2023.12.12 かなしい悪夢 ◎

確実な記憶はここからだ。私はエレベーターに乗った。目的は絵画の運搬だ。

友達と何かの公募に出すのか、展示をするのか、とにかく各々、自分の作品を運んでいる最中だった。友達は少し離れた部屋で、今頃オーナーと絵を飾っているところだろう。

私は、F100号あるかないかの絵を、多少引っかかりつつも、エレベーターに引きずり込み、降りるボタンを押した。


エレベーターの中は灰色だった。無機質で息が詰まりそうな空間だ。私は一抹の不安を覚えた。この絵、運べるのかしら、ね?

果たして、私の不安は当たった。エレベーターが突然ガクガクと傾く。重低音が胸に障った。

ボタンを押したら出られる……?いや、じっとしていた方がいい?

悩んでいるうちに、機械の挙動はどんどん怪しくなってくる。


あ、ダメだ。


思ったときにはもう落ちることが分かった。

オーナーに連絡しなきゃ。でも、もう遅かった。

必死に私は、助けて、落ちる、死ぬと、正しく打てているのかも定かでない単語をしきりに送信した。エレベーターはそんな私のことなんか、まるで興味が無いみたいに、ガクガク地上へ落ちていく。

そのうち、引っかかる場所さえ無くしてしまったのか、エレベーターは急速に落下を始めた。


エレベーター 落下 助かる方法


とか、調べてる暇なんてない。遅いWiFiをくぐり抜けて、前置きの長い文章を読み飛ばしているうちに、死んでしまう。

私は昔どこかで見た、床に張り付いて衝撃を分散させる方法で、なんとか生き延びれないかと、足掻いてみることにした。

体が浮きそうだ。胸は床につかない方がいい?まだスマホで調べる余裕ある?


あっ


気づいたとき、私はベッドの上だった。

夢だった。

水を飲んで、冷静になって、ひとまず安心できるこの時間に感謝した。

ネットでサイトを転々としてみる。エレベーター 落下 生存する方法。うん、さっきはうつ伏せだったけど、仰向けなのね。危なかったー!

いや、夢ですから。次はいい夢ですから。


少し期待して、目の冴え切らないうちに布団に潜った。



エレベーターの中だった。


エレベーターは落下していた。気づけば灰色の壁は熱で赤くなっていた。私は絶望して考えるのを放棄した……と同時に、体に衝撃が走った。


私は天井から俯瞰していた。床に突っ伏して動かない身体。辺りがメラメラ燃えている。陽炎や、印象派の荒いタッチみたいに景色が歪んでいて、しばらく経つとドアが開いて、人が駆け寄った。

どうやら友達とオーナーのようだ。

オーナーはだらんとした私の身体を抱えて、ドアの外へ戻って行った。

どうやら自分は死んでしまったようだ。



そのあと、再びメラメラ歪んだ画面が視界いっぱいに広がった。奥で女が踊っている。

肌が焼けていて、腕は異常に細い。顔がないんだか、酷い有様だったんだか、分からないけどとにかく見ていられなくて、目を逸らすのだが、どうも逸らせない。

夢だと理解しつつも、嫌な光景だ。女の踊りは、気味が悪い。細く異様に長い腕をぶんぶん回し、こちらを覗いてくる。

私は自分の創作キャラクターを女の顔に当てはめてみることにした。想像で誤魔化す、みたいな。

一瞬なら気を紛らわせるようだ。でも一瞬だ。女の力が強すぎる。

押され気味な精神を、もう少し踏ん張って保ってみることにした。ゆっくりゆっくり、セロハンで貼ったような薄いキャラクターのビジュアルが、徐々に女に定着していく。


ようやく完全にイメージが定着すると、摩訶不思議な怪しい踊りは、かわいく美しい舞に大変化!

ふ、と気が抜けると、夢はゆっくり私から遠ざかって行った。



さらに続き


あのあと、最近亡くなった実家のオカメインコの夢を見た。

前日に亡くなって、茶の間の仏壇の脇に安置されていたらしいのだが、私が実家に急ぎ帰ると、いつも通り、見知ったその子が檻の中で暮らしていた。

死んだんじゃないのか、と親に聞くと、どうやら生き返ったらしい。そんなことがあるのか。

よく見ると、顔の模様が少し変わっていたが、仕草は紛れもないその子だった。

よかった。死んだのは夢だったんだね。


いえ、生き返ったのが夢でした。

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