【第5講】〜願いと愛と2〜

 血に飢え切った櫂斗は飢えとはこう言うものなのか、と思っていた。

 駆け寄るのは学校の教室から飛び出してきたのだろう駁だった。


 ああ、今は何も制限することができないな


 櫂斗は薄ぼんやりと感じながら、眠ってしまった璃美を抱えていた。

 

「……櫂斗さん!」


 ああ、と絞り出した声は掠れていた。駁は全てを察した顔で、近づいてくる。

 急いだ様子で、櫂斗に触れる。


 櫂斗はゼーゼーと息を切らしており、今までの経験がなかった血の不足である。


「櫂斗さん血いりますか」

「だめだ」

「いえ、いいんです」


 櫂斗の顔に首筋を近づける。

「お前は弱いんだ」

 櫂斗は足掻いた。駁は普通の人間に毛が生えた程度の吸血鬼だ。

 すぐに死んでしまう。

「いいんです。言ったでしょう。

 命あげますから」

「いらない。 待ってれば人が来るはずだ」

「うるさいです! とっと吸ってください」


 そう言うと息も絶え絶えの櫂斗の口に首筋を含ませた。

 啜る音が聞こえる。確かにお互いに飲んできた仲だ。

 だが、そもそも駁は体が弱い子供だった。


 入院中を脱走しているのを見つけたのが櫂斗だ。

「僕を殺すのは櫂斗さんでいいんです」

 弱い子供を殺す。それだけで気がひけるのに、自分に捧げると言って利かない少年。

 自分の招いたことなのにと思い、口を離そうとするにもできない自分の本能。

 櫂斗は嘆いていた。


 気づいたら涙が溢れてきていた。


 璃美に恨まれてもそれは幸せだったが、璃美のいない5年間そばにいたのは駁だった。

 大事にしていた。璃美の時のような情熱は確かになかったかもしれないが、いたおかげで、安らいだ部分は多くあった。


 その駁を櫂斗は自身で殺そうとしている。

 わかっているのに、殺してしまいそうになっている状態から止められない自身の弱さを始めて知った。


 吸血鬼であることをこれほど恨んだことはない。


 口を離すと、そこには死にかけの駁がいた。

「……全部言ってくれないのが悪いんですよ」

 笑う駁。泣いているのは櫂斗。

「俺が悪かった」

 手を握ると握り返す力も真っ当にない駁は櫂斗に倒れ込んだ。

「どうせ、明日死ぬ命だったのが、5年も伸びたんです」

 息も絶え絶えに言う。

「でも」

「僕は--」

 駁はその言葉を最後に、目を閉じた。

 櫂斗は泣きながら目を閉じ、思いだす。


 あれは璃美を吸血鬼に変えてから数ヶ月後の出来事であった。

 死にかけの少年が、急いで走ろうとするも走ることもできずに息絶え絶えに歩いていた。

「坊や、どこに行きたいの」

「海」

「……僕ね、君を助けれると思うんだ。

 海、見たいだろう?」


 今にも死にそうな少年は自分の話に怪訝そうにした。

「病院は嫌ですよ。どうせ明日死ぬと言われているんですから」

 ゆっくりと、ただ冷静だった。

「僕、吸血鬼なんだよ。普通の人くらいの寿命にはできるんだ」

「……」


 少年は怪訝そうにするので、牙を見せた。

 まだ赤い髪の頃だったから見た目でわかると思ったがそうでもないらしい。


「助けてくれるんですね?」

「そうだな、こうしよう。

 僕が君を海まで連れて行ってあげる。

 それで満足ならいいし、生きたいなら吸血鬼にしてあげるよ」

「……わかりました」

 背中におぶって海まで行った。お金が櫂斗も多少あった頃で、タクシーも使った。

 

 海は綺麗で、どこまでも続いていっているようにも思えた。

「僕は、クラゲになりたいんです」

 少年は独り言のように言った。


「そっか。

 どうする?

 欲は出た?」

「出過ぎて困ってるんです」


 そして彼は吸血鬼になった。

 本当の名前も知っているが、頑なに名乗った駁と言う名前。

 それを見ていると可愛らしくて、ただ少しマセていて。



「ああ、俺は紗羅をとって、駁を殺したのか」

 独り言は土に落ちる。

 救急が来てももう遅い。

 5年。

 もっと生きられた。


 櫂斗は後悔の中、一人立ち尽くしていた。

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ブラッディ・シンドローム 梅里遊櫃 @minlinkanli

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