第四話 塗り分けられた桜花寮 上

 阿良々木から話を聞き終えた後、ホノカとヒノカは猫を連れて現場を離れ、再び馬車に揺られながら自分達が就任する隊の隊舎しごとばへと向かった。


 その建物の名称を桜花寮おうかりょうと言う。

 帝国守護隊の中で、帝都を脅かす不可解な怪異や異変に対処・解決を専門とする、二つの隊に宛がわれた隊舎である。


 一つは荒事専門の前衛部隊である日向隊ひなたたい

 もう一つは情報収集と後方支援を担当とする月花隊げっかたい

 それぞれが役割を担い、協力し、スムーズに<怪異因子>から帝都を守る、というコンセプトの元に作られたのがこの二つの隊だ。


――――ただ、今は見る影もないが。


 この二つの隊は、ある事件を引き金に落ちぶれて、かつては帝国守護隊の花形、帝都の星とまで呼ばれていたその評判は地に落ちている。

 それでも辛うじて仕事はしているものだから、帝都市民の反応はまだマシな方だ。

 しかし同じ帝国守護隊の軍人からは、名前が出るだけで顔を顰められるほどに、悪く見られている。

 しかも外ではなく内側の、日向隊・月花隊の仲もすこぶる悪くなっていると言うではないか。


 一応、ホノカ達もそのきっかけが何であるかは、何となく理解は出来ている。

 ただ、どう仲が悪いのかとか、どうしてそこまで関係が悪化したのかとか、経緯については詳しい事を知らない。


(まぁ単純に、諸々が悪循環だったから、とか。性格が合わないとか、そういうのの積み重ねかもしれませんけれど)


 この辺りはミロクもあまり情報を出してくれなかった。

 ミロク曰く、


「人から聞くより実際に見た方が良い」


 との事だ。ただ、まぁ、手が付けられないレベルの状態であればミロクも言ってくれるはずなので、ホノカ達はそこまでは心配はしていない。

 とりあえずミロクの言う通り、まずは顔を合わせてみて、様子をみてみようとホノカ達は考えていた。 


 ――――のだが。


 隊舎へ到着して、その建物を見上げて、双子はポカンと口を開けた。


「あのさ、ホノカ。ここで合っているはずだよね……?」


「ええ、そのはず……なのだけど」


 ヒノカからそう聞かれたホノカは、腕に抱えた黒猫を撫でながら、歯切れ悪くそう返した。

 双子が困惑している理由は、目の前に建つ桜花寮だ。

 奇妙な事にこの建物は、白色と黒色で、きっちり真ん中から左右で色分けされている。


 何故。


 ホノカとヒノカは同時にそう思ったが、何故と考えて浮かんで来るのは両隊の仲の悪さである。

 桜花寮は日向隊と月花隊が共同で使用している。

 だから、まぁ、つまり。


(分けたんだろうなぁ……)


 ホノカは何とも言えない気持ちで心の中で呟いた。

 恐らく、どちらか片方の色側が日向隊で、もう片方が月花隊が利用している側の隊舎なのだろう。


「仲が悪いとは聞いていたけれど、隊舎まで塗る分ける必要なくない……? こういう遊戯盤、見た事があるよ、僕」


「ああ、確かに。……それにしても本当に、ちょうど真ん中で塗り分けられていますね。境界線もガタガタじゃありませんし」


「これまさか、内装もそうなっていないよねぇ」


「いや、まさかぁ……。……いえ、さすがに無いと良いんですけれど」


 ヒノカの言葉に、ホノカもそれは無いだろうと思ったが。

 目の前のこれを見てしまうと、やっていないだろうと言い辛い。


「っていうかさ、帝国守護隊から与えられた隊舎にここまでする? そもそも帝都市民の税金で出来てるんだよ? 僕達が普段、ミロクさんに怒らている比じゃないでしょ、これ」


