第一話 異動命令

 この国を守る<帝国守護隊ていこくしゅごたい>。

 その中にある<怪異因子>の対処を専門として行う隊の統括をしている司令の部屋に、ホノカとヒノカは呼ばれていた。

 この部屋の主は浅葱あさぎミロクという、眼鏡と顎髭が特徴の飄々とした雰囲気を纏った中年男性である。そしてホノカ達にとっては縁の深い相手である。


 さてそんなミロクだが、自分の机に座って、組んだ手に顎を乗せて、何とも言えない呆れ顔を浮かべていた。

 その眼鏡越しの目が見ているのは、もちろんホノカとヒノカだ。


「お前らなぁ……出動するたびに騒ぎを起こして帰ってくる癖、どうにかならねぇのか?」


 ハァ、とため息まで吐いてミロクは言う。

 彼が言っているのは恐らく先ほどの任務の件だろう。けれどもホノカとヒノカには思い当たる節が無い。

 うーん、と双子は揃って首を傾げる。


「騒動? 何かありましたっけ? 大天才の僕が大活躍! ……くらいしか浮かばないですけれど。ねぇホノカ、何かあったっけ?」


「さて、これと言って特に。今回の出動は、被害も最小限でしたし。討伐に掛った時間も短いです。むしろ褒めて頂いても良いくらいでは?」


 二人がそれぞれそう言うと、ミロクはもう一度不覚ため息を吐いた。


「揃ってすっとぼけなさんな。轟木のボンボンの髪を燃やしたらしいじゃねぇか」


「轟木……」


 じろり、と見られながら言われて、双子はようやく思い出して、ポンと手を鳴らした。

 轟木というのは、先ほど<怪異因子>討伐の際に突然飛び出してきて、腰を抜かしていた少年の事だ。


「ああ~、彼か。でもさ、ミロクさん。燃やしたって言ったって、毛先がちょっと焦げたくらいじゃない」


「そうですとも。それに、あの人が急に<怪異因子>の前に飛び出して来たんですよ。あれは不可抗力です」


「不可抗力~? 急に飛び出したっつってもよ、あれはお前らの班の奴だろ?」


「ええ、まぁ、一応はそうなんですけどね」


 怪訝そうな顔のミロクにヒノカは肩をすくめて見せた。

 ミロクの言う通り、件の彼は双子と同じ班の人間だ。

 帝国守護隊には<怪異因子>討伐では、三人ないし四人一組で行動せよ、という決まりがある。

 それでホノカとヒノカは轟と組んでいたのだが――彼には少々問題があるのだ。


「隊長の指示を聞かない、作戦会議に参加しない、伝えた作戦を無視して<怪異因子>の前に飛び出す。しかも出てきておいて<怪異因子>を見て怯えているものだから、戦力にすらならなかったよ」


「そもそも今回だって、私とヒノカで勝手にやっていろって途中でいなくなってしまいましたし。まぁでも、通信は聞いていたみたいですね。まさかあそこで飛び出すとは思いませんでしたけれど」


