第8話 仮面
「俺、魔族を壊滅させたいんだ」
ゼザは目を見開き、思わずキンツを見上げた。
キンツはこれまでにないほど真剣な目をしていた。
「ああ、魔族っていうのはさっきの黒い球みたいなやつの仲間のことね。あれなんかまだマシで、人型のやつもいる。人間たちの世界に現れて殺戮を繰り返すんだ。俺たちギルドの勇者は魔族を倒そうとしてる」
殺戮…?ちがう…魔族は、そんなんじゃ―――
そう言い返そうとして、何も言えなかった。彼の目からは強い意志が感じ取られた。
「ゼザは凄く強いって、今分かった。俺のギルドでもかなり上の方の強さだよ、きっと」
だからさ――
「無理だ、無謀だって思うかもしれないけど―――さっきのゼザを見て思ったんだ」
聞きたくない。
耳をふさぎたい。でも―――
「ゼザとなら、魔族を倒せるんじゃないかって」
「それは…」
「ん?」
キンツが首をかしげる。金のピアスが揺れる。
「私を利用するのか」
やっとの思いで言葉を吐き出すと、にやりと笑う。
「そう。助けてあげたじゃん?」
ね、と今度は屈託のない笑み。
ゼザはくしゃっと顔をゆがめた。
口ではそう言うが、それだけでは無いはずだ。
彼の笑顔は、ゼザを利用するだけの者にしては優しすぎた。
こいつは、キンツは…
自分の目的を果たすだけじゃない。
私に居場所をくれようとしているんじゃないのか。
「何で」
「何でそんなことが出来るんだ」
黒髪を震わせて、言葉を絞りだした。
何でこんな見ず知らずの奴を助けるんだろう。分からない。何も。
キンツは笑って、ごめんねと言った。そうじゃないと言って殴ると、笑いながら受け止められた。
ゼザは何かあたたかいものがじんわりと胸に広がっていくのに戸惑いを覚えた。
取り敢えず、今はこいつ―死にぞこないの勇者についていくしか、選択肢はなさそうだ。
*
山を下りていくと、徐々に土地が平らになってきた。
最初は人と殆どすれ違うことはなかったが、馬を引いた人や、荷物を運ぶ人が散見されるようになってきた。
そしてすれ違う人の数がどんどん増えて行き、視界が人でいっぱいになって来た頃には、小さな町に辿り着いていた。
「あ~、帰ってきちゃったね~」
「きちゃったじゃない、私は初めて来た」
むっとして真面目に答えるゼザに、そうだったとへらへらと笑う。やはり何を考えているのか分からない人間だ。
「こっからは市場だよ」
「市場…」
前の世界-魔界の市場を思い返す。
馬車から見た記憶。弱小魔獣の肉とか、果物とか、高級な血とかが売り買いされていたな。
移動中に覗いたくらいで、実際に歩いたことはない。
「お、わくわくしてる」
思わず目をキラキラさせるゼザを見て、キンツが笑った。
市場に入ると、色とりどりの果物や野菜、布など、様々な商品が並べられていた。店が道に沿って何件も建っており、たくさんの人々が物を売り買いしていた。辺りでは活気のいい声が飛び交っている。
鮮やかな色彩に、ゼザは目をぱちくりさせた。
「おはよう兄ちゃん、良い魚が入ったんだ!寄ってかないかい?」
「そこのべっぴんさん、綺麗なドレスがあるよ!いらっしゃい!」
店の人間たちが通り過ぎる人々に声をかける。ゼザとキンツも話しかけられた。
キンツは「おはよう」と挨拶を返したり軽く返事したりしながらどんどん歩いて行ってしまう。
「あ、ちょ待っ」
ゼザは話しかけられるたび驚いて足を止めてしまうので、キンツとの距離がどんどん離れていく。
「なあ、見ろよあの子」
「わ、すごい綺麗…!」
「あれ、でも服ボロボロじゃね」
「見たことない子だけど、どこから来たのかしら」
通り過ぎる人々が何か言っていたが、追いかけるのに必死のゼザの耳には入らなかった。
「お、もうすぐ着くぞー」
「はぁ…はぁ…」
キンツは振り向いて、ゼザが息切れしていることに気づき驚いた。
「えっ!?何でそんなに疲れてるの?」
「初めてなんだ…こういう場所は…」
肩で息をしながら言った。キンツはごめんごめんと謝る。
「ゼザがいた世界にはこういう市場はなかったの?」
「町にそういう場所があると聞いたことはある」
自分の国にいた時は基本的に大体の施設は城の内部に揃っていたし、王女であるゼザが外を一人で出歩くことも殆どなかったのだ。
