第2話 赤いシクラメン 『嫉妬』

 弟が熱を出した。

 それがわかったのは昨日の事。いつものように家族全員で夕食を食べていた。

 その時からずっと蒼汰の目線は上の空で返答も曖昧だった。

「大丈夫? 蒼汰」

「うん……ゴホッ、というかここにいると姉ちゃんに移しちゃうよ」

「別に移しちゃってもいいんだよ? 明日小テストあるかサボりたい〜」

「あはは……姉ちゃんらしいや、ほら。本当に移しちゃうから下に降りててよ」

「はいは〜い。早く元気になってね」

 そう言って蒼汰の部屋を後にしてそのままドアにもたれかかる。


「はぁ……」

 蒼汰がこうやって熱を出したり風邪を引いたりするのはこれまで何度とあった。

 本人はしっかり手洗いうがいなどをして予防していても、体はそんなのを気にせず蒼汰の体は病を身にまとってしまった。 

 そしてその都度、お母さんやお父さんに毎度毎度、心配されているのを見ていると心配とは別の感情が湧き出てきてしまう。

「どうしたんだ? そんなところでため息なんかついて」

「……っ! お父さん……」

「いや、なんでもないよ。おやすみなさい」

 そのままお父さんにも言わずこの感情には蓋をするべきなんだ……きっと。

「待ちなさい」

 その意外な一言で不思議なことに足が止まってしまう。いや、お父さんに腕を掴まれていて逃げれない。

「何か悩んでるみたいだね……ちょっと下でコーヒーでも飲もうか……」

 その時のお父さんの柔らかな笑顔を見て私は白旗を上げて一緒に下へ降りた。


「はい。コーヒー」

「ありがとう…………言わなきゃ駄目?」

「駄目だ。悩んでるのを見てみぬ振りは出来ないからね」

 お父さんといえば昔からこういうところあるんだよなぁ……やっぱり敵わないや。

「実はさ……私、自分の弟に、蒼汰に良くない事を思ってる」

「よくない事?」

 お父さんはそれを聞いてもあまりピンときていない様子だった。

「うん……今、蒼汰熱を出してるじゃん?」

「そうだな……」

「そんな蒼汰に対して『羨ましいな』って思って」

 いつからだろう……ただ心配してたはずが歪んだ気持ちに変わったのは……


「蒼汰はさ……昔から体が弱いから特に母さんに心配されてたじゃん?」

 小一の頃のお母さんの心配そうな眼差しを思い出すとこの感情がもっと増えていく……。

「まぁな。親からすれば心配したくなるよ」

「逆に私はけっこう元気だし、病気なんてインフルぐらいだったでしょ?」

「そうだな〜元気に育ってくれて嬉しいよ」

「けど今の私はそういう風には考えられなくてさ……心配されたかったって言ったら怒る?」

 ついに言ってしまった。これだけは友達にも家族にも黙っておくつもりだったのに……


「楓…………すまなかった!」

「え、え……? お父さん!?」

 突然の謝罪に私は困惑してしまう。

「そうだったのか……楓、お前は少なからず蒼汰の心配されてる状況に嫉妬していたんだな……」

「嫉妬……? 私が蒼汰に?」

 違う……! これはただのどうしようもないただのわがままで、私はこれを抑えないと行けないの!

 そうやって頭の中で否定して続けると自然と瞼に熱いものが溜まっていく……

「ぐすっ……うぅ……」

 手で瞼から溢れていく雫を拭ってもどんどん落ちてテーブルがどんどん濡れていく。

「ごめんな……父さん気づけなくて……これからは母さんも父さんもお前のこともちゃんと見てやるからな。だから楓の元気な姿を俺たちに見せてくれ」

「うん…………うん!」

 

 その日はずっと泣いたまま眠ったので翌日にぐっすりだった。その時に蒼汰にからかわれたけどね……

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