流す。

 さすがに司令の仕業です、とは言えないだろう。

 濁して説明するシノブの言葉をホノカとヒノカは補足する。


「上の方で、書類が行き違いになってしまったようで」


「僕達もシノブさんも、今さっき知ったところでね」


 そう言うと、一同はぎょっとした顔になった。


「はあ!? 何だそりゃ。上の連中、いい加減な仕事を……」


 噛みついてきたのは朝比奈アカシ。粗暴な雰囲気が感じられる、赤毛で大柄の男性だ。歳は二十五。二つの隊の中で一番の年上だ。

 

「そこには同意しますが、決まってしまったものは仕方がありません。責任者に確認をしましたが、ひとまずは書類通りに、との事です。月花隊にはヒノカ隊長、日向隊にはホノカ隊長の指示に従って頂きます。これは決定事項です」


「シノブさん、それはちょっと強引すぎやしませんの?」


「すみません……」


「待って待って、シノブさんが悪いわけじゃないだろう?」


「そうですよ。シノブさんだって、さっき聞いたばかりでしょうに」


 責められているシノブを庇ったのは、日向隊の嵐山ウツギと月花隊の篠塚トウノだ。

 ウツギは黒髪の好青年と言った風体で、トウノは同じく黒髪を一本三つ編みにした真面目そうな女性だ。

 歳はウツギが二十二歳、トウノが二十歳だったな、とホノカは頭の中に記憶した資料と照らし合わせる。


 二人が宥めているものの、空気は相変わらずピリピリしたままだ。

 さて、ここの辺りでそれこそシメた方が良いだろう。そう考えたホノカはヒノカと目くばせし、


「まぁまぁ、一応、僕もホノカも、どの隊にも適応出来るように訓練を受けているから、大丈夫大丈夫」


「ええ。最初の内はご迷惑をおかけするかもしれませんが、足は引っ張りませんので。今回は納めて頂けませんか?」


 と言って、ね、と揃って微笑んで見せた。

 下手に、それでいて反論し辛い物言いで、そして一番の笑顔で。双子はそう言ってのける。

 この辺りは司令であるミロクの真似事だ。話し合い等で波風を立てない時に、ミロクが良く取る手だ。

 面倒くさい権力者の中で、司令まで上り詰めたミロクの言動には、何だかんだで学ぶべきところがたくさんある。

 で、それを学んだ結果がこれである。

 シノブからは「良くないところが似てしまった」と呟く声が聞こえたが、聞こえないふりをした。


 さて、そんな双子の言葉に、隊員達もしぶしぶと言った様子で頷く。


「……分かりましたわ。こちらこそ初対面の方に、文句を言って申し訳ありませんでした」


「ああ。……あんたらも緊張してるだろうに、悪かったな」


「いえいえ」


「お互いさまです、お気になさらず」


 にこにこ笑う双子に毒気を抜かれたらしく、隊員達は落ち着いた様子になった。

 シノブが胸を撫で下ろすのが見える。

 もう少し噛みついてくるかと思ったが、年下という事もあるのか、それとも苗字のせいなのか、彼らはあまり強く当たってはこなかった。


「では、ヒノカ隊長の案内にはトウノさん。ホノカ隊長の案内にはウツギ君、お願い出来る?」


「分かりました」


「了解です」


 シノブの言葉に、先ほどシノブを庇った二人が一歩前に出た。

 呼ばれた辺り、恐らく彼らが両隊のまとめ役なのだろう。

 そんな判断をしながら双子はお互いに、


「それじゃホノカ、あとでね」


「ええ、ヒノカ、あとで」


 と声をかけあい、会議室を出た。

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