「マジかよ」


 ホノカとヒノカがそれぞれそう言うと、ミロクは半眼になった。そしてガシガシと手で後頭部を乱暴にかく。


「どうしようもねぇな……。ちなみにボンボンの親……じゃなかった、轟木司令は『うちの愚息が申し訳ない』だとよ。引き取って、一から鍛え直すそうだ」


「はあ。ですが、彼、軍属には向いていないと思いますよ」


「勤務態度も悪かったもんねぇ。遅刻に無断欠勤、出動時には命令無視、あと何だっけ?」


「勤務時間にデートと賭博です。班で行動するのが基本の<怪異因子>討伐で、まともに三人で行動したのなんて三回くらいですよ」


「うわ、ひでぇ……三度目の正直にもなりゃしねぇ」


 ミロクがげんなりした顔になる。

 しかし「だが」と続けて、


「それでも親心って奴なんだろうさ。何とかしてやりたいってな」


 と言った。

 親心という言葉に、双子が目を瞬く。

 それから顔を見合わせて「まぁ、それは仕方ないか」と言った。

 そんな双子を見ながら、ミロクが思い出したように、


「あ、そうそう。ちなみにそいつ、お前らの事を逆恨みしているらしいぞ」


 なんて言い出した。

 げぇ、とヒノカが嫌そうな顔になる。


「何かちょっと良い話の後に、絶妙に嫌な情報が入って来た」


「逆恨みですか。ミロクさん、それ、返り討ちにして良いですか?」


「駄目。面倒くさい事になるから駄目。逆恨みで何かしたら、怪我させない程度に向こうが有責になる形で終わらせろ」


 とりあえず、こちら側の責任にならないように何とかしろ、という事だ。

 言っている事が司令のそれではないのだが。

 この親父は、などと思っている双子をよそに、ミロクは「さて」と話を変える。

 表情が真面目なものに変わった。


「で、だ。その関係ってわけでもないんだが、お前達に異動命令が下った。っつーか、俺が提案した」


「異動?」


「ここ帝都に<怪異因子>専門の隊があるのは知っているか?」


「それって……」


 知っている。知らないはずがない。ホノカとヒノカは目を見開いた。

 帝都を<怪異因子>から守るために結成された<日向隊ひなたたい>と<月花隊げっかたい>という二つの隊の事だ。

 日向隊が攻めを、月花隊が守りの役割を担当している。


 帝都を脅かす<怪異因子>を討伐し、帝都市民の安全を守る。

 それを主に行っているその二つの隊は、帝都市民の憧れの的だった。


――――数年前までは。


 その隊を率いていた初代隊長が、六年前に、とある事件で亡くなった後。

 派遣されてきた隊長は<怪異因子>討伐の仕事と、二つの隊を指揮する大変さ事に合わず、交代を繰り返していった。


 その内に、御桜ミハヤの分まで頑張ろうと仕事をしていた隊員も、御桜ミハヤや両隊に憧れて入った隊員も一人辞め、二人辞め。それに伴い評判もどんどん落ちて行き。

 最後に残った者達も、周囲からの評判のせいで、実力はあってもやる気や覇気のない者達ばかりになっていた。


 その、初代隊長。それがホノカとヒノカの父、御桜ミハヤだった。


「その隊な、まー、解体案が出てるんだよ」


「評判の悪さは聞いていましたけれど。しかも両隊の仲も悪くなっているんですよね?」


「そう、それそれ。付け加えると隊の連中は隊長の指示を聞かない、単独行動が多い、やる気がない、出動すれば騒動を起こしてくる」


「どこかで聞いたような話ですね」


「指示を聞かないのと、やる気がない二点を除けば、まんまお前らだよ」


「僕ら半分なのに……」


 肩をすくめてみせるヒノカに、ミロクは苦笑する。


「ま、そんな理由でな。解体して、おおもとの帝国守護隊に併合した方が良いんじゃないかって、話が出ているんだよ」


「そう……ですか」


 ミロクの話を聞いていると、ホノカは何とも言えない寂しい気持ちになって来る。

 今はどうしようもない隊になっていても、それでも父が隊長を務めていたところだ。

 思う所は、ある。

 そんなホノカを見ながら、ミロクは話を続ける。


「しかしな、日向隊と月花隊は腐っても<怪異因子>専門の隊だ。知識はあるし、実力はある。今がどうしようもなくても、両隊の名前を出せば市民に安心されるくらいには、まだ信用されている。だから解体するのはもったいねぇってのが、俺の意見だ」


 そこで、とミロクは続ける。


「ホノカ、ヒノカ。お前らに、その隊に異動して貰う」


「私達が?」


「そうだ」


「厄介払いとかではなく? 問題児には問題児をぶつけるとかそういう?」


「自覚してんなら直して欲しいもんだがね。お前さん達に協調性がないって事、上から問題視されてるぞ」

「はあ。同調圧力って嫌だねぇ」


「そもそも協調性は、強制されるものではありませんし」


「馬鹿野郎」


 ぺしり、とミロクは手で軽く机を叩いた。

 さすがにちょっと言い過ぎだったらしい。ホノカが「すみません」と謝ると、ミロクは小さく息を吐き。それから心配そうな顔で双子を見た。


「……お前さん達にはもう少し、外を見て欲しいよ俺は」


「外なら見てますよ、いつもね」


「ええ。情報は大事ですので。……でも、間に合いませんでしたけどね」


 ぽつり、とホノカは呟く。ヒノカも自嘲気味に笑って目を伏せた。

 ミロクはそんな二人に、一瞬、痛ましい眼差しを向ける。

 だがすぐに、表情を戻し、


「そうじゃねぇっての。……ま、そういう事情だ。総司令の許可は下りているから、異動は決定事項だ」


 と言うと、ス、と書類の入った封筒を机の上に置く。


「日向隊、月花隊。それぞれの隊長として派遣する。――――返事を、御桜ホノカ銀壱星ぎんいちせい、御桜ヒノカ銀壱星ぎんいちせい


 <銀壱星>とは、軍での階級を示す言葉だ。

 そして<銀壱星>は、連隊長を任される階級でもある。

 ホノカとヒノカは最年少で、その階級を得た。


 司令らしいミロクの言葉に、


「ハッ! 承知しました!」


 と、ホノカとヒノカは敬礼したのだった。

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