4 銀髪の双剣士
出発の準備をすべく、シルバーアーセナルを変形させて各所に分散して装備。
コアグリップを右腰に吊り、左腰にはロングソードと鞘の形状にしたシルバーアーセナルを装備。腰の後ろにはおまけでナイフも装備。こちらは全長二十センチほど、ブレードはタントーポイント。
少し太いがブレスレットやアンクレットとして手首足首に巻いたり、鎖帷子状にしてジャケットの内側に沿わせたりと、動きを大きく阻害しない程度に身に付ける。残りは杖にして手に持つ。長さ的に杖というより棍だし、棍としても重いが、持って歩けない程ではない。やはり全体として体は少し重く感じてしまうが、筋トレと思うことにする。
アーマースキンデバイスは左腰の後ろ側にベルトに通して装備。アンジュ曰くこのガジェットを身に付ける際の基本的な定位置がここらしい。
あの脱出ポッドには他に使えるものは残っておらず、残されるのはガジェットが入っていたケースだけとなる。もう少しサバイバルキット的なものを用意していて欲しかった。その辺の意識が上位存在に欠けているとは思えないが、考えても仕方ない。
『確認できたよ。ここからだいたい東にずっと進んでくと森を出て街道が見える。道中に開けた場所があるから、まずはそこを目指してみよう』
準備の間にドローンで偵察をしていたアンジュが言った。ドローンは遠隔で操縦されており、今は手元にない。
「オッケーありがとう。じゃ出発!……東ってどっち?」
『君から見て十時方向』
「把握」
〇
草が思いのほか邪魔だったので、新たに形成したマチェットで時折バッサバッサと邪魔な草を切り倒しながら、色々考え事をしつつ黙々と森を歩く。
聞こうと思えばアンジュに聞きたいことは山ほどあるが、それよりも今は現時点で起きたことや得た情報を整理し受け止めることを優先したかった。
未だに夢と思いたいが、頭を打った痛みも、シルバーアーセナルの金属の感触も、この森の湿気た青臭さも、どれもが鮮明に感じられる。脳みそに電極を刺されてそう感じるように錯覚させられていなければだが。そうだとしてもそれらの情報を認識できる脳は実在していると言えるだろう。我思う故に我在りってやつだ。まぁ水槽の中の脳だとしてもバーチャル世界だとしても、答え合わせがない限り考えても進捗はない。今はこれが俺の肉体で、これを通して世界を認識しているということでいいだろう。
そういえば転生をさせてくれた神様だか上位存在はなぜ直接対話をしなかったんだろう。過去に見たことのある異世界モノのフィクションを基準にすると、渡した端末のAIに喋らせるのはなんだか回りくどさを感じて引っかかる。これも転生のさせ方に変化をつけた戯れの一種なのだろうか。
それに今後のことについても不安は山ほどある。衣食住だ。渡されたガジェットが基本的に戦闘を意識していることと、異世界転生あるあるを適応していいのならば、冒険者的な職業があると期待したいが確証はない。シルバーアーセナルは幅広い応用が効くにせよ、もし戦いが日常にない世界ならば、文明社会でどう役立てられるか。こんなオーバーテクノロジーをあちこちで使っていては、悪目立ちしてそれはそれでまともに暮らせるか不安だ。
「なぁアンジュ。この世界って所謂冒険者的な仕事ってあるのか? 身元不詳の俺が衣食住にありつくにはそういう仕事とか、技能や資格の証明がいらないような仕事かになりそうだけど……いや冒険者も資格はいるか」
『あるよ。アルテリアスでは冒険者って名前ではなくて【アーツシーカー】って呼ばれてる』
「アーツシーカー……技を探す者? あっクソ」
草を切ったマチェットの刀身が近くの木の幹に刺さってしまった。
『人工物全般を指しての"アーツ"だね。元々は、旧文明の遺跡を探索して技術や遺物を探し求める人達のことをそう呼んでたんだ。でもそういう場所に入って成果を得るには、モンスターや野盗なんかに対処する必要がある。だからアーツシーカーはある程度戦えることが一般的な認識となり、半ば最低条件になった。遺跡を調査する学者の護衛といったそれらしい事もやるけど、単に戦闘能力を買われて傭兵まがいの仕事をしたり、遺物の発見に恵まれなかった者が、自分から賞金稼ぎやモンスター討伐に繰り出すことが増えてきた。そういう事例が重なって、今はアーツシーカーって言葉は戦闘のできる何でも屋って認識になったんだ』
