第4話 頼りたい人

 移動教室から自分のクラスに戻ろうと廊下を歩いていた。

 ついでに廊下の窓から隣のクラスを覗くと、頬杖を突いている友人の姿を視界に捉える。しばらく眺めていると、シャープペンシルを手にしたまま頭を抱え、机に突っ伏した。

 体調不良か、なにかあったのかもしれない。心配になり、急いで友人の元へと足を向けた。


「どうしたの? 調子悪い?」


 声をかけると、思い切り眉間にシワを作った友人の顔が私に向けられる。にじみ出るガラの悪さから、今は翔であると瞬時に判断を下した。

 友人の顔を隠すように壁となり、耳元に顔を近付けて声をひそめる。


「ちょっと! なんで、そんな不細工な顔してんのよ」


 愛らしい顔の造形をしているのに、眉根を寄せて半眼になっている今の顔は、大っぴらに見せられたもんじゃない。


「なぁ……これ、見てみてよ」


 翔は不機嫌なまま、私に一枚のルーズリーフを手渡す。


「コイツさ、俺の字が汚すぎて読めないんだと。クレームだよ、クレーム!」


 せっかく一生懸命に書いたのに、と翔はひどくご立腹だ。きっと、表に出てきた友人が、ノートの確認をしたときに言われたのだろう。

 自分の目でも確認するべく、手渡されたルーズリーフに視線を落とす。一目瞭然で、友人の言い分に納得してしまった。


「ザ・男、って感じの大きさと不格好さね」


 明らかに友人本人のとは違う筆跡に筆圧。書き方の癖も、まるで違う。引っ繰り返せば、裏面には丸くコロンと可愛らしい文字。友人は美しい行書に寄せた書き方をしているから、きっとこっちは愛梨の筆跡なのだろう。


 翔は不満に唇をへの字にし、上目遣いに私を軽く睨んだ。


「字の汚さは、どうしようもないっつの」


拗ねている翔が可愛くて、クスッと笑みを浮かべてしまう。不意に、長袖の袖口から覗く白い物が目に付いた。


「どうしたの? それ、包帯?」


 私の問いかけに、翔はバツが悪そうだ。


「あー……これな。昨日、表に出てきたとき盛大にやっちゃってよ」


やっちゃって、とは、切っちゃって、ということ。


「変わってみたら、ゴミ箱の中が血のついたティッシュで山盛りんなってて、隠すのに焦ったのなんの」

「そっか……」


 どうしたら、彼女の心に安らぎが生まれるのだろう。


 原因になっている恋人との関係を早く精算してしまえばいいのに、と私なんかは思ってしまうけれど、好きだからこそ関係を断ち切れないらしい。そして、その葛藤と抑えきれない衝動が、友人の心をひどく蝕んでいる。

 せめて自傷行為は控えさせたかったけれど、やめろと言ってやめられるものでもない。


 私は意を決し、思い切って聞いてみることにした。


「ねぇ……やっぱり、病院に行ったりは、しないのかな?」

「病院ねぇ。コイツが望んでないからなぁ」


 ぼやく翔に、私も同意を示す。


「そうなんだよね。私から言うのも、変にプレッシャーになっちゃいそうだし」


 それでも、やはり今のままではよろしくない。ハッキリ言って、手詰まりだ。


(一か八か、大人も巻き込んでみようかな)


 長袖の隙間から見え隠れする包帯を眺めながら、私は密かに決意を固めるのだった。

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