 桜花寮を見上げ、ヒノカは指で頬をかきながら苦笑する。

 ホノカは「そうですねぇ」と頷きながら、改めて隊舎を端から端まで見た。


 桜花寮は向かって右側が黒色に、左側が白色になっている。

 左右対称の建物に施された美しい桜の模様ですら、情緒の欠片もまるでなくそれぞれの色に塗られていた。

 何となくだが、外観と色合いが微妙に合っていないな、とホノカは思った。恐らくはもともと白色でも黒色でもない色だったのではないだろうか。

 ホノカは、ううん、と微妙な気持ちで桜花寮を見上げながら、


「ねぇヒノカ。元の色は何だったんだと思います?」


 と双子の弟に聞いてみた。

 ヒノカは顎に手を当てて少し考えた後、


「白じゃないとなるとそうだなぁ。薄い桜色か、もしくはえんじ色とか? ほら、帝都駅みたいなさ」


「ああ、それは合いそう」


 ヒノカの言葉に、頭の中でその色の桜花寮を思い浮かべる。それならば外観と合っていると思う。

 この建物を考えた建築士があまりに不憫にホノカは思えたので、建てられた当初の色を知る事が出来たら、改めて塗り直しを提案したいものである。


 そんな話をしながら二人が桜花寮を見上げていると、キィ、と音を立てて玄関が開いた。

 そこから出てきたのは艶やかな長い黒髪を揺らした、眼鏡姿の美人だ。

 ホノカとヒノカが「あ」と声を出す。よく知っている人物だったからだ。


「シノブさーん!」


 ヒノカが名前を呼んで、右手をぶんぶん振る。彼女もこちらに気付いて軽く手を振り返してくれた。

 シノブこと、御厨みくりやシノブ。

 双子の上司の浅葱ミロク司令の補佐官を務めている女性だ。


「すみません、お二人とも。お待たせしました!」


「こんにちはー! いえいえ、全然!」


「こんにちは。私達、今、到着したばかりですよ。お世話になります、シノブさん」


 ホノカが頭を下げると、ヒノカもそれに続いた。

 シノブは「こちらこそ、よろしくお願い致します。ヒノカ隊長、ホノカ隊長」と、礼を返してくれた。

 昔からよく知っているシノブから隊長、と呼ばれると感慨深いものがある。


「シノブさんからそう呼ばれると、何だかくすぐったいですね」


「ふふ。お二人とも、立派になって。嬉しいです」


 照れくさそうなヒノカとホノカに、シノブはそう言って微笑んでくれる。

 美人が微笑むと強烈な破壊力である。双子は思わず、そろって顔を赤くした。

 そんな双子に向かって、シノブは今度は心配そうな表情を浮かべる。


「……でも、本当に良かったのですか? その、もう見て分かると思いますけれど、ここ・・はあの塗り分け通り真っ二つで。しかも、隊員達にも問題があって。来る隊長が悉く辞めてしまっているんです」


「一応、現状の話はミロクさんから聞いていますし、前任者の報告書も読んできましたから。でも実際に目にするとすごいですねぇ。建物まで塗り分けてしまうなんて」


「あの子達、許可を強引にもぎ取って、自分達でやっていたんですよ……」


「それはまた……。よく上が許可を出しましたね」


「そういう時だけ結託するんですよ……」


「行動力がすごいと言うか何と言うか……」


 ヒノカがぎょっとしてそう言うと、シノブも「本当にそうですよ」と肩をすくめた。

 塗装を業者に頼んだのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。ホノカは驚きながら桜花寮に目を向けた。

 建物自体は結構な大きさだが、これを自分達で塗ったのかと思うと、呆れ半分、感心半分の気持ちになる。

 とりあえず、これだけ大掛かりな事を今の人数で出来るなら、基本的な体力は落ちてはいなさそうだ。

 後はどれだけ動けるかだけれど、と、そんな事をホノカが考えていると、


「ま! そういう隊の方が、上のお偉いさん方にとってはちょうど良かったんでしょう。ほら、僕達って、目の上のたんこぶみたいなもんですし?」


 と、ヒノカがおどけた調子でそう言った。

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