4-2

「待ってくれ、その、街の近くでの殺人については耳にしていないが」

 

 ゼビエは怪訝な顔をする。バーゼスはそれに簡潔に答える。


「わたしはあくまで独自のルートからそのことを知ったまでのこと、情報を秘匿している方たちのことは知りませぬなぁ」


 それをうけて、サンデルが説明をする。


「情報封鎖は自警団長の判断で行いました。これはあくまで、犯人の目星がつくまでの一時的な処置です。

 その理由は、フィラリアには冒険者や魔術師といった『濡れ衣』を着せられる恐れがある市民が多くいること。それらの人々を含めて、市民が恐怖や猜疑心を持つことによって起こるトラブルを回避するためです」


 その言説は、バーゼスがアーシヤ、もとい彼女の連れている魔術師へ疑いを持っていることが濡れ衣であると暗に示しているようであった。


「話を戻しましょう。ここにフィラリアの、それも琥珀港への冒険者の出入りに関する書類があります。実は近年、王都からの移住者による犯罪が多発しておりまして、自警団の方たちが自発的にこのような記録を残すようにしているらしいのです」


 アーシヤは先ほどサンデルから受け取った小包をテーブルに置く。

 フィラリアは港湾を囲むように城壁があるため、その出入りは把握しやすい。もちろん、港湾の船の出入りは、税金や停泊料の関係上、それとは桁違いに厳しく管理されている。


「こちらは写しなどはありませんから丁重に扱うようにお願いします」


 サンデルが注意を呼びかける。


「こちらによると、バーゼス氏の言っている魔術師、名前は『インガ』ですが、彼女が琥珀港にやって来たのは、昨年の12月のこととなっています。そしてそれから街の外へと出た記録はありません」


アーシヤはその書類の山の一番上の紙を手に取る。


「まてまて、たかが紙一枚、それにどれほどの信ぴょう性があるのか」


「失礼ながら」


 サンデルが口を挟む。


「われわれの情報網がどれほどかは、みなさんもご存知かと。それゆえに、このような場に自警団などというならずものが同席できているのだと理解していますが」


 ここにいる14人の、サンデルを除いたものたちは、その言葉に同意せざるおえなかった。自警団の構成員は街の人々であり、それぞれの職業に従事する。それらの人々の見聞きした情報が集まる自警団は、会員たちからしても鮮度の高い情報源である。

 

「しかし、それでも不安でしたら」


 アーシヤがその書類の山を周囲へと配る。


「皆さんの、琥珀港への出入りも記録しています。

 なるほどバーゼス氏は熱心にその黒魔術師の情報を集めていたようですね。何度も、犯行のあった都市間を往復しています」


「当然でしょう。単なる殺人ならまだしも、魔術師が自らの『規律』を破り、その力を振りかざせば、我々のような融和路線の魔術師からすればたまったものではない。王都からきたとなれば、なおさら」


「ええ、心中お察しします」


 流石に痺れを切らしたのか「なにが」と口に出すが、バーゼスはそれすらも飲み下し、話を続ける。


「まあいい、重要なのはなぜその犯人が『祈り手』だと言い切れるかどうかでしょう」


 随分と聞き分けのいい。とイワンマは驚いた。そも、このバーゼスと言う男は、この琥珀会の最古参のひとりであり、本来ならばあのような小娘の戯言になぞ耳を傾けることもないはずである。

 なるほど、バーゼスもそんな戯言を求める程度には切羽詰まっているのか。確かに、フィラリアの魔術師を束ねる長ですら正体を掴めない殺人鬼、それが野放しになっている状況は、彼の面目を傷つけるものに違いない。

 どうだろう。バーゼスほどの男が手詰まりになるのなら、門外漢からすれば、犯人は魔術師ではなく、その『祈り手』、たしか教令会。あのアース教の組織の犯行であったほうが自然なように感じるが。


「おい、俺はただの鉱夫だからよく分からんが、魔術師と祈り手とは何が違うんだ?どちらも面妖な術を使うというだけだろう」


「いいやそれは明確に違う」 


 苛立ち混じりに口を開いたバーゼスが、そのわりにこんこんと説きはじめる。


「そも生物とは魂という炉にパンやワイン、ここに並んだような、様々な食物を焚べて生命を燃やすのだ。

 魔術とはその炉に特別な、魔力と呼ばれるものを流し込んで行う。いわばわれわれが歩き、走り、物を運んだりする、その延長上にある行為にすぎない。

 だが、祈り手の行う『秘蹟』は明確にそれらと異なる」


◇◇◇


〈牧羊神の霊廟〉


 染み出した水滴が、石畳に落ち音を鳴らす。暗闇の中で、座り込んでいるものたちがいる。


「あの、こんな暗いところではなくて、さっきの燭台が並んでいたところで休めばいいのではないかと。

 いえ、もちろんわたしは常在戦場ですが」


 イエナ、亡国の騎士、なのかどうかは定かではないが、鎧を身につけたその少女は、どうやらこの肌寒く薄暗い迷宮に緊張している様子である。


「こっから先は足場も悪いし魔物も出る。目を慣らすためだってさっき言っただろ」


 ロアが面倒そうに答える。いや、面倒と言うよりは。


「いってませんよ!そうならそうと。なるほど目を慣らすためなのですか。勉強になります」


 そうイエナが頭を下げた瞬間、ロアは立ち上がり、下を向いた。


 その荘厳な空間の静寂を切り裂くように、吐瀉物が溢れる音が響き渡った。


「だ、大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫だ。まじで大丈夫だから。ほんとに。いや。あー、いけるいける」


「そういわれると、不安になります!」


 おれは荷が無事なことを確認して、場所を少し移動する。だんだんと目がこの闇に適応していく。

 くそ、やっぱり変な混ぜ物使ってやがったな。迷宮の周辺に広がる冒険者居留地で最低限の物資を買ったときに、つい目について買った、ご当地限定の煙草。あれがよくなかった。


 多くの冒険者が、迷宮内でのストレスを解消するために、そのような嗜好品を愛用している。ただし、その多くは自家製てづくりで、品質はあまり良いとは言えないのである。


「あの、インガさん。魔術師でしたら彼に回復魔法を使ってあげられないのですか?」


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