第2話 現在

 俺はブランコを漕いでいた。

 いつの間にか、小学生に戻っていて、友達はみんな俺を見ていた。


 俺は中学生になってもブランコを漕いでいた。


 学業優秀で生徒会長。

 クラスの女子からはバレンタインデーにチョコをいっぱいもらっていた。


 俺は高校生になってもブランコを漕いでいた。


 妻とは高校生で出会った。

 俺に告白してくる大勢の女子の中に彼女がいた。


 俺は大学生になってもブランコを漕いでいた。


 その頃、起業をして、いろんな経験をした。

 失敗も多かったが、今では成功したベンチャー企業として雑誌に取り上げられることもある。


 俺は幸せだ。

 だから、ブランコを漕ぐ。




 どうにも寝覚めが悪い。


 近頃は頭も痛く、熱っぽい。

 風邪の症状だろうと妻が言うので、内科に行ってみるが解熱剤を渡されるだけで、原因はわからない。


 娘が生まれたばかりだし、会社の方も大変だ。

 体調をくずすのは、仕方ないかもしれないが、大事な時期であるのも確かだ。


 俺は気合を入れ直して布団から出る。


 帰宅すると妻が慌てて迎えた。

 娘が高熱を出したということらしい。


 慌てて妻と病院に駆け込むが、原因はわからなかった。

 病院に娘を残して帰宅することとなる。


 それから数日、病院から思わぬ知らせが舞い込んだ。


 娘が狂犬病にかかっているとのことだった。


「狂犬病?」

 俺は医師に聞き返した。


 昔ならいざ知らず、現代で狂犬病とは。


 しかし、医師の話では現代の日本で狂犬病の発症者はいないらしいが、海外では違うらしい。

 旅行者が帰国した際に発症する例は今でもあるらしい。


 だが、問題は一歳に満たない娘が発症したということだった。

 当然、海外渡航の過去はない。


 それどころか、犬を近づけた記憶もない。


 俺と妻はそう医師に伝えたが、発症の事実は変えられない。

 そして、狂犬病は発症すると確実に命を落とす病だと言われた。


 妻は膝から崩れ落ちた。


 しかし、悲劇は始まったばかりだった。

 小さな子どもを犬から守れず、むざむざと狂犬病にした親というレッテルを貼られたのだ。


 特に妻に対する扱いはひどがった。

 彼女の両親も、どういう子育てをしているのかと詰問した。


 俺の両親にしても同じだった。


 彼女は知らぬ間に家を出ていった。

 小さな子どもを病院に残したまま、行方をくらませた。


 俺は彼女のことを不憫に思っていた。

 だから、彼女を問い詰めたりしなかった。


 だが、守ろうともしなかった。


 出ていったのは当然のことかもしれない。


 そもそも、俺は気づいていた。

 娘が狂犬病になったと聞いた時から、あのやせ細った犬のことを思い出していた。


 公園が壊され、骨が掘り出されたことで、あの犬が復讐にやってきたのだ。


 俺の娘を病によって殺すことで、俺の妻の心を壊すことで、復讐を成し遂げようとしているのだ。


 だから、俺はほっとしていた。

 とりあえず、この身だけは無事なのだ。


 娘と妻が俺の身代わりになってくれる。

 悲しいことだが、自分の身が一番大事だと気づかせてもくれた。

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