第9話 ギルド
「はい、もうそろそろギルドですよー」
「何だその言い方は」
また仮面を作るといって作業に戻ろうとする老人にキンツが「早く寝て!」と言って別れ、市場を通り過ぎた後、少し歩くと比較的閑静な、家々が立ち並ぶ場所へとたどり着いた。
その更に奥、森の近くにギルドという場所があるという。
キンツの話によれば、この国にはこういったギルドが他にもいくつかあるそうだ。
昔は人間の犯罪者を取り締まる警察のような役割だったが、魔獣や魔族がどこからか現れるようになってからは国王の命を受けてそれらを討伐する役割も兼ねることになったという歴史があるそうだ。
所属する勇者は魔族や魔獣を討伐し、その功績によって報酬を得ている。
ギルドは酒場や食堂、寝室なども備えていてそこで暮らしている勇者たちも多いそうで、キンツもその一人とのことである。
辿り着いたのは、木造の大きな建物だった。
キンツがミシミシと鳴る鉄製のドアを開ける。中に入ると、薄暗くて広い。
「キンツ」
「「うわっ!!」」
突然、暗がりから人が表れてゼザとキンツは声を上げた。
「僕ですよ、僕」
そこには色のついた眼鏡をかけた、縮れた髪の男がいた。緑色のローブを羽織っている。
「ワビラ…!びっくりした…脅かさないでくれよ!」
キンツはほっとしたように言う。
「脅かしてしまってごめんなさい。今帰ってきたんですね。しばらく帰ってこないから心配しました。君はすぐにどこかへ行ってしまうから。」
キンツはワビラの言葉を聞いて気まずそうに笑った。
「それで…この方は?」
ワビラは眼鏡の奥の細い目でゼザを見つめた。
「この子はゼザ。昨日会ったんだ。家出してきたんだよね」
「まあそうだ」
ワビラは二人の会話を聞いて顔色を変える。
「キ、キンツ…。貴方、迷子の少女を誘拐…!!」
「違う!!帰り方が分からないみたいで、帰る意志もないって言ってたからせっかくならギルドに入ればいいかなと思っただけ!!!」
盛大な勘違いを見せるワビラに、キンツは慌てて弁解した。
「ギルドに所属…ですか…。しかし、こんな幼い子に…」
ワビラは眉根を寄せて唸る。
「あー…それは俺も思った。ゼザは凄く強いんだけど、流石にこんな小さい子に戦わせるのは良くないよな…。」
「……は?」
ゼザは二人の言葉に目を見開く。
幼い……?????
「おい、幼いとか小さいとか、一体誰の事を言ってるんだ」
まさかと思いながらも一応聞いてみると、
「ゼザ」
「ゼザさん…です」
二人は声を揃えて答えた。
ゼザに雷に打たれたような衝撃が走る。
「私を何歳だと思ってるんだ…!」
声を震わせながら言うと、二人は顔を見合わせて、
「俺は12歳くらいかと思った…え、もしかして違うの??」
「僕も概ねそれくらいかと思いました…」
二人は不安そうな顔をした。
「17だ」
「大変申し訳ございませんでした」
キンツはすっかりうなだれていた。ワビラはおろおろとゼザの顔色を窺っている。
「まさかそんな幼く見られていたとはな」
ゼザは不満そうな顔をした。
それを見たキンツはへにゃりと情けない顔をする。繊細な顔立ちでこんな弱弱しい顔ばかりしているくせに、こいつは無駄に身長が高いのだ。ゼザの頭が丁度キンツの肩辺りだ。悔しい。
ゼザは自分より小さいから、幼いと思っていたのだろう。
―今までの違和感の正体が分かった。
こいつ―キンツが、出会った時からやたらと優しく、甲斐甲斐しく接してきたのは、完全に…
「私を子ども扱いしていたんだな」
何となく面白くなくてむくれるゼザに、キンツはごめん!!と謝りながらも、
「でも俺の方が年上っていうのは合ってた!俺23歳だから!!」
必死に言うキンツを、ワビラが呆れたような顔で眺めた。
「そういう問題じゃないと思うのですが…」
キンツが謝り倒してなんとか許してもらえた所で、そう言えば、とワビラが話を切り出した。
「お二人はお怪我はありませんか?もしあるようでしたら、僕が治します」
「ありがとう。でも、俺は大丈夫かな。ゼザは?」
「私も平気だ。ワビラは治癒能力があるのか?」
彼はうなずく。
「大したものではないのですが…。ちょっとした傷なら治すことができます」
ふんわりと微笑んだ。
「ん…」
その優しい声を聞いていると瞼が重くなって、ゼザは思わず目を閉じそうになる。その様子を見てキンツが笑った。
「あはは、ワビラと話してると眠くなるよね。声も雰囲気も柔らかいから」
「そうだな…これも能力なのか?」
ゼザは目をこすった。
「違いますよ、ただの声質です」
そう言いながら、ワビラは照れくさそうにずり落ちた眼鏡を直した。
「ワビラは存在が癒しなんだろうね。緑色魔法の人は少ないから貴重だよ」
キンツはそう言って、
「そうだ、まずゼザに服を買おうと思ったんだけど…おっさんいるかな?」
キンツの言葉を聞いたワビラはゼザを見る。薄いドレスに裸足と、見ているこちらが寒そうな姿だ。
「ああ、確かに心許ない恰好ですね…。ヤンジンさんは…今日はお見かけしていませんが、一応酒場に行ってみたらいかがですか?」
そうだね、とキンツは納得してゼザの方を見て、
「それじゃあ行こうか」
「ああ」
ゼザは頷く。
「じゃあ僕は用事がありますので、ここで失礼しますね。これからもよろしくお願いします、ゼザさん」
