第3話 現実

 俺はブランコを漕いでいた。


 面白くなって目一杯座り漕ぎをしていた。


 一回転してしまうのではというほど勢いが出ていた。


 突然、目の前に女が現れた。


 顔はわからない。


 だが、いい女だった気がする。


 俺は気にすることなく、そいつを蹴飛ばした。


 ドカッ。


 そいつは高々と宙を飛んだ。


 俺ってすごいな。


 途中、そいつは何かを手放した。


 見ると、小さな赤ん坊だった。


「なんか悪いことしちゃったなあ」

 俺はそう言った。




 がばっと掛け布団をめくる。


 なぜか泣いていた感覚があった。

 目を拭うと涙の跡がある。


 何か大切なものを失った気がしていた。


 だが、ここは変わらぬ我が家で、六畳一間の狭苦しいアパートだった。

 綿の薄くなった布団に寝転がったまま、寝返りを打つ。


 そろそろ仕事を始めなくてはいけない。

 随分、仕事をしないままだったので、すっかり貯金が底を尽いた。


「ああぁ、働きたくねえな~」

 まあ、そもそも高校を中退してから働いては辞めを繰り返しているので、きちんと働いたことはないのだけど。


「ああ、ダリィ」

 最近、妙に熱っぽいし、うなじに違和感がある。


 ボリボリとうなじをかく。

 痛みと共に、快感もあった。


 体がだるい。


 寝床のそばには半分ほど水の入ったペットボトルがある。


 俺はそれを殴って、壁にぶつける。

 この頃、水を飲むと喉がめちゃくちゃ痛い。


 つばを飲んでも痛い。


 だから水が憎い。


 結局、俺は起き上がることができず、天井を見る。


 何か夢を見ていた気がする。


 ブランコを漕いでいたような。


 だけど、俺にブランコは漕げない。


 あの犬を殺した足の感覚がまだ残っていて、気持ち悪いからだ。


 だが、あの公園は取り壊された。

 犬もきっと成仏しているだろう。


 今ならブランコにも乗れるかもしれない。




 了




※狂犬病

発熱、頭痛、倦怠感、筋肉痛、疲労感といった風邪のような症状ではじまり、咬まれた部位の痛みや知覚異常を伴う。

興奮や不安状態、攻撃的状態、水を怖がる、などの脳炎症状を呈す。

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うなじの咬み傷 月井 忠 @TKTDS

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