第6話

 それから1週間。


 貴族達の間で色々な情報が飛び交った。


 クラリス王女が王家の威信を下げたとして辺境の地へと追放されたこと。

 ゴリラ令嬢ことメリッサ・マッスルダイアが帰還者トーマス・ダンジョニスタ侯爵令息の手を容易く砕いたこと。

 そのゴリラ令嬢の全力ハグに耐えたジェイクというゴリアテレスの侯爵令息が居たこと。

 ついに嫁き遅れのゴリラ令嬢に婚約者が出来たこと。


 この4つの情報は、色々な意味で貴族達を驚かせた。



 そんな話題の渦中にいるメリッサは、ジェイクに領地を案内して回っていた。


「メリッサは人気者ですね」

「また敬語になっているわ。やり直し」

「メリッサは人気者だね。羨ましいよ」

「あら? ジェイクも十分人気だと思うわ」


 将来、マッスルダイアの領主になるメリッサは当然のこと、ジェイクもまた領民達からの人気を集めている。

 そして、メリッサとジェイクの距離も少しずつ縮んでいた。


「凄い筋肉ですね。どんな鍛え方をしているんですか?」

「毎日腕立てと腹筋背筋のトレーニングを1万回ずつ、10セットしている。君も頑張れば俺みたいになれる」


 領民の子供にペタペタと腕を触られながら、トレーニングの中身を語るジェイクの隣では、メリッサが母親と思わしき女性に囲まれている。

 そして、お互いにぎゅっと手を握り合っているのだ。


「メリッサ様、会いたかったです!」

「私もよ。元気にしてた?」

「あの、メリッサ様……。そんなに強く握って大丈夫なのですか?」


 ブンブンと腕を振るメリッサ達を見て、侍女はいつものように驚いている。

 ここの領民達は、皆身体が丈夫なのだ。


 男爵家の令嬢でもある侍女にとって、この光景はいつまでも慣れそうになかった。



 それから数時間。

 ゴリラを一回ずつ吹き飛ばしてから屋敷に戻ったメリッサ達は、優雅にお茶を……出来ていなかった。


「ああ、またやってしまったわ」

「仕方ありません。ティーカップの持ち手はこれ以上頑丈に出来ませんから。

 ゴリラのようにすぐに回復すれば良いのですけど……」


 すっかりこのことに慣れてしまっている侍女は、呆れた様子を一切見せずに代わりのティーカップにお茶を淹れていく。


「……そうね。

 ジェイクは凄いわ。ゴリラを私よりも遠くに吹き飛ばせるのに、力加減も出来ているなんて」

「俺で良かったら練習に付き合うよ」

「ありがとう! 大好き!」

「俺も大好きだ。愛してる」


 侍女の前でも気にせずに唇を重ねようとするメリッサを力強く抱きしめるジェイク。

 幸せそうな二人の様子を眺めながら、侍女はこんなことを呟いた。


「これでダメになるティーカップが減ると良いですわ……」

「何か言ったかしら?」

「おっと、まだ途中だよ?」

「んんっ……!?」


 今度はジェイクから唇を重ねに行って、言葉にならない声を漏らすメリッサ。

 そんな二人の様子は、使用人だけでなく屋敷の近くで暮らす領民達にも見守られていた。



   ◇



 それから十年後。

 マッスルダイア家には三人の子供が加わり、毎日幸せに過ごしている。


 どこかの誰かの時と同じように物が壊れる頻度は上がったけれど、ますます豊かになったマッスルダイア家や領地には全く痛手にならなかった。

 この豊かさをもたらしたのは、ゴリラ令嬢の名にふさわしくない頭脳を持つメリッサと、トレーニングばかりしていることで脳筋とも呼ばれながらも優れた知識と判断力を兼ね備えるジェイクが協力することで成し遂げられたことだ。

 そして、この二人がゴリラを容易く吹き飛ばせることは瞬く間に貴族達に知れ渡り、揉め事も起こらなかったという。


 そんなわけで、今日もマッスルダイア領は平和の風が流れている。

 子供たちのせいで、今でも時折ゴリラが空高く打ち上っていることはまた別のお話。






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婚約破棄するのでしたら、私が頂いても構いませんよね? 水空 葵 @Mizusora

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