第三話 黒猫と殺人現場 下

「猫だねぇ。にゃーん」


「黒猫に目の前を通り過ぎられてしまうと縁起が悪い、とは言いますが。この場合はどちらなんでしょうね、にゃーん」


「何故この場で猫語を」


「挨拶してくれたから」


 ホノカとヒノカがそんな気の抜けたやり取りをしていると、阿良々木は目を丸くする。


「お二人はもしや、猫の言葉がお分かりになるのですか?」


「いいや、全然」


「はあ……」


 ヒノカが首を横に振ると、阿良々木は困惑しながらそう言った。

 まぁ無理もない反応だ。この辺りは司令のミロクからたまに、


「お前らな、相手が混乱するからそういうのやめろ」

 

 なんて注意をされる事がある。

 こういうやり取りをしながら、思考を柔軟にしつつ、頭の中で上方の整理もしているのだが、それは双子だから伝わる事で、他人からはとても分かり辛い。

 実際に、阿良々木は双子の会話を聞いて、何だか良く分からない、といった顔をしている。


「阿良々木さんは猫がお好きですか?」


「え? あ、はい。好きな方です」


「そうですか、私もなんですよ」


「僕も好きなんだけどねぇ」


「はぁ……」


 ホノカとヒノカが相変わらずのやり取りをしていると、阿良々木は困ったように首を僅かに傾げた。

 そしてどうしたものかと少し考える素振りを見せたあと、軽く頷いて顔を上げる。


「あの、隊長。あそこの猫なんですが、通報を受けて駆け付けた時には、すでにそこにいたんです。その時からずっと被害者の傍にいて、離れようとしないんですよ」


 それからそう続けた。とりあえず話を進める事を選んだらしい。 

 変な流れになってしまったにも関わらず、きちんと報告をしてくれる辺り、彼は本当に真面目な性分なのだろう。

 いつもの会話のノリでしてしまって、少し申し訳なかったなとホノカは思いながら、


「なるほど。話を聞いた感じだと、被害者の飼い猫ですかね。リボンも女性物

に見えますし。その辺りはどうです?」


 と聞けば、阿良々木は頷いて、


「可能性は高いかと。今現在、調査中であります」


 と、ハキハキと答えてくれた。

 実に聞き取りやすい声量と、簡潔で分かりやすい言葉選びだ。とても話がしやすい相手である。

 ふと、ホノカの頭に『髪がちょっと燃えちゃった轟』が浮かんで来た。

 もし彼ではなく、阿良々木と同じ班であったら、今までの任務がどれだけスムーズに進んだだろうか。阿良々木とであれば相談しやすいし、連携も取りやすそうだ。


――もっとも、話がしやすいとかしにくいとかのあれは、双子にも原因はあるのだが。


 そんな事など棚に上げて、ホノカが遠い目になっていると、ヒノカも同様の事を思ったのだろう、目がほんの少し虚ろになっていた。


「ねぇホノカ。何でこうじゃなかったんだろうね……」


「そうですね、ヒノカ。仕事、絶対楽でしたでしょうし……」


「あ、あの、お二人とも、涙ぐんでどうされました……?」


 突然目の前で、心底疲れた声でそんな事を呟いたものだから、阿良々木はあわあわと焦った様子になった。

 言われて気付いたが、どうやら涙まで出そうになっていたらしい。

 双子は指で目を拭くと、


「大丈夫、何でもありません。あなたはそのままでいて下さいね」


「汚れずに真っ直ぐに育ってね……」


「は、はあ……」


 何か母親みたいな事を口走っていた。

 この人達、大丈夫だろうかと、阿良々木の目が物語っている。

 大丈夫ではないかもしれない。だがまぁ、それはそれとして、今は事件の事である。


「ところで、まさかあれから事情聴取しろとか言うんじゃないよね? さすがに大天才の僕でも、猫との会話は無理だなぁ」


「ミロクさ……浅葱司令なら言いそうですけれど。さすがにないですよね」


「はい。浅葱司令からの指示では、重要参考猫……的な扱いで良いとの事です」


 重要参考猫的な扱いとは、一体どういう扱いだろうか。

 今まで一度も猫を重要参考猫として扱った事のない双子は少し困惑した。とりあえずは猫を保護でもすれば良いのだろうか。

 そう思ってホノカはしゃがむと、猫に向かって手を振った。するとホノカに気づいた猫はしばし見つめた後、のそり、と立ち上がり、近寄って来た。

 そしてホノカの前で止まると、顔を見上げて「にゃあ」とひと鳴き。それから軽捷な身のこなしでホノカの腕の中に納まった。


「かあいらしい」


 ホノカはそう呟いて猫を抱いたまま立ち上がる。猫はホノカの腕の中で、ごろごろと喉をならしている。

 どうやら腕の中がお気に召したらしい。

 それを見てヒノカが口を尖らせる。


「相変わらず猫に好かれやすいよね、ホノカは。僕には全然懐いてくれないのに。いいなぁ」


「あら。でもヒノカは犬に好かれやすいじゃないですか。私は吼えられてしまいますよ」


「あのう……」


「ああ、ごめんね。それでは、続きを聞いても良いかい?」


「はい。被害者は帝都在住の間内まうちキヨコ、二十三歳。白椿館しろつばきかんという娼館で働いていたそうです」


「間内……あ、もしかして間内呉服店と関係がある?」


「はい。あの店の一人娘だそうです」


 阿良々木は頷いた。ふうむ、とヒノカは顎に手を当てて唸った。


「間内呉服店は厳しい家柄だと聞いていたけれど、何でまた娼館で働いているんだろう」


「被害者は両親と折り合いが悪く、そのせいで三年前に家を出ていたらしいですね」


「なるほど」


 実は切り裂き男が狙った相手はただ一件を除いて、、、、、、、、全て女性――その中でも娼婦の被害が多かったのである。

 だから最初に間内呉服店の身内だと聞いて驚いたが、納得はした。経緯は分からないが、生きて行くためにその職業を選択したのだろう。


 双子は遺体に近づき、シートをめくる。そして遺体に向けて手を合わせてから確認した。

 ひと言で言うと酷い有様だった。繋がっている事が奇跡的なくらいに、切り刻まれていると言っても過言ではないくらい、めった刺しにされている。

 よくもこれだけ残酷な事が出来るものだと、犯人に対してふつふつと怒りがこみあげてくる。


「……このやり口は<怪異因子>と言うより、切り裂き男のものに近いね」


「ええ。ですが、おかしな話です」


 ホノカは怪訝そうに目を細くし、

 

「切り裂き男はつい先日、捕まったはずなのに」


 と言った。

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