第3話 こんにちは、私だよ。
その日の放課後。カバンを背負った友人が、ルンルンと上機嫌で、私のクラスに顔を覗かせた。
雰囲気が、翔でも友人本人でもない。あれはきっと、昼休みに翔が言っていた新しい人格。愛梨だろう。
愛梨は私の席まで来ると、花が咲いたみたいにパァ〜ッと笑う。
「やっほぅ。愛梨だよん。初めまして〜」
声をひそめ、私にしか聞こえない声量で挨拶をされる。
愛梨の発した第一声を聞き、気遣いができる、明るい子だなぁという印象を受けた。
テンションとしては、友人本人と似ている。ただ、愛梨のほうがあざとい可愛らしさを有していた。
私は必要な物を移し終えたカバンのファスナーを閉めてから、初めまして、と挨拶を返す。
「今日のお昼に、翔から、愛梨ちゃんって存在は聞いてたよ」
「あはは! 翔君って、チャラそうなのにお人好しだよね〜」
「あ〜分かる。そんなイメージするよ」
ひとしきり笑うと、愛梨がズイと顔を寄せてきた。
「ねぇ、今日は部活お休みでしょ? 私、翔君が信頼してる人と、少しお話しがしてみたかったの。一緒に帰ろ?」
私も、愛梨のことが知りたいと思っていたところだ。愛梨からの提案は渡りに船。
快諾すると、愛梨は嬉しそうに私の手を取った。
「良かったぁ! じゃ、靴箱の所まで連れて行ってほしいな。朝は翔君だったから、場所が分かんなかったんだよね」
そうか。人格が違うと、把握している内容も違う。初日に一人で登校し、私の席まで来た翔も、分からないことだらけだったはずである。それなのに、自分と入れ替わっていると悟られないように、友人の真似までしてくれていた。
(私、突き放すような……冷たい態度だったかな)
友人に別の人格が現れたことに動揺して、翔の存在を認めたくないという気持ちで発してしまった言葉を少し後悔する。
今さら謝ったところで、それはただの自己満足にすぎない。きっと翔がしてほしいのは謝罪ではなく、この状態の友人がメインに戻って来たときに、私が変わらず友人の居場所となっていることだろう。
廊下を連れ立って歩きながら、愛梨は自分達のことを少しずつ話してくれた。
「愛梨達はね、この子とは独立した人格だから、性格とか年齢も全然違うんだよね」
そんな気はしていたけれど、本人の口から知らされると、より現実味を帯びる。
「そもそも愛梨は、今ね、中学二年生なの」
「へぇ、私達より少し年下なんだ」
「そうだよ。だから、高校生のお勉強はチンプンカンプン。でも、ノートだけはきちんと書けって翔君に言われてるから、ホワイトボード丸写しなんだよね〜」
翔と愛梨にしてみれば、学校に行かない、という選択をしてもいいはずだ。しかし、別人格だとバレるかもしれないリスクを背負いながらも通っているのは、友人に協力的だからだという理由くらいしか思い浮かばない。
「それとね、愛梨は可愛い物が好きなんだ」
「可愛い物……キャラクターってことかな?」
「キャラクターって言うより、服装? 愛梨はロリータとか、ああいうフランス人形みたいな格好や空間が好き。フリフリがたくさんって憧れちゃうよね」
「そっか。この子は和風な清楚系だから、たしかに好みが全然違うね」
友人は黒い髪を腰の辺りまで伸ばし、前髪を真っ直ぐに切り揃えて、言うなれば市松人形のような髪型だ。持っている小物も和柄が多い。
物静かな雰囲気と相まって、お嬢様、という単語が友人を表す言葉として当てはめやすかった。
「そうなんだよね。でも翔君と相談して、外見もなにもかも、この子のとおりにしておこうって。愛梨や翔君が居ること、家族とか大人には隠していたいみたいだし」
もし隠していなければ、きっと今頃は、どこかの病院を受診させられているだろう。でも、今のところ通院してはいないようだから、やはり家族は知らないままなのだ。
ここで、一つ疑問が浮かび上がる。
「私には、知られて良かったの?」
「うん、翔君が良いって判断したんだから、この子もOKしてるんだと思う。協力者認定って感じ? 愛梨はよく分かんないけど、翔君が信頼してるみたいだから、愛梨も話すことにしてみたんだよね」
交代人格である二人からの信頼に応えたい。だけど、私にできることは、なんだろう。
専門家でもない私にできることなんて、態度を変えず普通に接することくらいが関の山。
落ち込んでいると、愛梨が私の制服の裾を摘み、チョンと引っ張る。少し俯き加減な様子から、不安そうな気配を察知した。
「クラスが違うから、ちょっと……ううん、かなり不安なんだけど……。頼りにしてるから、宜しくね」
私は友人の手を握り、うん、と愛梨に答える。
「私も。できる限り、サポートさせてもらうよ。頑張るからね」
困っていることがあれば、力になりたい。できることとできないことはあるけれど、私は自分ができることをするしかないのだから。
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