「かなりインドア派なんだね」
キンツがまた訳の分からないことを言った時、ゼザの裸足の足の先に何かが当たった。
下を見ると、透明な玉のようなものが落ちていた。石畳の上で朝日の光を反射してきらきらと輝いている。
視線を右に向けると、たくさんの仮面が並べられた店がある。玉はどうやらこの店から転がってきたようだ。店の奥から、腰の曲がった老人が這い出てきた。古びた茶色いエプロンを着ており、ポケットには様々な道具が溢れんばかりに詰め込まれている。
「すまんすまん、ガラス玉が転がっちまって」
そう言ってゼザの足元の玉を拾い上げ、顔を上げてゼザとキンツの顔を認めると、
「おぅ、キンツじゃないかえ」
「仮面屋のじっちゃん!」
キンツはぱっと驚いたような顔をした。
「おはよう。もしかして、朝っぱらから仮面作ってたの?あんま無理すんなよー」
腰に手を当てて怒ったような調子で言う。
「いんや、昨日の夜からだ」
老人はしれっと答える。
「夜通し作ってたのかよ…」
キンツはあきれ顔だ。老人はそれを見て、からころと笑った。
「今回のも大作よ」
自慢気な顔である。老人は手のひらでガラス玉を転がしながら隣のゼザを見て、
「ほんでこちらのお嬢さんは誰かね。大層綺麗な子だけどさ」
「ああ、この子はゼザ。昨日会ったんだ。」
「ほう」
「家出してきたみたいなんだ。色々と複雑な事情がありそうで…だけどめちゃくちゃ強いから、うちのギルドに入ったらいいんじゃないかと思って」
キンツは声をひそめて早口で言う。仮面屋の老人はそれを聞いて目を細め、キンツを見つめた。どうしたの?と、見つめられたキンツは首を傾げ、紫の目をぱちくりさせた。
「まあ、大事にしなさいな」
老人は笑いながらぽん、と肩に手を置く。
「ええ、何その言い方…」
キンツは嫌そうな顔をしてみせたが、「ありがとね」と囁いた。
「そうだ」
老人はぱん、と両手を叩く。
ゼザとキンツはびくり、と肩を震わせる。
「べっぴんな嬢ちゃんに、良いもんがある」
そう言うと店の中から何か持ってきた。
「ほいよ」
ゼザに手渡す。キンツも上から覗き込む。
「これは…」
渡されたのは、灰色の仮面だった。
「フクロウ?」
キンツが声を上げた。
軽い素材で作られた仮面はフクロウというこの世界の鳥の顔を模しているようだった。飾り付けられた羽の1本1本まで細かく彫り込まれている。
「えー!?これをゼザに??悪趣味!悪趣味だよじっちゃん!!!」
キンツが騒ぐが、老人はうるせえと手を振って取り合わない。
「こいつはただの仮面じゃあない。ここを見ろ」
老人は仮面の目の部分を指さす。暗い色の薄くて透明な板が何重にもなっているようだ。
「これじゃあ付けても前が見えないんじゃない?」
仮面をひっくり返して見てみるが、確かに視界は悪くなりそうだ。
訝し気な顔をする二人を見て、老人はにやにや笑う。
「こいつはすげえんだよ。傑作だ。」
老人は凄さが良く分からないゼザとキンツが顔を見合わせるのを見て、
「まあ良いさ。あとで分かる。」
そしてゼザに向き直り、
「キンツに新しい仲間が出来た記念だ、特別に無料でやるよ。」
「良いのか…?ありがとう」
ゼザはおずおずと言って仮面を持ち上げてみた。よく見るとかっこいい…かもしれない。
「わ、じっちゃん太っ腹」
「何か見たいものができたら使うんだな」
老人は謎めいたことを言い、キンツの肩をがしりと掴んだ。
「あと、キンツ」
「うわ、何!?」
キンツは急ににらまれて弱弱しい声を上げた。
「服ぐらい買ってやれ」
老人はゼザを指さす。キンツも思わずそちらを向く。
ゼザは昨日からずっとパジャマ用のドレスに、裸足姿のままだった。
「お前、あんな寒そうな恰好させて…」
「違う!ギルドに行ったら買おうと思ってたんだよ!」
キンツは必死に叫ぶ。
「金がねえんだろう?ケチケチしやがって」
「そうじゃない!!いや、そうだけど…魔獣が倒せないから報酬がもらえないんだよ!仕方ないだろ!!」
半泣きのキンツを、老人は哀れみを込めた目で見つめていた。
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