5 話をしよう

 腰まで届きそうな程長い銀髪が、さらさらと風に揺れている。白いノースリーブのブラウスに黒い膝丈のスカート。ヤブん中っつうか森ん中でスカートかと一瞬思ったが、一応ブーツとレギンスで脚は保護しているようだ。腰の後ろには鞘らしきものが二つ。体にあるサスペンダーやベルトは服のためではなく重たい剣を支えるためのものなのだろう。肘まで覆われた黒い長手袋越しに握られている剣は、それぞれ形状が違った。


 右手に握られているのは、幅広の刀身をした片刃の剣。細長い平行四辺形のような真っすぐの刀身は柄の護拳も兼ねており、グリップ底部まで伸びている。


 左手に握られているのはシンプルなクロスガード付きの直剣のようだが、どこか違和感がある。刀身が微妙に中心線からズレているようだ。


 離れてても分かる目鼻立ちの整った精悍な顔は、こちらに訝しさと敵意を混ぜたものを向けている。


「えっと……こ、こんにちは~?」


 デバイスをポケットではなくポーチにしっかりと入れつつ、とりあえず挨拶。


「とぼけても無駄。【加護】もないんだから、誤魔化せると思うの?」


 綺麗な高い声種だが、低く冷たい言い方だった。


「加護? 何が?」


 銀髪の女性は溜息を一息つくと、右手の剣をくるりと一回弄ぶように回す。


「……いいわ。めんどうだし、とりあえず一旦黙らせてふん縛る。色々吐いてもらうわよ、”宇宙人”」


 そしてこちらへ向けて駆け出してきた。


「え、ちょ、は? 嘘嘘嘘ぉッ!?」


 距離が距離なのであっという間に詰められる。左手の剣を左袈裟に振り下ろしてきた。盾のようにシルバーアーセナルを変形させたかったが、間に合いそうもないので仕方なく右手に持ったマチェットで咄嗟に受ける。


 彼女の右手の直剣は近くで見ると、刀身を挟み込むように二枚の金属板が柄から真っすぐ伸びていた。間の刀身は柄やその金属板の従う中心線から横にずれて固定されている。


 受けられたと分かるや否や力を強められた。待ってありえんぐらい重い。


 片手じゃ受けきれそうになく、ギリギリで左手の杖をマチェットに添えて両手で防ぐ。杖の反対を地面について負荷を分散。あのすらりとした腕のどこにこんな力があるんだ。


「抵抗しないでよ、時間の無駄でしょ」


 こっちは押し負けないようギリギリなのに、赤みがかったブラウンの瞳はいたって余裕の眼差しだった。


「するわボケェ! いきなり斬りかかっといて何言うとんじゃ!!」


 未だ振られていない右手の剣を警戒しつつ言い返す。


 アーマースキンデバイスって勢いのある剣の振り下ろしは防げるんだろうか。詳しくアンジュに聞いとくべきだった。今は目の前の相手に集中しないとどうなるか分かったもんじゃない。


「だってあなたは世界の敵だもの」


 「目を閉じたら暗い」とでも言ってるかのようなテンションで目の前の女は平然と俺に言い放った。


「いきなりパブリックエネミー認定!? ちゃんと誹謗中傷やん……!」


「宇宙人にそれを言う資格があって?」


「どこ見て……言うとんねん!」


 ぐっと力を込めて押し離し、鍔迫り合いめいた状況から脱する。押し勝ったというより向こうが併せて退いた手ごたえだ。


『隙を見てアーマースキンを起動して。基本的オーソドックスな剣の攻撃は致命傷にならないけど、速度次第で防げないから、過信せずシルバーアーセナルでの防御を中心に考えて』


 耳元でアンジュの声。


「どう見ても人間やろが!」


 こっちの必死の訴えに反し、銀髪の女は余裕をアピールするかのように退いた勢いを後ろ歩きでゆっくり減速する。


 盾じゃあの重い二振りの攻撃を捌き切れるか自信がない。さっきは様子見だったが、向こうが本気なら仮にこちらが大楯を二つ持っていたとしても、わずかな隙を見つけて剣を突き出せるぐらいの実力はあると思った方がいいだろう。