ワビラは手を振って、建物の外へと出て行った。
二人は狭い廊下を何回か曲がり、地下へと続く階段へたどり着いた。
「見た目から想像していたよりも、随分広い施設だな」
「最初は迷うよね」
階段を下りた先に、小さな扉がある。
「おっさんいる―――??」
扉を乱雑に開けて、キンツが叫ぶ。
酒場は薄暗く、昨晩ここで飲んでいたと思われる人々が所々で寝ていた。
「うわぁ…酒くさい…!」
キンツは顔をしかめる。ゼザも同意見であった。テーブルや椅子の上には、砕けた酒瓶の欠片が落ちていた。
「これはおっさんはいないだろうな…全っ然掃除してないし」
帰ってきたら怒られそうだなあと辺りを見回す。いびきをかいて寝ていた中年の勇者が、椅子から滑り落ちた。
「いないわよ。だから飲みまくるチャンスだと思って」
その時カウンターから甘ったるい声がした。
「うわっ!いたなら言ってよ!アンノ―さん!」
キンツがまた叫ぶ。
赤紫の髪の毛に、眼鏡を掛けたスタイルの良い美女がカウンターに腰かけ、グラスを傾けてこちらを見ていた。
「キンツ、そちらの女の子はだあれ?もしかして、恋人かしら?」
髪と同じ赤紫の瞳が、からかいの色を帯びる。
「なんでそうなるんですか…」
皆変な方向に勘違いするなあ、とキンツはため息をついた。
「何て失礼な人間だ…!」
ゼザは心外だという顔をする。「それもそれで傷つくなあ…」キンツは弱弱しく嘆いた。
「昨日会った子!ギルドに新しく入ってもらうんです!」
もう面倒なのか、キンツは大分説明が投げやりである。
「あら、そうなの」
アンノ―はピンク色のぷっくりした唇に手を当てた。そっと立ち上がって、キンツの白い頬に手を添える。
「じゃあ、私にもまだ君と付き合うチャンスはあるってことでいい?」
キンツは口をあんぐりと開いた。白いローブを翻して逃げる。
「だから!!何でそうなるんだよ!!あなた婚約者いるでしょうが!!」
「あら、ダメなの。」
まくし立てるキンツにアンノ―はすました顔で言うと、くるりと体の向きを変えて、
「じゃあ私がこの子と付き合うってことで良いわよ」
ゼザの方へ歩み寄り、いきなり抱きしめた。
「な、ななななな…」
二人のやり取りを呆気に取られて見ていたゼザは、突然矛先が自分に向かったので逃げられない。細い体がアンノ―に締め付けられる。
「い゛、い゛たい゛…」
「何言ってるんですか、もっとダメですよ!!酔っぱらってますね、アンノ―さん!?」
キンツがゼザの華奢な肩を掴んでえいっと懸命にひっぺはがした。アンノ―は「仕方ないわねぇ…」と言って手をカウンターに置くが、
「痛っ」
と呟いて顔をしかめる。
どうやらカウンターの上にあったグラスの破片で指を切ってしまったようだ。指先の切り傷から赤い血がにじんでいる。
―いい匂いだ…!
ゼザは思わず目を輝かせる。キンツのものとは違う匂いだが、食欲を刺激する甘い匂い。
アンノ―はゼザの様子に気付き、
「あら、ゼザちゃんどうしたの?舐めたら治るらしいから、舐めてくれてもいいのよ?」
「お疲れさまでした―――!!」
そう言って指を差し出し、ゼザに近づいて来るアンノ―を見て、キンツは勢いで場を誤魔化し、ゼザをひょいと抱えて逃げるように酒場から出て行った。
「はあ…、はあ…。危なかった…。」
階段を駆け上って地下室から脱出したキンツは、ゼザを廊下に降ろすとしゃがみ込んだ。
息切れして上下するキンツの銀髪を見下ろしながら、ゼザは
「ギルドにいるのはあんな人ばかりなのか…?」
と、不安そうに長いまつ毛をしばたたかせる。キンツはそれを聞いて顔を上げると、
「違うから!!皆優しい!今のは酔っぱらってただけ…」
多分…と小声で付け足す。
「アンノ―さんもいつもはあの70%くらい。大丈夫」
ぎこちない笑顔を作って見せる。
それって大丈夫なのだろうか。
―それにしても。
ゼザは唇をかむ。
キンツが余計な事を。あのまま行けば自然に血を飲めたかもしれないのに…。悔しい。血を得るのと引き換えに大切な何かを失いそうではあったが。
「まあ酒場のおっさんがいないことは分かった。ということで、帰ってくるまで暇です!!」
キンツは叫ぶと、立ち上がった。ゼザはその顔を見上げる。
「だから、パトロールという名の魔獣討伐、しよう…?お金がないんだ…」
キンツはこちらを振り向くと、弱弱しい声で誘った。
「ギルドの一階には掲示板がある。」
キンツは長い指でそこに貼ってある紙をめくる。
「犯罪者とか魔獣が出たとかそういう情報が集まってるんだけど…」
パラパラとめくって、一枚の紙を引き抜いてゼザに見せる。
そこには、
・魔獣
・15cmくらい
・ボールのような形、弾力あり
・裏の森
などと乱雑な文字で書き殴ってあった。
「これくらいなら俺でも倒せるはずだから…」
そうは言うものの彼の手は震え、顔は青ざめていた。
「お前勇者向いてないんじゃないか…?」
キンツを横目で見ながら、ゼザは呟いた。早くも先行きが不安である。
ゼザ~魔王の娘ですが死に損ない勇者と魔族を討伐します~ 佐伯ひすい @syu_sui
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