第5話

「私が間違っているなら、正解を分かりやすく説明して頂けませんか?」

「なんなのよ……!」


 頬を張られても全く気にしていない様子のメリッサの言葉に、クラリスはその一言しか返せなかった。

 だから、メリッサは自分が正しいと判断して、ジェイクに向き直る。


「私にとっては、ジェイク様がとっても魅力的ですの。是非! 私との婚約を受け入れて頂きたいです!」


 臭いと言われたクラリスは分かりやすく顔を真っ赤にして、今にもとびかかりそうな勢いだ。

 実際に一度手は出ているのだけれど今は国王が腕を掴んでいて身動きが出来ずにいる。


 その様子を完全にスルーしているメリッサは、嬉々とした様子でぐいぐいと婚約を持ちかけている。

 そしてついに、ジェイクが折れた。


「……分かりました。私で宜しければ、受け入れます」

「ありがとうございますっ! 大好きです!」


 嬉しそうに満面の笑顔を浮かべながら、ジェイクに抱きつくメリッサ。

 今まで美しい女性に抱きつかれた経験が無いジェイクは赤面している。


 けれども、同時に驚きもしていた。


(メリッサ様は力強いですね。これなら、私が抱き締め返しても、苦しませることは無さそうです)


 そう思いながら、恐る恐る抱き返していく。

 するとメリッサは、すっかり緩んでいる表情をさらに緩ませている。



 二人の噂を知っている人なら、今の様子をこう表すだろう。


『デカマッチョとゴリラのハグ』


 けれども、二人とも美男美女なので、場の人々を魅了していた。

 そしてメリッサとジェイクの相性が良さそうなことも、周囲の人々は勘付いていた。



 ひとしきり喜んだメリッサは、今度はトーマスに向き直って手を差し出しながらこう口にした。


「帰還者トーマス様。ジェイクからクラリス様を奪ってくださってありがとうございます」

「はあ。喜んでいただけたなら何よりです。ですが、僕はクラリス殿下と結婚したいとは思っておりません」


 メリッサと握手をしながら放たれた言葉に、メリッサを含めた大勢が驚いてしまった。

 同時に、トーマスの手がバキバキと折られる音が響いた。


「あっ……申し訳ないですわ。今治します!」

「あ、いえ、お気になさらず。これくらいの怪我、十分もすれば治りますから」


 一番驚いているのは、イケメンなトーマスと結婚出来ると信じていたクラリスで、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

 けれども、流石は王女で、すぐに立ち直るとこんなことを口にした。


「どうして!? 私と結婚するためにダンジョンを攻略したんじゃなかったの!?」

「いえ、僕はアイリスだけを愛していますから、貴女と結婚するなどあり得ません。

 ダンジョンを攻略したのも、全ては国民の安全のためです」


 治癒魔法によって手が元に戻ったトーマスがそう口にすると、周囲からは「流石はトーマス様」「国民のためとは、尊敬出来る」などといった声が上がる。

 一方で、クラリスを馬鹿にする声もちらほらと聞こえる。


 そして……。


「トーマス様の手を粉砕するとは、ゴリラ令嬢は恐ろしい……」

「ゴリラ令嬢の全力ハグでもビクともしないジェイク殿は、一体どんな身体をしている」


 メリッサとジェイクの評価は今までよりも上がるのだった。




 ちなみに、ゴリラというのは、ここモヤシルヴァ王国で最強かつ温厚で有名な魔物のことを指している。

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