「世界樹の加護もない上にあの遺跡に端末一つでアクセスできる。【テレストリアル】じゃなくてなんだと言うの?」


 事実を退屈に確認をするように女は言葉を返した。


 全方位完全に身を防備できる造形デザインが必要だ。それでいて周囲が把握できるものを。


「テレ、は? なんかの隠語? 悪口言われた?」


「……おふざけに付き合う気はない」


 しびれを切らしたように再び距離を詰めてきた。ずかずかといらついたような早歩き。


「こっちのセリフなんだよなァ!」


 だが用意する造形はもう決まっている。両手に持っていたマチェットを杖へ一つにしながら、両手に持った杖を地面に突き立てつつ膝を曲げて姿勢を落とす。


 杖の両端から素早くナノマシン群が展開。下の先端は地面と平行に俺の脚を避けつつ広がり、上の方はドーム状に広がっていく。上下から広がったシルバーアーセナルは、人一人分を包み込む半球状の形になった。


 この変形が防御だと気づいた女は加速して踏み込みつつ剣を振り下ろしたが、変形し硬化するシルバーアーセナルの方が早かった。ガンと大きな金属音が内部に響く。ちょっとうるせぇ。


「我、鉄壁ナリ!」


 半球状の防壁は視界を防がないよう目線の位置に横に長い隙間を設けている。当然刃を突き入れられないよう金網上にして対策。


 今度は右手の剣による一撃。うるさい金属音が響くが、このドームが切り裂かれるのは内部からは確認できない。両方の剣の攻撃は一応防げているようだ。


「なにそれ……」


 流石に予想外だったのか、銀髪の女の氷の表情に困惑が混じる。即死は免れるであろう安全を設けて余裕を得たので、言葉で反撃開始。


「そもそもよぉ、あんたの言う宇宙人だのテレタビーズだのこっちゃマジでなんの事言ってんのかすら分かってねぇんだよ!! 世界の敵とか言われてもなんも悪いことしてねぇし俺!! なのに勝手に断定した挙句ロクな挨拶もなしに斬りかかりやがってさぁ!! なんなワケ!?」


 言葉を畳みかけつつアーマースキンデバイスを起動。腰の辺りから液体がしみるような冷たい感触。そこを基点に、全身の肌にわずかな冷たさがあっという間に広がっていく。感じたことのない違和感とくすぐったさがあるがなんとかこらえる。


「世界を守るためだもの」


「疑わしきは罰するってか!? そうやってその白い服を俺の鮮血で真っ赤に染めればいいさ!  冤罪人の鮮血コーデで正義の味方気取ってみろよ!!」


「……そもそも殺すとは言ってないわ」


 そう言いながら銀髪の女はちょっと不機嫌そうな顔になった。


「俺に刃物振るってきて何言ってんだよ」


「峰打ちのつもりだったのだけど」


「金属の棒で叩かれても普通に死ぬわ!!」


「加減ぐらいするわよ。いいから出て来なさい。抵抗せず大人しく捕まってくれるならそれでもいいのよ」


「それ一番最初に言う事! 遅い遅い無理無理無理! お前コミュニケーション失敗してます。信用できません!」


「……じゃあ無理にでも捕まえるしかないわね」


 彼女は左手の直剣を、顔の右横に振り上げるように掲げた。するとその動きに合わせて、刀身が百八十度回転。二枚の金属板の先端が軸になっているらしい。その金属板のとクロスガードの内角側に、左手の剣を平行に固定。


「なぁにその武器かっけぇ……」


 一薙ぎして黒い軌跡を描き、彼女は剣を構え直す。二本の剣は合体して一本の大剣になった。右手の剣の柄と左手の剣の金属板を併せて握ることで、ツヴァイヘンダーのように扱うこともできそうだった。


「合剣”ブラックトレイル”の本領を見せ――」


 まあまあキメ顔で言ってるなと思った直後、銀髪女の表情は一瞬にして驚きと警戒の顔になった。


 なんだ、何を見た?


 そう思った直後、音に気づいた。機械の駆動音と、重い金属同士がぶつかるような音。それは定期的なリズムで聞こえてきた。そしてそのリズムは加速する。


「――後ろッ!?」


 そう気づいて振り返ろうとした瞬間、俺は吹き飛んだ。

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