「へぇー……じゃアーツシーカーってどうやってなるんだ?」
マチェットを引き抜きながら聞き返す。あっクソ地味にかてぇ。
『昔は勝手に遺跡や危険地帯に出向いて成果を重ねていればそう呼ばれたり、口先だけで勝手に名乗ったりしてたけど、今はシーカーズギルドっていう斡旋組織に登録することが事実上標準化してる』
「おーギルド」
ようやく引き抜けたので再び移動再開。
『実力と結果さえあればだいたいのことは大目に見る気風だから、身元不詳の君でも登録はできると思うよ。ただ、特に実績のない人は最低限実力を計るテストがある』
「戦闘能力とかの?」
『そう。基礎的な身体能力、射撃能力、対人、対モンスターを意識した近接戦闘能力。戦闘能力は事前に申告した得手不得手で多少は評価基準も変わるけど』
「射撃……やっぱ銃は当たり前に使う世界なんだな」
『誰でも使える安定した武器だからね。その後実戦で使わないにせよ、とりあえず試されることになる』
「もし人同士の戦闘が勃発すればだいたいは銃撃戦になるわけだな……お」
木々の間に茶や緑じゃない人工物らしき冷たい色が見える。早歩きして正体を確かめると、開けた場所に出た。
木はおろか草木すらない、高い木々に囲まれている茶色い森の空き地。その半分を埋めるように、ほとんど壊れた四、五メートルほどの壁が四角い敷地を作っている。その中にそびえ立つ縦に長い灰色の建造物。目視だけでは金属製なのかコンクリート的素材なのか判別がつかない。五階建てほどのビルのようにも見えるが、窓らしき窓はほとんどないのっぺりした外観。建物の上は下から見るとネヅミ返しのように面積が広がっている。屋上辺りは木々の高さと同じかそれを超えているだろう。
「遺跡……遺跡?」
『そう。旧文明のね。これは状態が良く残ってる方だ』
入口は普通に両開きの大きなゲートっぽい外観。どう見ても手動で開くタイプじゃない。
「……旧文明ってそっち系ね」
多分アレ動力通ってたら自動で開くべ。
『そうだ。ちょっとあの遺跡に近づいてみて』
俺も気になってたので、言われた通り入口の前に立つ。
『横にコントロールパネルがあるんだけど、フタを開けて端末を近づけてみて』
「……まさかハッキングできる?」
『その通り』
「まだ電力通ってるのか? もう遺跡っつうか廃墟って感じだけど……」
「電力が通ってるかは見てみない事には何ともだけど、旧文明の建物は意図的に破壊されでもしない限りは結構状態を保てるものなんだって」
「へぇー……セァオラッ!」
コントロールパネルの蓋には案の定鍵がかかっていたので、持っていた杖とマチェットを大型のバールに変形させてパワーで意図的に破壊する。端末を取り出し、内部の空いている空間に立てかけた。
「これでいい?」
再びマチェットと杖に戻してアンジュに確認する。
『オッケー。……お、やったね。電力はまだ生きてるみたい。遺跡のメインコンピュータまではアクセスできないけどゲートはここでも開けられそうだ』
「遺跡のメインコンピュータ」
聞き慣れない言葉の組み合わせに思わず繰り返してしまう。
「……OSとか
『そう作られたからね、ボク』
アンジュがそう答えるとほぼ同時に、控えめな重たいスライド音と共に目の前のゲートが開いていく。
「おー開いた」
「その前哨基地のゲートはね――」
デバイスを拾っていると、突如後ろから知らない女の声。アンジュとは聞こえる位置も声質も違う。バッと慌てて振り返った。
「――
いつの間にいたのだろう。五、六メートル先で俺の後ろに立っていたのは、長い銀髪を風に揺らめかせている女性。
両手には抜き身の黒い剣がそれぞれ握られていた。
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